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成瀬由紀雄の「参考図書あれこれ」:『日本語はいかにつくられたか?』『日本語は進化する』(8)

(↑のつづきです)

さて、翻訳の歴史を追って明治期までやってきました。

となると、次は大正以降のお話ということになりますが、ここからは翻訳にとってあまり景気のよい話がありません。

というのは、明治末期までに新漢語と国文法による翻訳方法が完成したのち、翻訳はそこで進歩を止めてしまったからです。

さらに誤解を恐れずにいえば、進歩を止めただけではなく翻訳は「堕落への道」を進むことになります。

歴史的にみると、近代におけるこうした翻訳の堕落は江戸期における漢文訓読の堕落と極めてよく似ています。

漢文訓読体は、時代が進むにつれてそれまでの自由闊達な意訳から、たんに漢文を写したような直訳体へと移行していきます。

江戸時代ともなると、そうした定型化は究極にまで推し進められ、単なるテクニックの習得へと堕することになっていきます。

「なすことを得べきあらざるを以って」「一人も有ること無し」というようなきわめて珍妙な表現も珍妙と思わなくなり、こうした表現をただただ無批判に押し頂くという文化風土が、日本全国に醸成されていきました。

この事実は、現代の私たちにとってもけっして他人事ではありません。

こうした江戸期における漢文訓読の堕落の状況は、じつは大正以降から現在にいたるまでの英文和訳にかかわる状況とまさに瓜二つなのです。

「一人も有ること無し」的表現を無批判に押し頂くかわりに、現代の知識人たちはいわゆる翻訳体の文章をまさに無批判に、さらにいえば積極的に受け入れてきたのです。

(続きは↓)

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