【成瀬 日本語・英語・翻訳講座】言語・認識編(16)言語と情意/モダリティ
(↑のつづき)
ここまでは「命題」「思考」「論理」といった概念を利用して人間の理知の部分と言語との関係について考察してきた。
しかし、言語は人間の心の全体を表現するものであり、理知の部分のほかに情意の部分も表すことができる。
ここでいう
ここでいう「情意」とは、知情意の情意、すなわち人間の心のなかの感情や推測や意思および相手への気配りの部分
のことを指す。
言語学では、この情意全体を「モダリティ」と呼んでおり、そのなかの感情や推測や意思については「対事的モダリティ」、相手への気配りについては「対人的モダリティ」と定義している。

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日本語は情意表現に特に秀でた言語である。
日本語では「~たい」「~らしい」「~つもりだ」などといった助詞の部分でおもに情意を表現する。
ただしそれ以外にも、文体や擬声語などを用いてきわめてバラエティに富んだ情意表現を行うことができる[1]。
その一方で、
日本語は情意表現抜きのニュートラルな表現ができない。
どんなときでも必ず何らかの情意表現を含めなければ表現自体が成り立たない。
たとえば、英語のI am a cat.という表現は情意表現を含まない単なるニュートラルな表現であるが、日本語の「我輩は猫である。」には様々な情意が含まれている。

したがって「我輩は猫である。」をI am a cat.と訳すことはできない[2]。
だからといって「私は猫です。」とすればニュートラルな表現になるかといえばそうではない。
「私は猫です。」にもそれなりの情意表現が含まれており、情意抜きのニュートラルなものではない。
情意を抜いたニュートラルな表現ができないことは、日本語の欠点である。
この欠点をいかに克服していくかは今後の日本語の発展にとって大きな課題のひとつである。
[1] 日本語の情意表現については「日本語の世界」の章で詳しく解説する。
[2] ただし実際の英訳本はみんなこう訳している。
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