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心と言葉の翻訳(25)「創発」として翻訳

(↑のつづき)

以上で、「心と言葉の翻訳」での分析要素となる、社会的要請、個人的要請、思考、情報構造、情意、文体の解説を終えることにする。

ただ、翻訳の仕事を長くやっていると、このような分析手法を用いると、その分析から漏れ落ちてしまう部分がどうしても出てくることを、痛感せざるを得ない。

そして、漏れ落ちてしまったその部分こそが、往々にして翻訳の本当の価値を決めてしまうのである。

したがって翻訳を考える際には、こうした分析要素以外の部分にも、必ず目を配らなければならないだろう。

「心と言葉の翻訳」では、こうした分析の対象にならない何かのことを、「創発」(emergence)と呼ぶことにしている。



「創発」という語は、おもに複雑系理論で用いられる学問用語であるが、ここではそうした厳密な定義には縛られず、もっと広い意味で使っている。

生命のあるものは、創発現象の塊である。

たとえば、脳の機能は要素的に突き詰めてしまえば、たんなる電気信号の集合体に過ぎないのであるが、その単純な電気信号が組み合わされることによって、知性や感性といった摩訶不思議な現象が生まれてくる。

会社にしても、個々人の単なる集合体ではなく、そこに人が集まることで、まったく新しい何かを生み出す創発現象が起こり得る。

その意味では、会社もまた生命体のひとつだといえる。

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翻訳もまた、そうした生命体のひとつである。

さまざまな要素をうまく組み合わせることで、その要素の総和を超える創発現象が生まれると、「心と言葉の翻訳」では考えるのである。

創発がいかに生み出されるかは、分析ができない。

いわば、心と体で感得するしかないところがあり、それゆえに、翻訳は技能であると同時に、アートでもある。

翻訳者は、自分が言語技術者であると同時に、言語アーティストであることも忘れてはならない。


(つづきは↓)

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