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私の英語学習50年(40)英語教育に目覚める(1)

(↑のつづき)

早稲田での二回目の勉強期間を終えると、私はまた自分で稼いで生計をたてる道へと戻らなければならない。

小さなころから私は人間集団のなかで生きていくことが非常に苦手であった。他人は何を考えているかわからない、人間は怖いという感覚が、いつもつきまとっていた。

であるから、なにかの人間集団に頼ることなく自分ひとりで生きていけるような道を進みたいと、ずっと思っていた。

小さなころから、本を読むこと、文章を書くことがとても好きだったので、「言葉の職人」として生計を立てられるようになりたいというのが、私の望みであり夢であった。

だがそのようにして人生を全うできるだけの自信はとてもなかった。その覚悟もできていなかった。

そこで、教員免許を持っていれば生活で困ったときに何か役に立つのではないかなどと考えた。

私はとりあえず教員免許をとることにした。

当時の早稲田の文学部の仏文専攻では、フランス語の中高教員免許のほかに、英語の中高教員免許も取得が可能だった。

そこで実利性を考慮してフランス語ではなく英語の教員免許をとることにした。

ただそのためには文学部でなく教育学部で英語教授法の授業を受けなければならない。

そしてそれを受けると一年間に登録できる科目数の限度を超過してしまう。

つまり二年間では英語の英語教員免許をとりつつ卒業をすることができない。これには困った。

そこで一年間に登録できる科目数を特別に増やしてもらうように文学部にお願いすることにした。

面接を受けて面接官に事情を説明したところ、面接官はこころよく許可してくれた。

ここでも早稲田の「おおらかさ」が私を救ってくれた。

こうして私は早稲田大学の教育学部でも授業を受けることになった。

だが、このことが思わぬ方向へと私の人生を導いていくとは、この時点では思いもよらなかったのである。

(つづきは↓)

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