【夫婦関係 思いやり】夫婦のすれ違いは、性格ではなく育ちの違いだった。
妻はお茶を飲むとき、必ず声をかける。
「お茶飲む?」
私は、飲みたいと思ったら飲む。
それが、ずっと普通だと思っていた。
これは性格の違いじゃない。
育った家の違いだ。
私の実家は、ご飯ぐらいは一緒に食べるが、その他のことで他の人に声をかけるという文化はなかった。それぞれが勝手にやり、良い悪いみたいなことも特に言わない。干渉しないという意味では、自由な感じだった。
妻の実家は逆だった。何かするとき、必ず周りに声をかける。気づいたら動く。他人に関心を持つという意味では、愛情があった。ただし、親が子供の行動にいちいち口をはさむ傾向があり、やや干渉しすぎだった。
どちらも、「相手のため」と解釈できなくはない。ただ、方向は真逆である。
「気を遣わせない」家族は、さっぱりしていて一見付き合いやすいようにも見える。
でも少し深く観察してみると、そんな単純なものではない。
自分のことは自分でやる、あなたのことはあなたでやっていい。それは尊重しているという言い方もできるが、相互不干渉の取り決めともいえる。困っていても声をかけない。変化に気づいても動かない。「言ってくれればやるけど、言われないからやらない」が暗黙のルールになっていく。
関係に手間をかけない。その積み重ねが、同じ屋根の下にいるのにどこか遠い、という関係を作っていく。一緒に暮らしているのに、お互いの内側にあまり踏み込まない。踏み込まないことが礼儀になっている。ざっくばらんな付き合いをしているようで、実は遠慮しあっていて、よくわかりあえているわけではなかったのかもしれない。
こういう関係は、問題を解決するというよりも、見ないで蓋をするという傾向を助長していたようにも思う。
私はそれを「尊重」と考えていたが、実態は関係への無関心だったのかもしれない。その結果なのかどうかはわからないが、私は自分の実家の家族に対する愛着にはやや乏しい。
「気を遣う」家族は、関係に手間をかける。その分、人間関係の濃度は高まる。喧嘩や軋轢もあるが、家族間の絆は深まる傾向があると思う。
ただし、良いことばかりともいえない。気を遣うことが習慣になると、相手が本当に何を求めているかより、「気を遣った」という行為自体が目的化することもある。
子供の将来を思って、キャリアに口を出す。健康を思って、サプリを勧める。どちらも「相手のため」だ。でも相手がそれを求めているとは限らない。
ピント外れを指摘すると、「せっかく思ってあげているのに」という話になり、けんかになる。善意を受け取ることを、相手に要求してしまう。
愛情は感じるかもしれないが、一方的な押し付けが生じる。子供としては、息苦しい。
「気を遣わせない」思いやりは、自由であるが、家族間の関係を希薄にする。「気を遣う」思いやりは、愛情は深くなるが、気を遣うこと自体が目的化する弊害がある。
どちらも「相手のため」という衣をまとっているから、質が悪い。自分の問題が見えない。指摘されても、見えない。
実際、結婚当初は、この家族文化の違いでぎくしゃくする場面が多かった。どこのご夫婦でも同じだろう。
お互い悪意はない。でも、相手のふるまいがどこかおかしく感じる。なぜそうするのかが、わからない。今思えば当然で、持ち込んでいる文化が真逆だったのだから。
ぎくしゃくの原因が「性格の不一致」ではなく「育った家の文化の違い」だとわかるだけで、少し見え方が変わる。相手が間違っているのではなく、別のコードで動いているだけだ。
ただ、それがわかっても、すぐに変わるわけではない。育った家の空気として無意識に染み込んだものは、議論すれば変わるというものではないだろう。
妻とは長い付き合いでもあり、私が妻に声をかけてお茶を出すのは普通のこととなっている。
価値観が大きく変わったというわけではないと思う。育ちによって形づけられた価値観自体は変わりづらいようだ。ただ、妻が気にかけてもらいたいと感じているのはわかる。お茶を飲もうとするとき、声をかければいいだけのことだ。私が妻のことを気にかけているということが大事なのだ。
妻も、価値観自体が変わったわけではないだろう。ただ、私が干渉を好まないことを察して、少し距離を置いてくれていることを感じることがある。これは妻の気遣いだ。
結局、どちらも相手に合わせて気を遣うようになっているということである。形は違う。価値観も違う。でも相手を見て、相手に合わせて動くという意味では、同じことをしていた。
価値観は変わらなかった。でも一緒にいる時間の中で、相手のことを考えながら、お互いが少しずつ相手の文化をある程度考慮するようになった。議論して解決したわけではない。気づいたらそうなっていた、というのが正直なところだ。
思いやりの正解は、今もわからない。ただ、長い時間をかけて、少しずつ相手が見えるようになった。それだけのことなのかもしれない。
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