2026年中東戦争と、事業継続性級のサステナビリティ危機を、考える。
ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥ってから、1カ月が経ちました。テレビをつければ原油価格の急騰、ガソリンスタンドの行列が報じられています。エネルギー価格、金利、肥料、建材、保険料、クリティカルミネラル、これらの連鎖を通じて、世界の資金配分が「資源安全保障」へとシフトしています。
もともと、2026年の初頭時の世界経済は、インフレーション、金融不安、電力危機を潜在的に抱えており、トップリスクの中に記載をしてきました。また、日本においては、政府セクターの世界トップクラスの借金規模から金利上昇の対する財政破綻の寸前にある危機的な水準であることも記載しました。今回の戦争は、この上に、アドオンされており、世界経済および日本経済の双方に、大きなインパクトを与え、上記2つの大きなリスクを顕在化するトリガーになりかねません。
気候変動や自然資本関連でリスク分析をしている「可能性」とは比べ物にならない級数での急性の「現実」として展開されているわけですから、サステナビリティを議論する際に、この戦争を「なかったことにする」「スルーする」ことはありえないように思われます。これらはどのように取り扱い、どのように組み込んで整理をすべきでしょうか?
Linked-inの速報記事に、多くの記事かのご要望がありましたので、今回はこのテーマを深堀します。今日も楽しんで——いえ、今日ばかりは「覚悟を持って」読んでいってください。
▽関連する過去記事

1.想定されうるサプライチェーン連鎖リスク
2026年2月28日に始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃以降、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態にあります。
ホルムズ海峡のタンカー航行がほぼ停止し、戦争前に同海峡を通っていた原油・石油製品フロー(約2,000万バレル/日規模)が大幅に阻害され、湾岸産油国が生産を少なくとも1,000万バレル/日以上削減している、という見立てが国際機関レポートで示されています。 同時に、同海峡は平時に「世界の石油供給とLNG取引の約5分の1」が通過し、アジアに限ると「石油輸入の約半分、LNG輸入の約4分の1」が同ルートに依存するという指摘もあり、短期で終わらない場合の経済波及リスクは巨大です。国際産業連関上の観点で最大の問題は、上流のエネルギー供給ショックが「精製品(ディーゼル・ジェット燃料)」「LPG・ナフサ等の石油化学原料」「化学品・肥料」へ連鎖にあり、そこで止まらず製造業・物流・食料へ同時多発的に波及する点です。 これが事業継続に与える最大の打撃は、
(a) 調達不能(物理的欠品)と、
(b) 調達可能でも採算が合わない(コスト急騰+資金繰りの圧迫)
が同時に起こり得ることです。

定量面では、国際機関の経験則として「エネルギー価格が10%上がり、それが1年程度続けば、世界のインフレ率は約0.4%ポイント上振れ、世界の産出(アウトプット)は0.1~0.2%下押し」があります。 Organisation for Economic Co-operation and Developmentは中東のエネルギー供給ショックを織り込んだベースラインで2026年の世界成長率を2.9%とし、インフレ見通しも上方修正しており、エネルギー高が長引くと成長下振れが大きくなる旨を明示しています。 報道ベースでは、より悪化したケースで世界成長が追加で0.5%ポイント程度下振れし得る、というシナリオ言及もあります。

今後3年の目線で「最大に問題になるサプライチェーンリスク」は、ホルムズ海峡を中心とするエネルギー供給・海上輸送・保険の同時ショックが、化学・肥料・素材・輸送燃料を介して製造業全般の中間投入を圧迫し、需要減と供給制約を同時に引き起こす複合リスクです。調達リスクがダイレクトにヒットする形になります。
リスク1 エネルギー供給と精製品の数量制約
最も危険なのは価格上昇だけでなく、精製品・LPG・ナフサなどの数量制約が同時発生する点です。IEAはホルムズ海峡の流量急減にともない湾岸諸国が大幅な減産を行い、精製能力も停止していると述べ、ディーゼル・ジェット燃料が特に脆弱としています。 これが輸送・建設・鉱山・農業・航空の生産制約となり、最終需要まで押し下げます。
リスク2 石油化学原料ショックによる「安価な部材」不足
包装材・樹脂・合成ゴムなどは単価が低いため在庫最適化で薄くなりがちですが、実際に欠品すると食品・医薬・消費財・部品供給が止まります。IEAはLPG・ナフサ供給の途絶がポリマー生産を抑制すると述べています。 さらに報道では、アジアでナフサ不足が多業種に波及し得る実態が伝えられています。
リスク3 肥料・食料の遅行ショック
ホルムズ海峡を通る化学品(肥料を含む)比率は13%とされ、肥料へのアクセス悪化が脆弱国の生活費・食料安全保障に波及し得るとUNCTADが警告しています。 肥料は播種・施肥のタイミングに制約があるため、戦争が1か月延長して供給遅延が起きると、価格転嫁は数か月後に表面化し、回復に1~2作期かかる恐れがあります。
リスク4 海上輸送のコスト・遅延・保険の複合
海上輸送コストは輸入物価・生産者物価・インフレに持続的に効くことが実証され、海運コストの上昇は輸入比率が高い国ほど影響が大きいとされています。 紅海~スエズ回廊が国際海上貿易の12~15%、コンテナの約30%を占めるという構造上、ホルムズが塞がれて代替輸送・護送・保険が逼迫すると、世界の輸送サービス価格が上がり、ほぼ全産業の中間投入に広く薄く波及します。
リスク5 金融制裁・決済障害による取引そのものの停止
制裁やデリスキング(過剰な取引回避)が強まると、物理的には船が動いても「決済・信用状が回らず輸出入が成立しない」事態が起きます。国際決済インフラの連結が貿易量を平均約4%押し上げるという推計があることは、逆に言えば決済連結の毀損が貿易を数%規模で下押しし得ることを示唆します。

事業継続性へのインパクトと実務的示唆
事業継続への主要インパクトは、供給停止・コスト上昇・代替調達の難易度・金融流動性の4象限で整理されます。
供給停止リスク
精製品、LPG、ナフサ、化学品、肥料はホルムズ海峡の通過比率が高く、物理的欠品が起きやすい領域です。
LNGについては、価格高騰が需要破壊・電力制限につながり得るとの指摘があり、供給量だけでなく「価格で買えない」形の停止が起きます。
コスト上昇リスク
海運コスト上昇は物価に持続的に波及し、輸入比率が高い国ほど影響が大きいことが示されています。
輸送費の規模感として、平均的に財の輸入がGDPの約38%、運賃が輸入財価値の約7.5%という推計があり、仮に運賃が50%上昇すると、それだけで輸入コストに対し約3.75%ポイント、GDP比で約1.4%相当の追加負担が生じ得ます(価格転嫁の程度は国・品目で異なる)。
エネルギー価格上昇については、10%上昇が1年続くと世界の産出が0.1~0.2%低下するというIMF経験則があり、ショックの大きさと継続期間次第で企業収益と需要に広く影響します。
代替調達の可否
原油の代替は一定可能でも、精製品・LPG・ナフサなど「製品形態」の代替にはボトルネックが残りやすい(製油所の装置制約・物流制約)。IEAが「精製能力の停止」と「ディーゼル・ジェット燃料の脆弱性」を指摘している点が重要です。
一部チョークポイントは代替ルートがあるものの、喜望峰回り等は時間とコストが増え、全体として運賃・在庫負担を押し上げます。
中期的には、ホルムズ回避のパイプライン増強など構造対応が進む可能性がありますが、規模は限定的で時間がかかります。
金融流動性リスク
制裁・保険・決済の不確実性は、取引条件(前払い化、信用状条件の厳格化、与信枠縮小)を通じて運転資金を吸い上げます。決済インフラの連結が貿易量と関係するという実証結果からも、分断は実体貿易を直接下押しし得ます。
マクロでは、OECDがエネルギーショックがインフレを押し上げ、金融市場の変動や長期金利上昇が財政リスクを増幅し得ると述べています。

2 戦争がネイチャーポジティブに落とす影
自然を傷める資金7.3兆ドル、自然を守る資金2,200億ドル。
UNEPの2023年データによると、世界で自然を損なう活動に流れている資金は年間約7.3兆ドルです。一方、自然ベースの解決策(NbS)に向かう資金は約2,200億ドル。そのうち民間資金はわずか約230億ドルにすぎません。比率にすると、30対1。自然を壊すお金が、自然を守るお金の30倍流れている。これが平時の状態です。では、ここに戦争が来たらどうなるか。
もともと薄い長期目線での自然関連投資は、直近の危機が来たとき真っ先に削られると想定されます。エネルギー確保、食料確保、防衛、生活防衛——これらが前に出る局面では、回収年数の長い森林再生、流域保全、沿岸再生、農地転換といったネイチャーポジティブ案件から、資金が逃げていきます。GFANZの消滅、EUオムニバスによるCSRD/CSDDDの縮小、米国の環境規制解体などの動きがある中この方向への抵抗は小さいと予測されます。

ホルムズ海峡は、世界の海上石油貿易の約25%、世界LNG貿易の約20%が通過する、文字通り世界経済の頸動脈です。そしてその大半はアジア向けです。このエネルギーショックが引き起こす「連鎖崩壊」——生態系のティッピングポイント超過、反ESGバックラッシュの制度的定着、途上国の三重苦、クリティカルミネラルの争奪、軍事排出の不可視化、自然資本会計の信頼性崩壊——が、相互に増幅し合いながら、ネイチャーポジティブの実現基盤そのものを構造的に破壊する可能性があります。ここから、一つずつ見ていきます。
1:食料・肥料ショックが、森林・土壌・水系への圧力を高める【最重要】
ホルムズ海峡経由で世界の肥料貿易の約3割が流れています。封鎖以降、尿素価格は30〜40%上昇しました。天然ガスを原料とする窒素肥料の価格高騰は、世界中の農家を直撃しています。肥料が高くなると、何が起きるか。
各国政府と農家は、「生態系にやさしい農法」よりも「とにかく収量を落とさない」ことを優先します。減肥、輪作、土壌改良、再生型農業——これらは中長期では有効でも、危機下では即効性が弱く見えるからです。結果として、化学投入の増加、灌漑の強化、農地の拡大が前面に出てきます。肥料危機と食料危機は、ネイチャーポジティブの観点では単なる農業問題ではなく、森林、湿地、土壌生態系、水循環を広範囲に傷める入口なのです。特に心配なのは、生物多様性ホットスポットに位置する途上国です。外貨不足、債務危機、食料価格高騰の三重苦の中で、これらの国々が「短期で食料を確保するために熱帯林を農地に転換する」圧力は、格段に強まります。

2:金利上昇と資金の「安全保障シフト」が、自然金融を窒息させる
戦争によるエネルギー起点のインフレ再燃は、中央銀行に利下げの余地を失わせています。ECB当局者も、エネルギー由来のインフレが定着すれば強い対応が必要だと述べています。金利が高止まりすると何が起きるか。
回収年数の長い自然再生案件——森林再生、流域保全、沿岸再生、農地転換——は、採算が通りにくくなります。資本市場は短期回収を求めるようになり、「自然に投資する」余裕が消えていきます。
しかも、これは金融市場だけの話ではありません。
チャタムハウスの推計では、主要17ドナーのODA(政府開発援助)総額は2023年の2,133億ドルから2026年には1,460億ドルへ、実に32%減少する見通しです。英国はODAをGDP比0.5%から0.3%に削減し、年間60億ポンドが援助から防衛に振り替えられました。ドイツの開発予算は26%減、フランスは18%減。米国に至ってはUSAIDを事実上閉鎖し、外国援助契約の80%以上を取り消しました。NATO諸国の防衛予算は2018年から2024年の間に65%増加し、ODA支出とは明確な逆相関を示しています。
この資金の「安全保障シフト」は、昆明・モントリオール生物多様性枠組みのターゲット19——2030年までに年間2,000億ドルの資金動員——を絵に描いた餅にしかねません。GBF基金への拠出誓約はわずか3.86億ドル。COP16カリで創設されたカリ基金は、依然として資金がほぼゼロの状態です。
シティグループCEOジェーン・フレイザーの「セキュリティが新しいESGの'S'だ」という発言は、この転換を象徴しています。
3:建材・資源のショックが、自然共生型インフラを止める
ネイチャーポジティブは、実務では、水再利用設備、自然共生型不動産、グリーンインフラ、再エネ、汚染対策、河川再生、沿岸再生、モニタリング設備が必要です。そして、これらはすべてアルミ、セメント、化学品、電力、燃料、輸送に依存します。湾岸地域は世界のアルミ生産の約9%を担っています。複数の製錬所が減産や迂回対応に追い込まれ、アルミ価格は急騰しています。セメントは高温熱を要するエネルギー多消費産業であり、燃料高の影響を直接受けます。ここでの本質は、「自然に良い設備ほど、初期投資が重い」ということです。危機下では、企業は短期キャッシュを守ろうとするため、流域整備や循環インフラのような長期回収案件から止まります。結果として、古い設備の延命、化石燃料依存、応急修繕、自然を使わない灰色インフラへの回帰が起きやすくなります。
4:水危機が「自然回復」ではなく「緊急延命インフラ」を優先させる
UNEPは、紛争前からこの地域が深刻な水ストレス下にあり、海水淡水化施設への攻撃が水の生命線を断つと警告しています。水が足りなくなると、政府と企業はまず命と工業用水を守ります。その結果、地下水の過剰汲み上げ、緊急の海水淡水化、長距離送水、化石燃料付きバックアップ設備、大規模コンクリート対応が先に来ます。流域保全、湿地回復、涵養、漏水削減のような自然ベースの対策は、効果があっても後順位にされやすいのです。これはネイチャーポジティブにとって非常に厄介な逆説です。水危機が来るほど、本来は流域保全の価値が上がるはずなのに、政治は短期供給に流れます。つまり、危機が深いほど、自然解決策が必要になるが、採用されにくくなるおそれがあります。

リスクが増幅し合う——フィードバックループの構造
これらのリスクは独立して作用するのではなく、少なくとも5つのフィードバックループを通じて相互に増幅し合っています。
ループ1:エネルギー安全保障→反ESGの制度化→保全資金の枯渇
ホルムズ封鎖によるエネルギー価格高騰は「セキュリティファースト」のナラティブを強化し、反ESG法制の拡大と防衛予算の優先を正当化します。米国では2021年以降、42州で480以上の反ESG法案が提出されました。EUは2025年2月のオムニバス簡素化パッケージでCSRDの対象企業数を80%削減。これがODAの環境配分を縮小させ、GBFの資金ギャップを拡大し、途上国の保全能力を弱体化させています。
ループ2:クリティカルミネラル争奪→モニタリング能力の低下→データの空白
軍需によるガリウム・ゲルマニウム・ヘリウムの供給逼迫は、衛星センサー、IoTデバイス、eDNA分析装置の製造を制約します。中国はガリウムの世界生産の94%、ゲルマニウムの83%を占め、段階的に輸出規制を拡大しています。ホルムズ封鎖により、カタール・ラスラファン施設の被害で世界のヘリウム供給の約33%がオフラインに。ヘリウムは半導体製造に不可欠であり、環境モニタリング技術の根幹が脅かされています。
ループ3:途上国の三重苦→森林転換→生態系サービス劣化→経済悪化→さらなる保全投資削減
肥料価格35%上昇→途上国の食料安全保障を直撃→熱帯林の農地転換圧力が高まる→森林喪失→水源涵養、受粉、土壌保全の生態系サービスが劣化→農業生産性が長期的に低下→さらなる経済悪化——という悪循環です。
このため、次の7つの視点からリスクを経済安全保障の視点再評価する必要があります。
第一に、輸入依存を下げるか。遠距離輸送、単一海峡、単一原料への依存が高いほど脆い。第二に、価格変動に強くなるか。第三に、物流遮断時にも回るか。第四に、水・食料・建材の調達安定に効くか。第五に、自然資本の回復に実質寄与するか。第六に、1〜3年で一部でもキャッシュ効果が出るか。第七に、保険・金融・補助金を呼び込みやすいか。

「経済安全保障投資としてのネイチャーポジティブ」への転換
再定義:自然投資を「有事の基盤投資」に変える
ネイチャーポジティブを、今後、経営や政策で通すには、「戦争、資源高、物流遮断、金利上昇に耐える経済安全保障投資」として設計し直す必要がありそうです。
例えば、土壌を良くすることは、肥料安全保障です。化学肥料の30〜40%価格上昇に対して、堆肥、バイオ炭、緑肥、被覆作物、精密施肥を組み合わせて化学肥料依存を下げることは、ネイチャーポジティブであると同時に、肥料調達のレジリエンスを高めます。
また、流域を守ることは、水安全保障です。森林整備、湿地回復、土砂流出抑制に投資することで、渇水、濁水、洪水のコストを下げられます。
地域材と再生材を増やすことは、建材安全保障です。輸入アルミやセメントへの依存を下げ、木材、竹材、再生アルミ、低クリンカー型セメントを標準化します。
沿岸湿地を守ることは、港湾・防災安全保障です。干潟、マングローブ、海草藻場の保全は、高潮・侵食への備えであり、港湾機能維持は有事の経済そのものです。
分散型再エネを増やすことは、エネルギー安全保障です。ホルムズ依存の化石燃料ショックを和らげる最も基本的な策です。

この目線からは、「損害限定戦略」としてのネイチャーポジティブは、むしろ今こそ最も切実に必要とされています。
この戦争がネイチャーポジティブに落とす影は、自然を直接爆撃すること以上に、世界経済を「回復より延命」「再生より確保」「保全より採掘」に傾けることです。そしてその傾きは、最も脆弱な国ほど強く現れます。
問われているのは「ネイチャーポジティブが可能か」ではなく、「有事の供給確保、価格安定、資源防衛、地域レジリエンスを支える基幹投資」を行い、「この戦争の世界で、どれだけの不可逆的損失を食い止められるか」です。つまり、ネイチャーポジティブは中長期的な投資よりはむしろ、よりクリティカルな自然資本に集中的な実践が求められているエンジニアリングに変質するかもしれません。

#NaturePositive
#ネイチャーポジティブ
#自然資本
#経済安全保障
#ホルムズ海峡
#TNFD
#GBF
#COP17
#GX
#生物多様性
#中東情勢
#サプライチェーン
#ESG
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

