アトランティス奇譚 最果ての星の物語 第五話
一つ前の話はこちら
♢花依♢
青鷲(あおわし)は冷えた体を引きずるように白く霞む森を抜ける。凍てついたセンターツリーが視界から外れたところで、安堵のあまり膝から崩れ落ちた。
夏の日差しを含んだ大地の温かさが体に染み渡る。やっと人心地ついた青鷲は、そのまま手足を伸ばして大の字になり、空を見上げた。
何一つ変わることのない、いつも通りの美しい夏の夕暮れに、起こったことの全てがまるで悪い夢であったような気がする。
そのまましばらく目を閉じていると、徐々に体の震えが止まり、手足の感覚も戻ってきた。
主上と黒曜様はご無事であろうか。
青鷲は自らの不甲斐なさに、ひとり唇を噛み締める。あの場に二人を残して去るべきではなかった。しかしあのまま進もうとすれば、確実に器を失っていただろう。
考えに沈んでいた青鷲は、ふいに風に流れて来た甘い香りに、凍りついたセンターツリーを思い出して身をすくませる。
こうしてはいられない。早く花依を見つけなければ。
青鷲は再び目を閉じると、わずかに残された星の力を使い花依の気配を探索する。しかし島全体の波長が乱れている今、花依を見つけ出すのは困難を極めた。
とはいえ闇雲に神殿を一つ一つ探せば時間ばかりが過ぎてしまう。
青鷲は考える。花依はグリッドを組むために神殿を回っていたはずだ。神殿のエネルギーを見てみよう。未完成のグリッドがあれば、その近くにいる可能性が高い。
意識を集中し、神殿に意識を飛ばしてゆく。一つずつエネルギーの流れを確認すると、グリッドはほとんど完成していた。残すは星の神殿ただひとつ。
花依はおそらくそこにいる。青鷲は星の神殿へと急いだ。
♢
夏至祭の準備が進んでいた街は、その賑やかな装飾とは裏腹に、異様なまでに静まり返っていた。時折風に乗り、白い花びらがひらりと行き過ぎる。鼻腔にかすかな甘い香りを感じると、青鷲は思わず顔を背けた。
足早に回廊をすり抜けると、星の神殿へ続く小道へと駆け込む。
神殿の門をくぐり、青鷲が辺りを見回すと、花依は花を抱えたまま、作りかけのグリッドの端に倒れていた。
「花依!」
駆け寄った青鷲は思わず息を呑む。グリッドに供べようとしていたのであろう指先の花をそのままに倒れ伏す花依の体は、右腕の先から胸元までが白く凍りついていた。
軽く肩をゆすり呼び掛けても反応がない。
青鷲は花依の背中にそっと手を置くと、彼女のコアに意識を集中する。ほんのかすかではあるが反応がある。まだ生きている。
花依の作っていたグリッドはセンターツリーにエネルギーを集めるためのものだった。
それゆえツリーに異変が起こったことで生み出された氷のエネルギーにより送受が反転し、彼女を襲ったのだろう。
早く器を替えなければ、と反射的に思う。しかし、今のセンターツリーの状態では器替えの御技を行うことはほぼ不可能だろう。
「主上……黒曜様…」
青鷲は先刻別れたばかりの二人を思う。本当にいったい何が起こっているのだ。朱斗さまはご無事であろうか。
とうに日は落ちて、辺りはすでに薄暗い。ツリーから流れてくる冷気は島全体を急速に冷やしている。さらに夜を迎えれば、この場所も凍りつくかもしれない。
花依をこのままにしてはおけない。
青鷲は、花依の横に膝をつく。
うつ伏せた体を仰向けようと手をかけた瞬間、花依の体が内側から強く光を放った。
「これは…!」
あまりに突然の出来事に呆然とする青鷲の目の前で、花依の小さな体は光に包まれると、端からほどけて儚い薄紅色の花びらへと変わり、作りかけのグリッドの上にさらさらと散っていった。
そして、ほんの一瞬前まで花依であった花びらたちは、冷えた風に吹き上げられて次々と空に溶けてゆく。
膝をついたまま呆然と空を見上げる青鷲と共に残されたのは、彼女が抱えていた大きな花束と数枚の薄紅色の花びら、そして、グリッドの縁に咲いた小さな一輪の花だけだった。
つづきはこちら
**************
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
「アトランティス奇譚」は2020年にnoteに発表した「アトランティス崩壊前夜」という物語を大幅に加筆・修正したうえで、2026年note創作大賞に応募しております。
前後の物語はすべてマガジンにまとめてあります。
応援いただけたらとても嬉しいです。
