アトランティス奇譚 最果ての星の物語 第十話
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♢シリウスの船2♢
海王星の言葉にアメミットはぴくりと眉を上げ、苛立ちをにじませた声音で突刺すように答える。
「誰が見捨てると言った。大事な実験体だ。何としても連れて帰る」
「それが可能であるならば、何故彼らはあのように苦しんでいるのでしょう」
海王星がアヌビスのモニターを振り返ると、そこには静かに眠る分御霊(わけみたま)たちが映し出されている。
「彼らの嘆きがここまで届かなかったとでも?置き去りにする気が無いというならば、なぜあなた方のだれ一人として地上に降りることすらしないのでしょう。安全な場所で戯言を言い合うばかりで、どうして彼らが助かりましょう」
海王星の皮肉混じりの切り返しに、さらに言い募ろうと海王星の目を覗き込んだアメミットは、そこに混じり気のない凄まじい怒りを感じ取り、思わず後ずさる。
ひるんだ様子のアメミットを横目にマアトが口を開く。
「無意識領域への侵入者は貴方でしたか」
海王星は驚いたと言わんばかりに目を見開き、がくりと肩を落とすと、さも残念であるかのように、首を横に振る。
「あなたがたのあまりの理解力の無さに胸が痛みますよ。侵入者とはなんとも心外だ。私はあくまでも神に見捨てられた哀れな異星人を救ったまでです」
海王星は強く彼らを睨め付ける。白髪の二人には見覚えがあった。地上でキメラ化の実験を繰り返していたのはおそらくかれらの分御霊だろう。
「あのような狼藉を止めぬとは何が神でありましょう。地上に降りるだけの勇気も持ち合わせない偽物の神よ。貴方達にできることなどもう何もない」
♢
シリウスの船が海へと降りたあの日、船に乗っていたのは分御霊だけだったのだ。
神と呼ばれる彼らは、ずっと大気圏外の安全な操舵室から分御霊たちの実験を遠隔操作しているだけだった。
しかしながらそれは、彼らの星で長く続いてきた安全な外宇宙調査の方法であり、シリウスという星にとっては当前のことだった。
海王星は大きく一度息をつく。
そして、シリウスの神たちに低く問いかける。
「どちらにしろ、あの気の毒な分御霊という存在は差し替え可能の便利な実験体なのでしょう?」
海王星の言葉に船内の空気は再び凍り付いた。
海王星の指摘は、
分御霊が再生可能な存在であるということは、
絶対に口にしてはならないシリウスの機密事項だった。
静まり返った船内で、海王星は再び大きなため息をつく。
「よもやとは思いましたが、やはり私の予測は当たりでしたか」
「その話をどこで聞いた」
青ざめた表情のマアトに問われ、海王星は軽く肩をすくめる。
それは実験の様子を見ればすぐにわかることだった。変わりがいない存在であれば、あのように無遠慮に細胞の入れ替えなどするはずがない。
「実験の様子があまりに乱暴でしたので、被験者はおそらく差し替え可能な実験体なのだろうと推測したまでです」
海王星の返答に、マアトはがくりと肩を落とす。僻地と見て油断していたのはアヌビスだけではなかった。マアトも同じ間違いを犯した。彼らは皆この星をあまりにも甘く見すぎていた。
船内の空気はさらに重く冷え込んだ。
♢
その偉大な科学力で名を知らしめているシリウスという星は、あまり知られてはいないが実は双子星であり、その星の住人達もまた二人で一対の魂を持つ双子として生み出されるのが常であった。
その双子たちは「分神(わかつかみ)」と「分御霊(わけみたま)」と呼ばれ、お互いに分かちがたく結びついている唯一無二の存在であつた。
それは表向きには運命の強いきずなとして語られるシリウスの美しい物語であった。
しかしながら実際のところ分御霊というのは分神の完全なる写し絵(コピー)であり「冥返り(よみがえり)」という特別な処置を行うことで繰り返し再生できる便利な捨て駒だったのだ。
しかも彼らは本体たる「神」に遜色ない高い能力を持ちながら、分神の思い通りに動かすことができる。
彼らは外宇宙への進出においてあまりにも有利な存在であり、シリウス内部だけではなく外部に対しても、分御霊に関する情報は固く伏せられていた。
とはいえ、冥返りの技は厳密に管理されていて、決して気楽に行われるような処置ではない。
また、冥返りを施された分御霊にはそれまでの記憶は一歳残っていないうえに、あまりにも繰り返し行えば本体も寿命を失うことになる。お互いに大きく影響することには間違いなかった。
ゆえに、分神たちは通常自らの分御霊をとても大切にしていた。
♢
そして今回の太陽系第三惑星への探索においてもその特性は存分に発揮されていた。
アトランティスという星のデータが分御霊たちの実験によって加速度的に積み上げられられ、その情報は四人の「神」によって都度母星へと送信される。
その実験の速さと莫大な情報量こそがシリウスの強みだった。
アトランティスの調査にかかわった分御霊は百人を超え、いまやその半数がキメラ化されていた。
それは、彼らの特殊な成り立ちをもってしても、置き去りにするにはあまりにも重い数字だった。
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ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。「アトランティス奇譚」は2020年にnoteに発表した「アトランティス崩壊前夜」という物語を大幅に加筆・修正したうえで、2026年note創作大賞に応募しております。前後の物語はすべてマガジンにまとめてあります。応援いただけたらとても嬉しいです。
