ソートリーダーシップの実践事例【Vol.8】 ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト
ビジネスの世界では古今東西、様々な創造的取り組みが為されてきました。後から振り返ると、「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」の教科書的な事例、ケーススタディといえるものも少なくありません。様々な事例をビジネスの潮流や市場の拡大などの実績から俯瞰的に見つめなおし、学ぶべきところを見つけ出していきます。
コーヒーとソートリーダーシップ
突然ですが、みなさんはコーヒーがお好きでしょうか?
街ではシアトル系のコーヒーチェーン店や、豆にこだわった自家焙煎コーヒーを提供するカフェなどをよく見かけるようになりました。現代の日本においてコーヒーはかなりの市民権を得ているといえるでしょう。
では、そのコーヒーが近い将来飲めなくなるかもしれないというお話はご存じでしょうか?
通称、「コーヒーの2050年問題」。実際にそれを裏付ける状況が少しずつ顕在化しているといわれています。コーヒー業界全体が、現在この話題で大きく揺れているといっても過言ではありません。
今からこの問題の解決を図るべく、コーヒーに関わる団体や企業などの多くがさまざまな対策を打ち始めています。今回、その中でも特にソートリーダーシップ的な取り組みを進めている「ネスレ」と、その日本法人「ネスレ日本」の活動について、ご紹介をしたいと思います。
注目すべきソートリーダーシップ的なポイントは、以下の3点です。
1.業界最大手として社会課題に真摯に取り組む姿勢
2.グループ全体に「思い」が浸透、ローカルの課題解決にも貢献
3. 自らが一プレイヤーとしてリソースやノウハウを提供し、イニシアティブを発揮
コーヒー豆の生産事情と「コーヒーの2050年問題」
本題に入る前に、前提となる世界のコーヒー豆の生産事情について触れたいと思います。
質の良いコーヒー豆は、赤道を挟んだ緯度南北25度までの熱帯地域「コーヒーベルト」での生産が適しているといわれます。「ブラジル」「コロンビア」など、コーヒー豆に付く国名・地名の多くがこの一帯に含まれます。

(出所:全日本コーヒー協会「コーヒーの基礎知識_コーヒーの生産地」)
しかし最近、「地球温暖化による気候の変化や病害虫の繁殖で、2050年までにコーヒー豆生産量の約6割を占める品種『アラビカ種』の栽培適地が、1950~2000年までの平均値と比較し半減する」という予想が注目を集めました。世界的なコーヒー研究機関、World Coffee Researchも警鐘を鳴らしています。
これがいわゆる「コーヒーの2050年問題」です。つまり、将来は地球温暖化が進行し、コーヒー豆の生産に悪影響を及ぼすため、現在のような供給ができなくなるだろう、というのです。
一方コーヒー消費量は年々拡大しており、直近ではアジア・オセアニア地域での増加が顕著です(※)。今後も世界人口は増加が見込まれ、その傾向が継続するだろうと予想されています。
※出所:「Graph 45: Consumption of Coffee by Regions, Million 60-kg Bags」International Coffee Organization(ICO) “COFFEE REPORT AND OUTLOOK”
このように将来におけるコーヒー豆の供給減少と、需要増加が、現在の安定的な需給バランスを崩壊させる可能性があり、私たちが今まで気軽に飲んでいたコーヒーは希少価値が高まり購入しづらくなることが見込まれているのです。
1.業界最大手として社会課題に真摯に取り組む姿勢
このような状況に対し、コーヒーの関連団体や企業、研究機関などは対策を打ち始めています。
例えば、コーヒーの生産や焙煎過程における温室効果ガス排出量の削減や、製品包装に石油由来素材を使用しないなどの地球温暖化対策から、高温多湿や病害虫に強い品種の開発、低所得農家の技術・収入支援、コーヒー豆を使わないビーンレスコーヒー開発など、環境変化への適応策まで様々なアプローチが試みられています。
コーヒーブランド「ネスカフェ」でおなじみの世界最大の食品・飲料企業であるネスレも、コーヒー栽培をさらに持続可能なものとする包括的な計画「ネスカフェ プラン2030」を2022年10月に発表しました。
これはネスレが2010年から取り組む「ネスカフェ プラン」をさらに加速させるもので、具体的には温室効果ガス排出量の削減に向けてコーヒー生産者の環境再生可能なコーヒー栽培法(再生農業)への移行を支援する取り組み(研修、技術支援、高収量のコーヒー苗木の種の提供など)や、コーヒー生産者の生活向上を支援するための活動を指しています。

(出所:ネスレ日本 ホームページ)
同ブランドはこれらの取り組みに対し2030年までに10億スイスフラン(日本円で約1730億円)以上を投資する予定です。
またこれらの活動の状況は「ネスカフェ プラン2030進捗報告書」で定期的に公開され、その進捗や成果を伺い知ることができます。
コーヒーのグローバルリーディングカンパニー自らが大規模な投資や、持続可能なコーヒー生産環境の整備に尽力するなど、真摯に取り組む姿を示すことで、私たちにより「地球温暖化によるコーヒー豆の生産量減少」の問題の深刻さが伝わります。これが社会からの関心を惹き、健全な危機感が醸成されることで、人々の意識や行動変容をもたらす可能性があります。まさにソートリーダーシップ的であるといえるでしょう。
2.グループ全体に「思い」が浸透、ローカルの課題解決にも貢献
ネスレは188か国で事業展開をしています。その日本法人として1913年(大正2年)にネスレ日本は創業されました。それ以来、グローバルに展開される「ネスカフェ」ブランドはすっかり日本にも定着したといえるでしょう。
ネスレ本体の掲げる「思い」や指針をもとに、ネスレ日本もプロジェクトを進めています。2019年、ネスレ日本はスポーツクラブ沖縄SV(サッカーチームは現在日本フットボールリーグ・JFLに所属)と共同で、国産コーヒーの特産品化を目指す「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」を立ち上げました。
このプロジェクトは、沖縄県内の耕作放棄地などを活用しコーヒー豆栽培に本格的に取り組むことで、これまで限定的だった沖縄県産コーヒー豆の生産量を拡大。沖縄県名護市、琉球大学とも連携し、日本初の大規模な国産コーヒー豆の栽培を目指しています。
プロジェクト開始以降、2020年に沖縄県立北部農林高等学校、2022年に沖縄県うるま市とも連携を開始、その活動の輪を広げ、動きを加速させています。プロジェクト発足から5年目を迎えた2023年春には、ついにコーヒー豆の初収穫を行ったとのことです。
ネスレ日本はこのプロジェクトにおいて、グループの知見を活用して国産コーヒーの特産品化を目指すだけでなく、耕作放棄地の増加、農業就業者の高齢化による後継者不足、現地での就業機会拡大など、この地域特有の社会課題の解決も視野に入れて取り組んでいる点が大変ユニークです。
実際、「ネスカフェ プラン」は、コーヒーの栽培国を対象に課題改善をすべくサポートしている事例がほとんど。その一環ではあるものの、「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」のように、ゼロからコーヒー生産を立ち上げる例は皆無で、ネスレグローバルとしても初の試みであるといいます。
つまりネスレグローバルが「ネスカフェ プラン」に込めた「思い(ソート)」をネスレ日本が汲み、沖縄版として昇華させた結果であるといえます。またこの先進的な取り組みは、似た目標や課題を持つ他の地域のよい参照モデルにもなり得ます。
個々の地域の活動に、グループ全体の「思い(ソート)」がしっかり息づいているという点でソートリーダーシップ的であるといえます。
3.自らが一プレイヤーとしてリソースやノウハウを提供し、イニシアティブを発揮
ネスレ日本は「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」の共同代表として地域のコーヒー生産者のほか、多種多様な産官学のプレイヤーを巻き込み、「コーヒーを沖縄の特産品にする」という一つの目標に向け、プロジェクトを牽引しています。
さらに、一プレイヤーとしても「ネスカフェ プラン」の知見を活かし、コーヒー苗木の種の提供やコーヒーを栽培する上で必要な技術支援を行うという、重要な役割を担っています。
実際に現地に社員を一人常駐させ、農学者の立場で東南アジアをはじめ世界各国にいるネスレの農学者と連携をしながら、再生農業の考えに基づいた現地のコーヒー栽培のサポートに取り組んでいます。
このようにネスレ日本は、プロジェクトの代表という肩書きだけに留まらず、同社独自の強みを活かし、グローバルでの知見やリソースをプロジェクトに提供し貢献しています。こうした姿勢が他のメンバーからの信頼を獲得し、このプロジェクトにおけるイニシアティブの原動力になっているものと思われます。
ネスレ日本は、このプロジェクトにおける中長期目標として、
・付加価値の高い国産コーヒー豆の生産
・アグロツーリズムによる「国産コーヒー豆の生産体験」の提供
を掲げています。将来は「ネスカフェ」ブランドでの製品化も視野に検討を進めているとのことです。
まとめ
ここまで見てきた通り、ネスレ、およびネスレ日本は、世界的な社会課題に対し業界最大手として何をすべきか、またその考えを元に自らのネットワークやリソース、知見を活かし何ができるのかを考え、発信し、関係者と共に実際の対策を進めていることが分かります。
そして、活動に共感した人々をさらに巻き込むことで、解決に向けたより大きな潮流が形成されていく、という点でソートリーダーシップ的であるといえます。
ここまでの内容を改めて私たちIISEの考えるソートリーダーシップの定義に当てはめなおすと、次のようになります。

コラム:沖縄コーヒーを飲んでみた
ここまで読み進めていただいた方は「沖縄コーヒー」が実際どんなものなのか気になるのではないでしょうか。
筆者も大変気になったため、2024年10月に東京ビッグサイトで開催されたアジア最大のスペシャルティコーヒーイベント「SCAJ2024」に参加し、一部ブースで販売していた「沖縄コーヒー」を購入してみました(残念ながら「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」で生産された豆は、見当たらず入手できませんでした)。

生産量がまだ少なく希少なため正直高価でした。しかし一部商品がCQI(※)のスペシャルティグレードに認定されるなど、その品質は確実に向上しており人気も高まっているとのこと。
※CQI…コーヒー品質協会(Coffee Quality Institute)。コーヒーの品質とコーヒー生産者の生活改善を目的とし、SCAの下部組織Specialty Coffee Instituteを基にして設立され、全世界規模で活動している
実際に自宅で淹れて飲んでみましたが、味はメロンやグレープフルーツのような果実感があり、予想以上に美味でした(あくまで筆者の個人的な感想です)。

ブースの方にお話を伺うと、ネスレ日本が推進しているような大規模プロジェクトをきっかけに沖縄コーヒーが注目されたことは確かだといいます。現在は小規模生産者や現地販売者が個々に連携するなどの動きも見られ、「コーヒーを沖縄の特産品に」を合言葉に、地域全体で盛り上げる気運が高まっているとのことでした。
沖縄での生産の苦労についても伺ってみたところ、台風対策などの苦労はある一方、地理的な条件が近い台湾で高品質の豆が生産されていることが良い先例となっており、現地に研修に行くなど日々研鑽されているとのことでした。
筆者も引き続きこの動向に注目し、もし沖縄に行く機会があれば、ぜひ改めて生産地や関係者を巡りお話を聞いてみたいと思います。
文:IISE 海老由隆
海老 由隆
NECに入社後、官公庁向けソリューション営業、マーケティング業務などに従事。2022年よりIISEにて、ソートリーダーシップ活動のPMOを担当。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、榛葉幸哉、石垣亜純)
引用・参考文献
・circu:コーヒーが飲めなくなるって本当? コーヒーの2050年問題と対策(2021年12月19日)
・産経新聞:コーヒー2050年問題 温暖化で栽培地半減 品種改良や水資源保護不可欠(2023年10月15日)
・コーヒー豆研究所:【論文付き】コーヒーが消える?コーヒー2050年問題を完全解説!(2024年10月25日最終更新)
・ネスカフェ公式サイト(nestle.jp):Sustainability(サステナビリティ)
・共通価値の創造とサステナビリティ ネスレ日本の取り組み(2024年7月)
・ネスレ日本(PR TIMES):ネスレ、「ネスカフェ プラン2030」を発表 再生農業を推進し、温室効果ガス排出量を削減、またコーヒー生産者の生活向上を支援(2022年10月5日)
・ネスレS.A. 2023年の業績を発表(2024年2月22日)
・「沖縄コーヒープロジェクト」 国産コーヒー豆の栽培に挑む(2021年8月)
・沖縄SVアグリ ホームページ
・食品新聞:「沖縄コーヒープロジェクト」の理想と現実 発足4年目で初収穫を予定 「ネスカフェ」製品化も視野(2022年5月28日)
・マイナビ農業:国産コーヒーがフツーに飲めるのはいつ? 沖縄コーヒー産地化への道のり(2024年4月28日)
・読売新聞オンライン:広がるコーヒー豆の国内栽培、鮮度が売りで最高品は1キロ10万円…福岡県柳川市などで生産(2024年2月2日)
・FLAP COFFEEオンラインショップ
・INTERNATIONAL COFFEE ORGANIZATION (ICO):COFFEE REPORT AND OUTLOOK(2023年12月)
・INTERNATIONAL COFFEE ORGANIZATION (ICO) ホームページ
・WORLD COFFEE RESEARCH (WCR):コーヒーの未来をつくり上げる
・WORLD COFFEE RESEARCH (WCR) ホームページ
・全日本コーヒー協会 ホームページ
・日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)ホームページ
・COFFEE QUALITY INSTITUTE (CQI) ホームページ
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