民間主導で挑む気候変動への備え ~「適応ファイナンスコンソーシアム」にみるソートリーダーシップ活動の実践~
IISEは「ソート(未来の構想、思い、ビジョン)」をつくり、共感を生み、社会実装を行う一連の流れとして「ソートリーダーシップ活動」を定義しています。この考えをもとに、様々な領域で実践的な活動を推し進めています。今回はIISEが推進するソートリーダーシップ活動のテーマの一つ「適応ファイナンス」に焦点をあて、最先端の現場を深掘りしていきます。気候変動を防ぐことを目的とする「緩和」とは別のアプローチ、気候変動による被害を最小化する「適応」という考え方を広め、関連事業に民間企業の参入を促進すべく「適応ファイナンスコンソーシアム」が立ち上がっています。同コンソーシアムのワーキンググループ(WG)でリーダーを務める三井住友海上火災保険株式会社の澁谷亮輔氏とNECの服部亜美氏を迎え、IISEで「適応ファイナンス」テーマに取り組む崎村が対話しました。
世界的に見ても珍しい、民間主導の取り組み
崎村 「適応ファイナンスコンソーシアム」は、IISEが目指すソートリーダーシップ活動のあり方として、象徴的な事例の1つといえます。企業、金融機関、アカデミアなど、多様なステークホルダーが参画し、防災やレジリエンスを中心に「気候変動適応策」の社会実装を目指しており、IISEの野口聡一CTOが代表理事を務めています。このコンソーシアムでWG活動を牽引する2人のリーダーに来ていただきました。

澁谷 コンソーシアムが進めている2つのWGのうち、「適応価値の可視化」に関するルール化に向けた活動を進める「WG1」のリーダーをしています。私の所属する三井住友海上火災保険 ビジネスデザイン部においては、防災に関する新たなビジネスモデルの創造と新規事業の企画を担当しています。前職では、気象や気候に関するアカデミアで研究者をしていました。コンソーシアムの主題である「適応ファイナンス」の中心テーマは、気候変動対策です。元研究者としての専門性を生かしながら、取り組みを進めています。

服部 私はユースケース創出に関する活動を進める「WG2」のリーダーをしています。NECでは、組織横断的な新規事業の開発を担当しています。数年前までは他部署でSEをしており、システムの開発とその維持運営に取り組んできました。1つの事業を長く続けることは、容易ではありません。その事実をSEとして体験してきました。アジャイルでスマートな取り組みの重要性を肌で感じています。その知見を生かし、コンソーシアムでもスピーディで実効性の高い活動を目指しています。

(適応ファイナンスコンソーシアム WG2リーダー)
崎村 災害の激甚化をはじめ、気候変動の影響が現実の問題となっています。気候変動には様々な対策が講じられていますが、現状では温室効果ガスを減らして地球温暖化の進行を抑える、いわゆる「緩和」の対策が先行しています。一方で、気候変動の影響に備え、被害を最小化する「適応」側の対策は進んでいません。どうすれば、「適応」側の対策に民間の資金や技術を導入できるのか。その課題を解決していくのが、コンソーシアムの大きな狙いですね。
澁谷 災害は、いつ起きるか分かりません。明日かもしれないし、30年後かもしれない。被害を最小限にする「適応」には、長期的な視点が求められ、かつ規模も大きくなるため、投資とリターンの関係性が見えづらいのです。従って、国や国際機関のようなレベルで議論されていても、民間企業にとっては扱いが難しく、「適応」領域への民間資金の導入が世界的に進んでいないのが実状です。
民間企業が投資しやすくするには、「適応」のビジネス的な価値を明らかにする必要があります。この課題を解決するため、2024年3月にNECと三井住友海上火災保険が幹事社となり「適応ファイナンスコンソーシアム」を設立しました。2025年2月に一般社団法人化し、活動が本格始動しています。1社では解決できない課題に、さまざまな企業が協力して取り組んでいく。このような民間主導の取り組みは、世界的に見ても珍しいと思います。
「適応」の価値をデジタルで可視化・分析し、投資を後押し
崎村 気候変動の影響や災害による被害の大きさを事前に予測することは容易ではありません。その中で、「適応」対策の経済的な価値をどのように可視化していくのか。
例えば災害によって起こり得る影響を、デジタル技術でシミュレーションします。「適応」対策をした場合としなかった場合で、被害額や復旧にかかる費用を見積り、その差分を「適応価値」として可視化します。適応価値を定量的に示すことができれば、「適応」対策をした場合の経済価値が分かります。投資よりも大きなリターンが得られるとなれば、民間企業も投資しやすくなるわけです。

服部 こうした分析と可視化を進めるには、デジタル基盤への投資も必要です。そこで、デジタル基盤を災害被害額の予測にだけ利用するのではなく、緑地や公園、雨水を貯めて浸透させるための「雨庭(あめにわ)」など、グリーンインフラ(※)全般の経済効果のシミュレーションにも広く活用できるようにすることで、デジタル基盤の価値を高め、投資しやすくしたいと思っています。例えば、グリーンインフラがあることで周辺環境に与える効果、生物多様性への貢献、人と人のつながりを生み出す効果、暮らしの豊かさを増す効果、訪れる人のウェルビーイングなどを、データで可視化するのです。
※グリーンインフラ…社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進める取り組みを指す。
グリーンインフラの重要性は、政策の中でも位置づけられています。2024年に都市緑地法が改正され、都市や自治体主導で緑地を増やし、住民のウェルビーイングを向上させる動きが加速しているように思っています。緑地の価値には気候変動対策、生物多様性などさまざまな要素がありますが、私たちは、特にウェルビーイングにつながる人にとっての価値に注目しています。
例えば「猛暑において樹木が作る日陰の効果」や、「鳥や動物が身近にいることで自然を感じられることの価値」などといったことです。そうした見えない効果、価値を可視化し、経済的な価値を明らかにすれば、グリーンインフラへの投資を促す原動力になります。
メンバーの認識を合わせながら、具体的な事例を発信へ
崎村 コンソーシアムには2つのWGがあります。適応ファイナンスの主流化に向けてソートを広め社会実装していく過程で、各WGはどのような活動を進めていますか。
澁谷 コンソーシアムには、私たちの「思い(ソート)」に賛同する企業が集結しています。今はそこで、何に焦点を当て、どういうステップで進めていくか、メンバーの認識を合わせる取り組みを進めています。
WG1では、適応ファイナンスの構造に関する課題を抽出し、適応価値(特に防災減災価値)の算出について検討しています。このテーマはともすれば、政府や国際機関が検討すればよい、という話になりがちですが、日本の民間企業が集まるコンソーシアムだからこそ、日本に即した民間企業ならではの課題解決の視点を大事にしたいと考えています。とはいえ、世界全体の動きとずれた活動にならないよう、まずは国際機関や各国の議論を調査し、国際情勢を踏まえた上で、日本で進めるべき課題を設定し、議論のフレームワークを作ろうとしています。
またWG1では、言葉の定義も行っています。「適応」も「ファイナンス」も意味合いが広い言葉です。「適応ファイナンス」に共感したとしても、メンバーそれぞれの期待が異なっているケースも考えられます。多様なメンバーと進めていく活動だからこそ、言葉の定義を大事にしています。
服部 WG2のミッションは、「適応」対策の実装と適応価値の可視化に向けた事例を生み出すことです。今年度の活動では、どういう取り組みをすれば資金循環を創り出せるのか、具体的な気づきを得たいと考えています。資金循環を阻む課題を抽出し、どのような標準化やルールメイキングが必要になるかを検討します。政治や行政の視点に加えて、事業者の視点でも考えていく点がポイントです。
並行して進めたいのが、情報の発信です。予測できない課題に対応することの経済的なメリットを発信し、「適応」に対する世の中の関心を引き出します。
発信のもう1つの目的は、社会的な評価を増やし、メンバーの取り組みをサポートする力にしたいということです。企業内で取り組みを加速させるには、外部から評価されることが必要です。
ウェルビーイングにつながるグリーンインフラの価値を可視化
崎村 先ほど、グリーンインフラという言葉が出てきました。その経済価値を可視化するために、どのような活動をしていきますか。

服部 グリーンインフラの経済価値を、客観的に証明することは容易ではありません。民間ならではの取り組みとして、自然な資金循環を作っていく必要があります。その点はコンソーシアムのメンバーもよく理解していますが、まだスタートしたばかりで材料がありません。
そこで、会員企業がこれまで個別に取り組んできた成果をうまく活用しながら、積極的に発信していきたいと考えています。
例えば、私が所属しているNECのGX事業開発統括部における取り組みの一つとして、グリーンインフラの価値や関心を高めるために、科学的な根拠を用いてグリーンインフラの価値を示していく活動を行っています。ある空間の価値を高め得るグリーンインフラの活用検討において、ウェルビーイングは一つの指標になると考えています。
NECのGX(グリーントランスフォーメーション)に関する取り組みの詳細はこちら
ウェルビーイングとは「身体的、精神的、社会的に満たされている状態」のことです。それを因数分解していくと様々な要素があり、その中にコミュニティやグリーンインフラも存在しています。「人」の視点で現象を捉えていくことで、新たな価値を証明できるのではないか。そう考えています。
崎村 「人」の視点で現象を捉えるとは、どのような意味でしょうか。
服部 人が感じる情緒的な価値を分析します。例えば、人の五感。視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚は、どれも自然と関わりを持っています。「そのエリアで季節を感じる風景を見た」「鳥の鳴き声が聞こえた」といった現象を、アンケート調査で集め、データ化します。鳥の鳴き声をマイクで集めて分析すれば、何種類の鳥がいるかを特定することも可能です。そうした定量的な調査をベースに、人が鳥の鳴き声をどれくらい認知し、何を感じているかを分析し、グリーンの価値を可視化していきます。人が緑と触れ合うことで、ウェルビーイングにどのような影響を与えるかという視点で分析します。

今のところ、まだグリーンインフラでの体験がウェルビーイングに直結するとまでは言えませんが、「その空間に長く居続けたい」「寄り道して帰りたくなる」といった意見は数多く聞かれました。人々がグリーンインフラに愛着を持つことは事実であり、その因果関係は可視化できています。人々が緑地に頻繁に来て、長く過ごすようになれば、何らか消費行動にも結びつくでしょう。そこから経済価値に紐づけていくことも、可能になると考えます。
澁谷 私は昨年、アゼルバイジャン共和国で開催された「気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)」に参加しました。国籍や文化も多様な人が大勢集まっており、そのエネルギーに圧倒されました。これほど多くの人たちが、すごい熱量で気候変動という1つの課題を議論している。その事実に驚かされました。

私は、研究者として気候変動を見つめてきました。それが社会課題であることは、頭では理解していましたが、COP29に参加し、肌で感じることができました。コンソーシアムが解決しようとしている課題は、全人類の課題につながっている。そう確信しています。
COP29の会場で、民間主導の本コンソーシアムの目指す姿の話をすると、誰もが「素晴らしい」と多くの方が賛同してくれました。しかし、その後に必ず「具体的な事例はあるのか」と聞かれます。概念だけではなく、事例と成果が求められているのです。
このコンソーシアムで私たちなりの成果を生み出し、発信して、次の取り組みにつなげる。そのサイクルを早くつくり出したいと思います。
メンバーの熱意に応え、もっと実効性の高い活動を目指す
崎村 コンソーシアムは、「適応」をビジネスに変えて社会実装を加速していこうとしています。その過程は、まさにソートリーダーシップ活動に重なるものであると感じます。ここからさらに活動を前へ進めるために、大切にすべきことは何でしょうか。

澁谷 適応ファイナンスの重要性に共感するメンバーがコンソーシアムには集まっています。しかし、適応ファイナンスに対するイメージや課題感は、まだ必ずしも一致していません。全てのメンバーが前向きに参加できるように、目線を合わせ、ビジョンを共有していくことが大切です。
服部 コンソーシアムに参加している方々の「熱意」を、大切にしたいと思います。活動のスピードと実効性を高める原動力は、熱意にこそあるからです。ここで何をしたいのか。やりたいことを率直に話し合い、フィットさせていく必要があります。そうすることで、コンソーシアムで議論するだけでなく、各メンバーが企業に持ち帰って生かせるようになると嬉しいなと思います。
コンソーシアムに加入するかどうかは別として、私たちのコンセプトに賛同していただける方には、ぜひコンタクトしていただきたいと願っています。大きな課題を解決するには、より多くの方の意見やノウハウが必要です。
澁谷 私たちが「議論に足る相手」だと思ってもらえるよう、使命感と責任感を持ってしっかりと準備していきます。
崎村 メンバー1人ひとりの「思い(ソート)」が、これからはさらに大事になっていくのですね。みなさんの熱意をもって、コンソーシアムへの注目度も今後ますます高まることを期待しています。今日はありがとうございました。

〈対話を終えて〉
今回の対話では、一人のリーダーが引っ張るのではなく、それぞれの強みや得意なことを持ち寄る、コレクティブな「シェアードリーダーシップ」のあり方を見いだすことができました。活動をリードするお二人が、大きな課題に向き合いながらも、前向きに楽しそうに活動していることが印象的でした。
適応ファイナンスコンソーシアムは民間主導で「適応」というソートの浸透を働きかけていくユニークな取り組みを進めています。「概念だけではなく、事例と成果が求められている」という澁谷さんの言葉は重要です。少しでも、ただの空想ではなく地に足の着いた取り組みであることを示していかなければ、共感と共創の輪はどこかで途切れてしまう。一方で、災害は本当にいつ起こるか分からない。だからこそ、「活動のスピードと実効性を高める原動力は、熱意にこそある」という、服部さんの言葉には頷かされます。発信に加えて言葉の定義や目線合わせなどの重要性といった、「旗を立て」たその後の活動をいかに進めるか。そのヒントがお届けできたのではないかと思います。
一人ひとりの熱意、思い(ソート)を重ね合わせ、少しでも早く前に進めるように、一歩ずつ歩んでいかなくてはならないと身が引き締まりました。
澁谷 亮輔 氏
気象・気候領域の特任研究員等を経て、2021年に三井住友海上火災保険に入社。防災・減災の分野で新規事業の企画に取り組む。現在、適応ファイナンスコンソーシアム WG1の検討リーダーを務める。
服部 亜美 氏
NECにSEとして入社してから2部門を経て、事業開発職に転身。当初はまちづくり領域の事業開発に従事していたが、現在は環境領域の事業開発に携わっている。直近では特に資源循環(サーキュラーエコノミー)をテーマとしており、環境素材や環境製品の市場流通を促進するための事業開発を推進している。現在、適応ファイナンスコンソーシアムではWG2のリーダーを務める。
崎村 奏子
新聞社を経て、IT企業サステナビリティ/ソーシャルインパクト部門にて多様なステークホルダーとの共創による社会価値創造を推進。2023年10月よりIISEに参画し、環境、国際開発等の分野でソートリーダーシップ活動に取り組む。現在、「適応ファイナンス」テーマのソートリーダーシップ活動においてPMOを務め、適応ファイナンスコンソーシアムの運営にも携わる。
