成田山 新勝寺 不動明王と歌舞伎成田屋の歴史 3)成田山の本堂って!
本日は、成田山新勝寺の3話目になります。
成田山新勝寺のホームページのリンクと、1話、2話は、
貼り付けましたので、そちらから確認できます。
では、スタートです。


一切経堂
中に転輪経蔵があり、そこに収まる一切経約2000冊は、仏教の集大成である。と、いわれている。
しかし、現在では、2000冊は、入っておらず、一部が、収められているということだ。
この輪転経蔵、神輿の様な形をしており、360度、
すなわち一周回すことができれば、2000冊のお経を読んだ事に匹敵する功徳が、与えられると言われ、
1722年から、毎日沢山の人が回して、200年後に
壊れてしまったと。
現在では、修復したのだが、回すとまた、壊れると言う事で、今は、中に入れないようになっている。
扉の左にある窓、コレが

昔の話し、ある画家が、龍を4頭、絵を描いて欲しいと依頼された。
魂を込めて描いた絵を依頼主に持って行くと、
"目が描いてない"
と言われ、やむ無く目を入れると、目が入った2頭の龍が、天高く飛び出して行ってしまい、今は、目を入れていない2頭しか残っていない。という。
そう言う話しが、この窓の彫り物には、表現されている。
窓は、8枚あり、それぞれに話しがある。
気になる方は、調べてみるのも面白いかも?

本堂、現在の本堂は、4代目。
正確には、7代目なのですが、現存している本堂が、
違う形で、残っており、それが、4棟あるというのだ。
940年 開山
1063年 本堂再建
1188年 本堂再建
1657年 本堂再建、現薬師堂
1700年 本堂再建、現光明堂
1858年 本堂再建、現釈迦堂
1968年 大本堂建立
なので、境内にある建物の殆どは、前本堂だったのだ。
では、この大本堂になる前、この地にあった本堂、
現在の釈迦堂に行ってみる。

この釈迦堂は、この地に移動してきた。
壊してバラバラにして建て直したのでは無く、
基礎から横にスライドしてきた。
こんなに大きな物が、この形のまま移動するなんて、
55年前の人達、スゴイ事考えるのね。
では、お参りしましょう。





今は、外からお参りですが、実際には、靴を脱いで、
お堂に入れるので、現地に行かれる方は、お堂の中で、
お参りください。
順番が前後するが、階段、もしくは、エレベーターを
使い、光明堂の案内から。

これが、釈迦堂の前の本堂だった物。
1700年に本堂として建てられた。
いま、階段、もしくはエレベーターで上がって来たが、
この、元本堂も、大本堂のある位置から移動させて来た物だ。
階段、何段分かを吊ってあげたと言う。
ここの本堂は、代々そのまま移動させるのか?
1858当時に、十何段かの階段分を揚げようと思うのか?
階段では無く、なだらかな坂にしたとしても、吊り上げて移動させて来ている。
スゴイね。
今から170年も前に、、、
そして、こんなに重たい物を何で揚げたか?
何で揚げたと思います?
花魁(おいらん)達の髪の毛ですって!
人の髪の毛って、そんなに強いの?
女の髪の毛だから?
怨念強そうだけど。
そして、1番古いのが、現在、薬師堂。

これは、1657年に建てられた物で、境内の中には、ありません。
表参道の入り口辺りに建っている。
さすがにこれは、バラして建て直したと思う。
ここまでは、ガイドさんが、教えてくれなかった、、、
明日は、見所の説明に行きますよ〜
今日も、最後までお読みいただきありがとうございます😊
また、お待ちしています!
