こいしゆうか 『くらべて、けみして 校閲部の九重さん 2』 : 沼正三問題に見る新潮社校閲部の限界
書評:こいしゆうか『くらべて、けみして 校閲部の九重さん2』(新潮社)
第1巻のレビューで「余談」的に書いたことがほとんどそのまま、この第2巻のネタになっていたの、ちょっと参った。
といったことだ。
私が、本書第1巻のレビューを書いた際には、すでにこの第2巻は刊行されていたので、第2巻を読んだ後に、私に書いた第1巻のレビューを読んだ人は「なんだこれ、第2巻で書かれてたことじゃないか」と思った方もあるだろう。
だが無論、第1巻のレビューは、私が第2巻の内容を知らずに書いたものであり、そのことは、あまりにも話題が「そのまま」なので、かえって「第2巻の内容を知らずに書いた」のだという事情を、お察しいただけるのではないかと思う。
知っていたら、ああも平然とは書けなかったし、そもそも書かなかっただろうと、そう推察できるはずだからである。
だが、私が第1巻のレビューに書いたことと第2巻の内容では、ほかにも偶然による「類似」の事例がある。
それは、私が第1巻のレビューに、「校閲」の見落とし事例として紹介した、
『私が個人的に印象に残っている事例としては、ミステリ作家・竹本健治の代表作『匣の中の失楽』が台湾で翻訳され『匣中的失楽』として刊行された際、奥付けの著者名が「吉本健治」になっていたというのがある。
これを日本でやっていたら、回収うんぬん以前に、かなり致命的なミスだったはず。いくら奥付けとは言え、担当編集者や校閲者は「血の気が引く」ような事態だったのではないだろうか。
だが、こんなことも手作業なればこそ、たまに起こることなのだ。』
という事例に対し、本書第2巻では、
(3)『手書き原稿の作者の小説で 「吉
本」で人物名が ゲラで「エロ本」になっていた話も』(P43)という、作中人物のセリフ。
(4) 第15話「校了の先(後編)」における、「奥付け」でのタイトル誤植の見落とし。
である。
つまり、「吉本」という苗字が「校閲ミス」に関わっていたというのと、「奥付けでの見落とし」というこの2点において、まったく無関係な事例ではあれ、私が第1巻のレビューで紹介した事例と、上の二つの事例とは不思議に重なっていたのだ。
だが、私が本稿(第2巻のレビュー)で問題にしたいのは、そのことではない。
私がここで問題にしたいのは、本書の帯に大きく刷られている、
『表現の自由か 差別への加担か』
と問うて見せるような、「校閲における誠実さの問題」一一つまり、本巻(第2巻)で扱われている「LGBTQ問題」などの機微のわたる「問題」や「表現」において、校閲は「どこまで、作品と作者に誠実に向き合うのか?」という問題である。

本巻第12・13話の「外校さんからの手紙」(前後編)で描かれるのは、一一小説家の上げてきた「LGBTQを扱った小説」の内容が、小説家自身にその意図はなくとも、結果として「LGBTQ」に対する、世間の「偏見を助長する」あるいは「誤解を招く」おそれのある表現になっているのではないかと、そう指摘する「外校」さん(社外校閲者)の真摯な手紙に対し、同書担当の社内校閲者はどう対応したのか、その葛藤と行動である。


結論から言えば、社内校閲者の「丹沢くん」は、それまでは特に関心のなかった「LGBTQ」の問題をについて、一夜漬け的ではあれ可能なかぎり勉強した上で、誠実に、同作家の編集担当者に話を通し、小説家に提言したところ、小説家が「余計な口出し」だと怒り出すこともなく、かえって喜ばれ、小説に手を加えることになった、というハッピーエンドの物語となっている。
つまり、このエピソードの肝は「至誠天に通ず」といったところであり、現実には必ずしもそう上手くをいかないのだが、しかし作品の趣旨としては、肯定的に理解できるものとなっている。
言い換えれば、結果として、小説家を怒らせ、会社(自社・出版社)に不利益を被らせる恐れがあったとしても、しかし「問題がある」思える点については、「誠実」に「誤魔化さずに」に、意見を伝えるべきだし、結局はそれが、「社会」のためにも「小説家」のためにもなることだ、という考え方を示した作品となっているのだ。
一一しかしながら、本巻(第2巻)においては、そうした「作中の主張」に反すると考えても良いだろう事例が、2つも目についた。
ひとつは、上の「LGBTQ問題」に直接かかわる、ノンフィクション誌『新潮45』の「廃刊」問題。
同誌の「自民党代議士・杉田水脈によるLGBTQ差別(「LGBTQは生産性が無い」)論文」掲載問題について、本作では無難にも、非常に「ぼかした」表現に止めている、という問題だ。
問題の箇所は、担当校閲部員の「丹沢くん」の語る、次のセリフだ。
『ぼく正直、LGBTQについては、そこまで理解しているとは言えないんですよ…。どこか他人事というか。
会社も一度それで問題になってますが、どこか話題を避けがちですよね。だから知ろうとする機会もなかったというか…』
(P29・引用者が句読点を加えた)
もちろん『会社も一度それで問題になってます』の部分が、前記の『新潮45』問題である。
だが、そうと知って、このセリフを読んだ場合、このセリフ自体が「自己矛盾の偽善」を犯しているとは言えないだろうか。
つまり『どこか話題を避けがちですよね。だから知ろうする機会もなかった』と書いているとおり「過去の過ちに、正面から向き合おうとはしない態度」が、ここでは批判的に語られているというのに、『新潮45』という「固有名詞」が、実際には無難に「避けられている」という、その消極的な事実である。
本書が、完全に「フィクション」として書かれているのなら、まあそれも許されるだろう。
だが本書には、作家名や出版社名や書籍名などの「実名」が多数登場し、「実話エピソード」の紹介が、ひとつの「売り」にすらなっている。
にもかかわらず、「自社にかかわる失敗談」については「具体的な言及を避ける」というのは、手前味噌な「ダブルスタンダード」であり、「不誠実」な態度(誤魔化し)だとは言えまいか?
他者や他人の事例を「仮名・仮称」にしているような作品ならまだしも、「姦淫聖書」のような「人死」を出した、キリスト教からすれば「過去の汚点」をくり返し暴かれるような事例を「面白おかしく紹介」しておきながら、自社の事例については、「お前のところだってとやってるじゃないかと、ツッコミを入れられない程度には言及はするけれども、具体名は出さない」というやり方は、あまりにも姑息ではないか。
一一本書のこの箇所について、現実の「新潮社の校閲部」は、誰もそこに「赤字を入れなかったのか?」「疑問を感じなかったのか?」と、そういう話である。
言うまでもなく、「新潮社校閲部」は、上の問題について「気づかなかったのではなく、故意にスルーした」のだと、私は見ている。
つまり、「フィクションの中では自己美化できても、現実の社内ではそうもいかず、会社の意向を忖度したか、その意向に従ったかした」のだろう、ということだ。
なぜ、ここまで言うのかというと、二点目として、先に言及した「天野哲夫」問題に関する書き方もまた、その裏づけとなるような「不誠実」なものだったからだ。
本作に挟まれる「新潮社校閲部員」によるエッセイ「校閲の現場から」の1本として、本巻の収録されている、「新潮社校閲部S」名義の「多士済々? 魑魅魍魎?」(P50)には、次のような記述がある。
『 新潮社の校閲部には過去も含め、多彩な人たちがいます。芥川賞作家の五味康祐さんはまだ売れていなかった時代に、「新潮社の天皇」と言われた編集者・齋藤十一氏が間を取り持ち、社外校正者として働いていたと聞きます。
作家になった人も何名かいます。「戦後最大の奇書」と呼ばれ、あの三島由紀夫が評価した『家畜人ヤプー』を書いたとされる天野哲夫さんも校関部の部員でした。他にも詩集を出した方や、他社で新人賞を取ってデビューし、ミステリー系の小説を何作も出した方もいました。(以下略)』
端的に言って、これは「自慢話」である。「校閲部のOB、OGには、こんなにすごい人たちがいるんだぞ」という話だからだ(そのことによって、現役の自分自身も権威づけている)。
一一しかしながら、そこまでなら、まあかまわないだろう。自慢したければすればいい。
だが、問題なのは、
『「戦後最大の奇書」と呼ばれ、あの三島由紀夫が評価した『家畜人ヤプー』を書いたとされる天野哲夫さんも校関部の部員でした。』
の部分である。

私はこの問題について、本書第1巻のレビューで、次のように書いた。
『本書のモデルとなっている「新潮社校閲部」には、かつて天野哲夫が所属していた、という話を側聞したことがある。
天野哲夫とは、かの奇書『家畜人ヤプー』を書いた沼正三の名を、のちに継いだ「二代目・沼正三」と呼ばれる人だ。
『家畜人ヤプー』の作者である沼正三の正体は、一般には、裁判官だった倉田卓次(が最有力)だと言われている。倉田自身は、死ぬまでそれを認めてはいなかったのだが、業界関係者からそのような証言がいくつも出ていたのである。
当時としては「裁判官」という地位にある倉田が、仮にも「マゾヒズムSF」とでも呼ぶべき小説を書いたと認めるわけにはいかなかったのであろう。それは一種のスキャンダルだったのだ。
三島由紀夫が、公然と自身を「ホモセクシャル(男性同性愛者)」だと認めるわけにはいかなかったのと同じで、そんな時代だったのである。
ともあれ、『家畜人ヤプー』の作者・沼正三は、その正体を隠した「覆面作家」だったわけだが、『家畜人ヤプー』があまりにも話題になってしまったために、対外的に対応しなければならない人物が必要とされ、その結果「沼正三の代理人」として登場したのが、天野哲夫その人だった。当然、彼は当初「自分は沼正三ではない」と言っていたのだが、後年には「実は私が沼正三本人である」と言い出したのだ。
その段階ではすでに、天野哲夫は、自分名義で「マゾヒズム」関連のエッセイ本や小説本を何冊も刊行していたのだが、そんな天野が、『家畜人ヤプー』の作者である沼正三であると名乗り出すと、『家畜人ヤプー』を高く評価していた文学者などから「あんなやつが沼正三であるわけがない。あんなやつに『家畜人ヤプー』が書けるわけがない。私は、沼正三の正体が倉田卓次だと知っている」等と証言する人が出てきたのである。
で、私もこの「沼正三・天野哲夫別人説」を支持するものなのだが、その真相はここでは問題にしない。』
こう書いた上で私は、『天野哲夫が「私が沼正三の正体だ」と名乗って、「一定の説得力」を持ち得たのは、なぜなのかという点』について、「校閲」という職能との関係で、その疑問に答えているのだが、これは第1巻のレビューに書いたことなので、ここでは繰り返さない。
ここでの問題は、このエッセイの著者である「新潮社校閲部S」が、どうして、
と書いて、
・『家畜人ヤプー』の作者が天野哲夫だと、なぜ断定しなかったのか?
・『家畜人ヤプー』の作者名は「沼正三」であり、その上で「沼正三と天野哲夫は、同一人物なのか?」が問題とされるのに、どうしてここでは、肝心の「沼正三」の名前をスルーしたのか?
という「疑問」である。
当然のことながら、こういう書き方になったのは、「新潮社校閲部S」が「『家畜人ヤプー』の作者・沼正三の正体」問題には、いろんな立場があって、私のように「天野哲夫は、沼正三ではない」説を採る者も少なくはなく、この問題は、いまだ決着を見ていない、ということを知っているためである。
だからこそ無難に『『家畜人ヤプー」』を書いたとされる天野哲夫さん』と書いて「『家畜人ヤプー」』を書いた天野哲夫さん」とは書かなかったのだ。断定はしないながら、しかし、やんわりと「沼正三=天野哲夫」説に加担した。要は、意図的に「偏見」を助長しようとしたのた。
『家畜人ヤプー』という作品を、「新潮社校閲部の先輩の仕事」であるかのように、事情に暗い読者に対して、故意に印象づけ(誘導し)ようとしたのである。
「新潮社校閲部」の元身内である天野哲夫に関して、外部の者よりも多くの「内部情報」を持っているはずの「新潮社校閲部S」が、あえて『書いたとされる天野哲夫さん』という書き方をするというのは、しかし、かえって「沼正三と天野哲夫は別人」説を強化するものでこそあれ、それを否定するものにはなっていない。
この「新潮社校閲部S」が、自身の書くもの(文章)と、その読者に「誠実」であるのならば、この問題にわざわざ言及するかぎりは、「私は、同一人物説(または別人説)を採る」という態度表明をしたことであろう。そして、必要とあらば、その根拠なりロジックなりを語ったはずなのだ。
ところが、このエッセイでの当該問題への言及は、所詮「新潮社校閲部の自家宣伝(自慢話)」を、一歩も出るものではない。
なぜ、そう言えるのかといえば、
『「戦後最大の奇書」と呼ばれ、あの三島由紀夫が評価した『家畜人ヤプー』』
と、三島由紀夫の権威まで持ち出して『家畜人ヤプー』を最大限に持ち上げていながら、その作者である「沼正三は天野哲夫と同一人物か?」という問題については、平気な顔でスルーし、言及を避けているからである。
ここで注意しなければならないのは、「三島由紀夫が高く評価した『家畜人ヤプー』」とは、あくまでも最初に刊行された「一巻本」の『家畜人ヤプー』のことでしかない、という事実だ。
つまり『家畜人ヤプー』の初版単行本である「都市出版社版」であり(同社豪華限定版、角川書店版豪華版などがあり)、それを文庫化した「角川文庫版一巻本(旧版)」のことであって、それに、天野哲夫が書いた『続・家畜人ヤプー』以下を後からつけ足して、全5巻の「完全版・完結版」とした「幻冬舎アウトロー文庫5巻本版(新版)」のことではない、という点である。

つまり、三島由紀夫の盟友だった澁澤龍彦でさえ「天野哲夫は、沼正三ではない」と否定していた(と、薔薇十字社の内藤三津子が証言)、というのを知っているはずの「新潮社校閲部S」が、「新潮社校閲部OB」である天野哲夫を「こんなすごい人もいたんだぞ」と自慢するために、三島由紀夫も認めなかったであろう「天野哲夫による増補版『家畜人ヤプー』」まで三島が誉めたかのように誤解させる書き方をしたのは、不適切な「三島由紀夫の権威」利用であるばかりではなく、誰よりも「故人である三島由紀夫」に対して「失礼」きわまりない所業だ。
三島由紀夫が生きていたら、
『「戦後最大の奇書」と呼ばれ、あの三島由紀夫が評価した『家畜人ヤプー」』を書いたとされる天野哲夫さんも校関部の部員でした。』
などという「穢らわしいレトリック」は、決して許さなかっただろうし、「新潮社校閲部S」だって、このように気やすくは書けなかっただろう、ということである。
なにしろ、三島由紀夫は「新潮社」から全集を出している、言うなれば、新潮社にとって「恩義ある大切な存在」であるはず。
なのに、死んでしまえば、こんな「軽い扱い」で利用するのか、という、これは「信義」に関わる問題なのである。
「沼正三と天野哲夫は、同一人物か否か?」問題については、「weblio辞書」の「沼正三とは? わかりやすく解説」が、わかりやすいので、是非そちらを参照してほしいのだが、「Wikipedia(沼正三)」と同内容のこの辞書は、「Wikipedia」と同様に、
『この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。』
ということで、「編集可能」となっているため、私が紹介したい「現時点での内容」を、ここでは、その「記録」として、以下に「weblio辞書」の方を、全文引用しておきたい。
『沼 正三(ぬま しょうぞう)は、日本の小説家。主に、1956年から『奇譚クラブ』に連載された小説『家畜人ヤプー』により知られる。覆面作家として活動し、覆面であるため外国人説含めその正体には諸説ある。これまでに沼正三の正体と見なされた人物は、三島由紀夫、奥野健男、武田泰淳、澁澤龍彦、会田雄次、遠藤周作、倉田卓次、そして沼正三の代理人と称する天野哲夫である[1]。
沼の正体に関する議論
倉田卓次説
1982年に森下小太郎が『諸君!』11月号に元判事の倉田卓次が著者だとの記事を発表した。しかし倉田は、自伝的著作『続々裁判官の戦後史 老法曹の思い出話』(悠々社、2006年)で、自身が沼正三であることを完全に否定している。ただし、その中で、自身がヤプー連載当時の『奇譚クラブ』の愛読者であったこと、そして『奇譚クラブ』を通じて天野、森下と互いの該博な知識の共有を主目的とする文通を行っていたことは事実として認めており、ヤプーの創作過程における複数人の関与、殊に三島由紀夫の匿名による関与の可能性=『家畜人ヤプー』が複数人による共同作品である可能性を示唆した記述もある。
内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』(論創社、2013年)では、インタビュアーの小田光雄が沼正三の正体は倉田卓次であると断定。その根拠として「天野と沼の文章を比べると、その文章、語学力、教養などからして、二人がまったく別人であることは歴然」と、小田はいう[2]。また、『家畜人ヤプー』刊行の半年後に倉田が退官したのも、正体が露見したことによる衝撃が原因であり[3]、彼は『ある夢想家の手帖から』刊行後は天野に沼名義の著作権など一切を譲ってしまったのではないか、と推測している[4]。
2024年刊行の河原梓水『SMの思想史』では、小説のモチーフや文体や経歴や本人名義の書き物などを研究して、沼正三の正体は天野哲夫ではなく倉田卓次であると結論づけている。
天野哲夫説
1982年、森下による記事発表の後に天野哲夫が『潮』1983年1月号で自分が沼正三であると宣言した。しかしこの宣言は虚偽ではないかとの指摘があり、議論は紛糾した。ただし、天野哲夫は「沼正三は私です。しかし、私一人とも言えない。当時、『奇譚クラブ』の仲間で合言葉のようにして作りあげた、共同ペンネームなのです」とも、語っている。
主な否定派の意見としては、天野哲夫が書いたことがはっきりしている『家畜人ヤプー』の後半部分(当初、『続・家畜人ヤプー』として冒頭部分のみが発表され、中断した部分以降)が、前半部分と大きく異なっていること、天野哲夫の他の作品と『家畜人ヤプー』の前半部分が大きく異なること、天野哲夫は以前より性風俗を扱った文章や小説を天野哲夫名義で発表しており、覆面作家として沼正三を名乗る必然性が感じられないこと、宣言以前の沼正三の文章や代理人を名乗っていた頃の天野哲夫の文章と、宣言後の天野哲夫の文章の矛盾、などが挙げられる。
団鬼六は、天野が沼を自称して続編を書いたがヤプーファンからは相手にされなかったと切り捨て[5]、澁澤龍彦も倉田卓次が沼正三だと考えていた。なお、武藤康史はヤプーの文体から、天野が書いたものを、倉田が添削したのではないかと、推測している。
天野哲夫の代理人的存在であった山田陽一は、沼正三が天野哲夫であることには疑問を挟む余地がないと、否定派に対して、反論している。
康芳夫は『奇譚クラブ』のオーナーから沼正三の連絡先を知らされて『家畜人ヤプー』の最初の版である都市出版社版の発行に携わっており、沼の正体を確実に知る人物の1人である[6]。その康は、1974年の著書『虚業家宣言』で、『家畜人ヤプー』の一部は沼正三の許可を得て、天野が執筆したのだから、天野哲夫説は完全な間違いではないとしている。さらに同書の中で、沼正三は文壇とは一切関係ない人物で、1974年時点で40代、東京大学法学部出身で某官庁の高級官僚であると人物像の一端を明かしていた[7]。これは沼正三=倉田卓次説を裏付けるものである。しかし、2008年に天野哲夫が死去すると、これを翻して、生前の天野が主張していたように、やはり天野が沼であり、別のペンネームを用いたのは他の人たちの助言を取り入れて執筆したからであり、彼ら協力者との微妙な関係があったからだとしている[6][8]。
映画監督の中島貞夫は、2004年の著書『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』で都市出版社から『家畜人ヤプー』の単行本が出版される前に沼正三と会っていると明かしている。中島が1969年に監督したドキュメント映画『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』に出演したマゾヒストが実は沼正三本人なのだという。中島が『家畜人ヤプー』の映画化を希望すると、沼は自分は表に出たくないからと代理人を立てて来た。その人物が康芳夫であった[9]。天野哲夫は2008年に死去したが、中島貞夫は2009年に取材された『映画秘宝』誌で沼正三はこの間亡くなったと語っている[10]。
2021年の丸山ゴンザレスによる康芳夫へのインタビューでは、「沼正三は5人からなる」「その内2人は天野哲夫と倉田卓次」「メインライターは天野」「他の3人はまだ非公開」「全権代理人である康の死後に明らかになる」と語った[11]。
作品
・『家畜人ヤプー』幻冬舎 全5巻
・『家畜人ヤプー』(コミック) 辰巳出版 作画:シュガー佐藤 /石ノ森章太郎 全4巻
・『家畜人ヤプー』(コミック) 幻冬舎 作画:江川達也 全9巻
・『集成「ある夢想家の手帖から」』 太田出版 上下
・『マゾヒストMの遺言』 筑摩書房
・『懺悔録 - 我は如何にしてマゾヒストとなりし乎』 ポット出版
脚注
1. 康芳夫『虚業家宣言 クレイをKOした毛沢東商法』双葉社、1974年、pp。87-88.
2. 内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』p.87(論創社、2013年)
3. 内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』p.93(論創社、2013年)
4. 内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』p.95(論創社、2013年)
5. 『文藝春秋』2004年9月号
6. 康芳夫「『家畜人ヤプー』秘話―沼正三氏の死に際し」『新潮』2009年2月号、新潮社、pp254-257
7. 康芳夫『虚業家宣言 クレイをKOした毛沢東商法』双葉社、1974年、p.94
8. 「墓碑銘」『週刊新潮』2008年12月18日号、新潮社
9. 中島貞夫『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』ワイズ出版、2004年、p.155
10. 鈴木義昭取材・文「中島貞夫ロングインタビュー」『映画秘宝』2009年9月号、洋泉社、p.61
11. “【スクープ!】昭和最大の奇書『家畜人ヤプー』の作者の謎が明かされる”. 丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー (2021年9月2日). 2021年12月9日閲覧。』
ちなみに、沼正三の「全権代理人である康の死後に明らかになる」と、康芳夫へのインタビューを行った丸山ゴンザレスが書いているそうだが、その保証は無いと見るべきだろう。遺言状にだって、嘘は書けるからだ。
なお、その康芳夫は、昨年末(2024年12月)に亡くなっている。
ともあれ、上の記述からも分かるとおり、決して勘違いしてはならないのは、『家畜人ヤプー』の作者問題において問題とされているのは、前記のとおり、最初に刊行された「都市出版社版(と角川文庫一巻本)」のことであって、現行の「幻冬舎アウトロー文庫5巻本」のことではない、という点である。
だから、現行の「幻冬舎アウトロー文庫版5巻本」をして、「天野哲夫は現に『家畜人ヤプー』(の後半)を書いている」とか「天野哲夫は、沼正三を構成する複数人の内の一人である」といった「誤魔化し・論点ぼかし」を、決して許してはならない。

たしかに最初の『家畜人ヤプー』つまり「都市出版社版(と角川文庫一巻本)」に関しても、「倉田卓次」が「完全に一人で書いた」のではなく、アイデア出しや文章の手直しなどの「協力者」がいたのかもしれない。いや、いた蓋然性は十分にあるだろう。
一一だが、そういう人たちを、全員「沼正三である」と呼ぶのは、適切なことなのか、という話である。
周知のとおりで、例えば、漫画なんかでは、作品を「チーム」で作ることがよくある。
無論、メインは、名義人の作家なのだが、編集者がアイデア出しをしたり、アイデア出し専門のスタッフを複数抱えていたりする。
また、それ以前に、漫画であれば、作家自身が全ての絵を描くのではなく、アシスタントが背景から人物に至るまでの多くを描くことだって、決して珍しいことではない。
一一しかし、そうした作品の場合であっても、あくまでも「作者」は個人名であって、せいぜい「作家名と〇〇プロ(ダクション)」というような表記になるだけで、作者はあくまでも「作家個人」である。
「他のスタッフ」は、あくまでも「お手伝いのスタッフ」であって「作者」とは呼ばないし、「作者」だと認定されることもないだろう。
だから、仮に最初の『家畜人ヤプー』一巻本が、複数の協力を得て書かれたものだとしても、その「作者」とは、あの「奇想的なアイデア」を出した人か、せいぜい、それを実際に文章に書いた人どまりであって、「沼正三複数人説」というのは、いかにも「論点ずらしの誤魔化し」めいたものでしかない。
問題は、『家畜人ヤプー』のアイデアを出した人が「原作者」であり、あとは「スタッフ」だと考えた方が正しいのだが、「沼正三=天野哲夫」説を採用したい人たちの立場は、こうした「論点」をうやむやにして、「天野哲夫が一人で『家畜人ヤプー』を書いたのではないとしても、天野が『家畜人ヤプー』に何らかのかたちで関わっていたのは、まず間違いない」というような、曖昧な言い方をして、意図的に「真相の究明を避けている」点であろう。
もちろん、作者とされた倉田卓次自身が「私は沼正三ではない」と言い、天野哲夫が「私が沼正三だ」と主張している以上、「天野哲夫が沼正三であった」としておいた方が、かたがた「丸くおさまる」というのは間違いない。
一一だが、「丸くおさまりさえすれば、嘘であっての良いのか?」という、これはそういう問題なのだ。
(こうした事勿れの発想が「元タレント中居正広に関わるフジテレビ問題」の本質ではないのか?)
「沼正三の正体」問題は、「どこが落とし所か?」という問題ではなく、「真相は何か?」という、それを語る人の「真相に対する誠実さ」が問われる問題なのだ。
にもかかわらず「新潮社校閲部S」は、そうした問題を知っていながら「知らんぷり」で、ひたすら「新潮社校閲部」の「自家宣伝」に、「三島由紀夫」を利用し、『家畜人ヤプー』という作品を利用しているところを、私は「人として不誠実」だと批判しないではいられない。
さらに、こんな「新潮社校閲部S」のエッセイも、「新潮社校閲部」で「校閲」されたはずであり、その校閲者も、私が上で書いたようなことを知っていながら、この「新潮社校閲部S」の文章を「認めた」ということになるのだから、それは「新潮社校閲部」そのものが、「その程度のもの」であり、本作『くらべて、けみして』で描かれているほどには「誠実ではない」という「現実」を示している、としか言えまい。
だから、私たちが本作から学ばなければならないのは、「自己申告だけなら、いくらでもご立派なことは言えるが、得てして現実は、そんなにご立派なものではない」ということなのだ。
それは、「新潮社検閲部」にしたところで、決して例外ではない、ということなのである。
本当なら「校閲」として「疑問」を呈するべき問題(箇所)に関しても、自社の利益を「忖度」し、自分の立場・利害を考えて、「言うべきことを言わずに、知らんぷり」をするのが、「新潮社検閲部」の、否定できない「現実(リアル)の一側面」だということである。
本作を読んで「校閲の仕事って素晴らしい!」などと素朴に感動して、校閲の世界に入ったりしたら、きっと、そうした「現実」に打ちのめされることになるだろう。これは、そういう「現実の話」なのだ。「漫画(フィクション)ではない」のである。
それにしても、私のこうした見方や言い方は「厳しすぎる」だろうか? 「意地悪すぎる」だろうか?
そうではない。
こういう「厳しいチェック」が無ければ、あらゆる「間違い」や「誤魔化し」は、なあなあで見逃されてしまう可能性が十二分にあるのだ。
だからこそ、本作の主人公である、校閲の「九重さん」は、次のように言うのである。
『過信せず、「疑ってみる」のが大事よね』(P47)
『灯台もと暗し。大きく打たれたタイトルや、ここは間違えているはずがない……って思い込んでしまう箇所にこそ、危険が潜んでいるわ』(P57)

(2025年4月3日)
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