ハードロックが流れた昼休み|人にしかできないことって
昼の時間。
校内放送から、古いハードロックが流れた。
学校の昼休みに流すとは、なかなか渋い選曲だと思っていたら、
次元が、ふと顔を上げる。
「なんでこんな曲が流れるんですか。すごい」と驚いている。
そこから、また話が広がることになった。
お互いこの曲を知らなかったら、会話はここまで弾まなかった訳で、音楽の力というのは偉大である。
ちなみに夫は、音楽にもちょっと詳しい。
私の仕事柄、クラシックを聴くことがあるのだが、それもよく知っている。作曲家も、曲名も、歴史も、なぜか知識が豊富だ。
「なんでそれ知ってるの」と、いつも驚かされる。
そして決まって「お金にならない特技だね」
と冗談を言って笑っている。
でも、この日はその特技が、次元との会話の扉を開いたのだった。
前回まで、ICT支援員さん、通称「次元」との時間について書いてきた。
パソコンの設定をしていたはずが、いつの間にか [自分は何者なのかを考える話] になり、さらに [誰かを受け止めることについて] 話しは広がっていった。
*
好きなものが、扉を開く
突然流れたハードロック。
驚いた次元を見て、私はその曲名を口にした。
「先生、なんで知ってるんですか。音楽好きなんですか?」
そこから一気に、話が音楽へ流れ込んだ。
どんな音楽が好きかとか、どんなことをやってきたとか。
次元はバンド経験もあり、あらゆる楽器も演奏できるみたいだ。
私も音楽のことはなんでも話せるから、話題は尽きない。
するといつの間にか、二十歳近くある年齢差は、少しも気にならなくなっていた。
音楽というのは、不思議だ。
普段なら少し気を遣う年齢も、立場の違いも、急に飛び越えてしまう。
そして好きな音楽の話をすると、当時の記憶や匂いまでも、一気に蘇ってくるので面白い。
その時どんな気持ちで音楽を聴いていたのだろう。
どんな景色を思い出すのだろう。
何かに夢中になっていたに違いない。
そんなことを想像した。
人には歴史がある。
それは、履歴書に書けるようなものだけではない。
聴いてきた音楽や、救われた本、何度も見た映画。理由もなく心が動いてしまうものの中にも、その人はちゃんと残っている。
AIは人生の相棒か
人と仲良くなるというのは、相手の正しい情報を知ることではなく、相手が大事にしてきた時間に少し触れることなのかもしれない。
そして、ふと思った。
これは、AIにはなかなかできないことなのではないか、と。
AIは、たくさん話を聞いてくれて、自分のことを理解しようとしてくれる。
その上で受け止めてくれたり、時には否定してくれたりもする。
我が家の軍師も、ずいぶん頼もしい存在である。
次元も、AIをよく使っていると話した。
自分自身の鏡のように思っていると。そして人生の相棒として、悩んだときには、アドバイスを求めることもあるようだ。
あまりに自分のことをわかってくれるから、
ある日、次元はAIにこう言った。
「こんなに全てを受け入れてくれるのはあなただけです。一番の友達かもしれません」
するとAIは、こう返した。
「そんなことはありません」
その話を聞いて、思わず笑ってしまった。
でも、なんだかわかる気もした。
AIは受け止めてくれる。前回の話の論理からすると、これも愛なのか…
いや、AIには心は無いのでは。
少しだけ、そんなことも考える。
その人のことを知りたいと思うこと
目の前の人がハッと顔を上げて驚いたり、少し嬉しそうに笑ったりする。ちょっとした一言から、一気に話が広がっていく。
それがこんなにも楽しいのだと感じる瞬間がある。
仕事の関係は、必要なことだけを話して終わることもできる。でも、ときどき、その人自身が見えることがあって。
それを知りたいと思う。
そして、相手にも「知りたい」と思ってもらえたら、ぐっと距離が縮まる。
そこに、人と関わる面白さがあるのかもしれない。
人間のできることって
AIにはできないことがあるとしたらそれはなんだろう、と思う。
知識を教えることだけなら、AIにもできる。
わからないことを整理することもできる。
むしろ、優秀だ。
だからこそ、人に残る役割は、伴走者のような存在なのかもしれない。
一緒に学びたいと思える関係性を築くこと。
自分は見てもらえている、大切にされている、と感じられる場をつくること。
それから、相手の力を信じて背中を押すこと。
「この人に言われるなら、やってみよう」
「これは、やらないとまずいな」
そう相手が自分から思えるように、熱量を持って関わること。時には愛のあるプレッシャーを渡すことだってできる。
そこに、人が伴走する意味が残るのだとしたら、
人間は、良きパートナーとして、まだ十分に意味があると。
そう信じたい。
昼休みに流れた古いハードロックは、自分にとっては単なる昼の合図ではなかった。
次元との出会いを祝福すると共に、
自分にできることは何なのかを考えさせ、走り出すきっかけとなった気がしている。
つづく。
