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中国赴任のきっかけは「会社の〇〇」だった――「あなた、行ってくれないか?」それがすべての始まり

以下の内容は微妙な内容も含まれているので書くことを迷ったが、貴重な体験の備忘の意味でも書き記すことにした。

中国駐在が決まったきっかけは、実を言えばちょっと変わっていた。本社で実施された業務監査の結果、現地法人について「会社としての仕組みがまったくできていない」という、何ともショッキングな評価が下されたのが事の始まりだ。

中でも指摘されたのが「お金の流れが不透明」という点。どうも、取引先との金のやりとりにキナ臭いところがあるらしい。

たとえば、現地法人が使っていた外注先。これがまた驚きで、なんとその外注先は当時の総経理の“元妻”がオーナーで、しかも役員には総経理本人と、その腹心の部下たちが名を連ねていた。もう、どこからツッコんでいいのかわからない。

会計システムを異常なまでに拒んだ男

私は駐在の前年に本社役員から依頼され、現地法人のシステム全体を見直すコンサルをやっていた。そのときも妙な違和感は感じていた。というのも、現地法人の総経理が、やたらと会計システムの導入を嫌がるのだ。

「うちは薄利多売で、そんなシステム利用料なんて払えないよ」と主張。でも、それって反対理由になっていない。

結局、本社が判断を下し、会計システムの導入は正式決定。翌年度からの本格稼働が決まった。そして業務監査の内容を重く見た本社は、現地の経営体制を刷新。総経理も交代となった。

火種は「総務課長の降格」だった

騒動が本格的に火を噴いたのは、私が赴任して暫く経った時の人事異動だった。総務課長の降格処分である。(このあたりの詳細は「中国の会社で出会った“困った人”たち――労働契約のカラクリとトラブル体験記」の記事でも軽く触れている)

この課長が処分を不服として、労働仲裁を申し立てたところから事態は急展開。裁判沙汰になり、社内調査がスタートした。

まず確認したのは、会社支給のPCデータやメール、経費の立替精算履歴。だが、最初に出てくるのは「グレー」なものばかりで決定打に欠ける。ところが――ついに“ある資料”が出てくる。

ノートの束から暴かれた「カラ精算」

問題の課長への過去の支払記録を経理に求めたところ、「最近はすべて銀行振込なので個人別の記録はない」とのこと。でも、以前は現金払いだったはずだと指摘すると、出てきたのはなんと手書きのノートの束。

支払日、内容、金額、申請者、そして受領者のサインまでがぎっしり書かれていた。しかも銀行振込に変わってからも、なぜか受領サインだけは続いていた。

「これだ!」と思い、すべてのノートを回収して保管。怪しい支払いをリストアップし、精算伝票と一つずつ照合していった。

倉庫から過去3年分の伝票を山ほど引っ張り出し、テーブルにズラリと並べて総務部長とチェック開始。すると出るわ出るわ、“怪しい伝票”のオンパレード。

伝票の束
発票確認

架空の花、カラの椅子、消えた仕切り壁

その一例。社内の机に飾るために発注したという花。支払伝票には総務部長のサインがなく、前総経理のサインだけ。花屋に総務部長から問い詰めてもらうと、「発票(領収書)だけ出して、花は納品してない」と白状。つまり架空の請求。カラ精算の証拠がついに出た。

同じパターンが、家具屋、内装業者、デザイン会社からも続々と判明。カラの椅子、カラの机、存在しない間仕切り壁。すべて、件の総務課長が申請したものだった。

この報告を本社に上げたところ、「リスク管理事案」として即時対応が決定。本社からもスタッフが現地入りし、合同でさらに踏み込んだ調査が行われた。

要は、単独犯ではなく、総務課長、経理課長、そして前総経理が三位一体でグルになっていた可能性が高い。しかも、この課長たちは誰が見ても「能力的に問題あり」な人材だったが、前総経理の鶴の一声で管理職に登用されていたという。要するに、自分の“やりたい放題”を可能にする体制を作っていたわけだ。

バカラのグラスに、日本の車検代まで?

さらに驚いたのが、前総経理の“出張精算”の実態。バカラのグラスやエルメスのスカーフの購入領収書を、日本出張の精算書にしれっと添付してくる。極めつけは、自家用車の車検代までも会社に請求していたこと。1回の出張で数百万円使うなんてのもザラだった。しかも出張回数が異常に多い。

本社としては「外部に騒ぎが漏れるのは避けたい」として、警察への通報は見送りに。私は腑に落ちなかったが、その方針に従うしかなかった。
証拠書類はそのまま机の中で眠ってしまった。

「ブラックボックスをシステムで可視化せよ」

この不正の山を受けて、私はすぐに動いた。すべての社内承認プロセスをシステム化。伝票も契約書も、適切なフローを通さない限り、押印も支払いもできないようにした。手書き伝票を廃止し、個人ごとの支払履歴も全件記録されるように。ブラックボックスだった内部処理を徹底的に可視化した。

「なぜか私のせいに?」…胃がキリキリ痛む日々

だが、ここからがつらかった。本社からの視線が妙に冷たくなっていったのだ。まるで、私まで不正に関わっていたかのような空気感。

いやいや、私は過去の不正を暴いた側でしょ!? と、内心ではかなり憤っていた。褒めろとは言わないが、少なくとも疑われる筋合いはない。胃がキリキリ痛む毎日だった。本社からの風当たりは、その後もしばらく続いた。まぁ、「過去の不正」というと、その当時この会社の役員だった人間が本社には何人もいるので…

前総経理の“子飼い社員”たちの末路

ちなみに、前総経理の子飼いだった社員たちも、その後次々と問題を起こしては退職。中には労働仲裁に持ち込んだ者もいたが、こちらには正当な理由があり、大きな揉め事にはならなかった。

中でも「メンタル不調」で労務対応(経済補助金)を迫ってきた社員がいたが、弁護士に紹介してもらった探偵を使って追跡調査をした結果、他社で普通に働いている証拠映像を押さえ、仲裁を撤回させたこともある。あの時の探偵の仕事ぶりには、さすがに感心した。

数年後に戻ってきた“社用車”

ある日、設備棚卸をしていると、セダン型の社用車が1台足りないことが判明。調査していくと、前総経理がその車を政府関係者に“貸していた”ことが判明。いや、貸すって何!? 勝手に使われていたらしい。

総務部長に粘り強く交渉を重ねてもらい、最終的には数年後に返却されることに。ある日突然、駐車場に停まっていた。もう笑うしかない。

“元奥さん会社”との決別、そして内製化へ

元妻が経営する外注先との関係も見直した。外注の単金だけ見れば安く見えるが、実際には社内リソースが遊んでいた。これでは操業損になる一方。まず内製化へ舵を切る必要がある。

オフショア取引に関しては、本社と交渉し、単価を適正水準に引き上げてもらうことでコスト構造を見直していった。

誰も使っていないフロアに家賃払い続け…

極めつけは、誰も使っていないフロアの家賃を毎月払い続けていたこと。これも政府関係者との“お付き合い”で借りたらしいが、言い出せずズルズル契約継続。こちらも会社としての交渉を経て、ようやく解約にこぎつけた。

すべては“再出発”のために

他にもまだまだ大小さまざまな問題があったが、地道な調整と粘り強い交渉で、少しずつ会社は“正常化”していった。そして、私の任期中に行われた業務監査では、かつてとは見違えるほどの高評価を受けることができた。

…あの「あなた、行ってくれないか?」から始まった駐在生活。思えばとんでもない船に乗り込んでしまったが、降りるときにはちゃんと舵が取れる状態にできたことを、今はちょっとだけ誇りに思っている。こちらの状況に無頓着な本社人事からは最後まで邪険にされ続けたが…それも含めての貴重な駐在の思い出だ。

下記は私よりも前に帰国した駐在員からもらったメールの内容です。うれしかった。

「お世話になりました。ありがとうございます。やばい会社が立ち直って行く時を一緒に過ごせて私には大変良い時間でした。会社も居酒屋も本当に楽しかった。懐かしいいい思い出ですね。〇〇(私の名前)さんが会社にいる間は良い会社のままなので安心です。」


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