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逃げ場だった庭が、私たちの居場所になった

水を流して、ぐるぐると土に流し込む。
棒で掘って、川をつくる。
草をちぎって混ぜながら、「泥って固まるのかな?」と試してみる。

今日も子どもたちは、庭で夢中になっていた。

ココが2歳のころ、この庭をつくった理由は、正直に言えば「逃げ場」だった。

※当時の記事はこちら※


公園に行けば、活発に走り回る長男と、目が離せないココ。
二人を同時に見ながら、私はいつも周りの子と比べてしまっていた。

立って歩く同年代の子を見る。
そのあと、ハイハイのココを見る。
そしてまた、周りを見る。

誰かに何か言われたわけじゃない。
ただ、自分の目が勝手に比べてしまう。

それが苦しくて、だんだん公園に行けなくなっていった。

だから、庭だった。

ここなら誰とも比べなくていい。
長男も自由に走れる。
ココも、ハイハイのまま安心して土に触れられる。

「土遊びは免疫がつくらしい」

そんな情報に少しすがりながら、それを理由にして、毎日庭に出ていた。

あれから3年。
子どもは3人になった。7歳、5歳、2歳。

あの頃の心の重さは、いつの間にか少しずつ消えていた。
比べてしまう自分も、気づけばいなくなっていた。

いつからだったのかは、もう覚えていない。
ただ、「今日は比べなかったな」と思える日が少しずつ増えていって、気づけば公園も怖くなくなっていた。

※比べなくなった経緯の記事はこちら※





もちろん今でも、私ひとりで3人を連れて公園へ行くのは簡単じゃない。
5歳のココには介助や見守りが必要で、2歳の末っ子も動き回る。

だから今は、心の問題というより“物理的な問題”。

でも、それでも庭ならできる。

今日、子どもたちはそれぞれ違う遊びをしていた。

道をつくる子。
お城をつくる子。
ただひたすら泥を混ぜる子。

みんなバラバラ。
でも、それでよかった。

誰も誰かに合わせなくていい場所。

ふと思った。
泥遊びって、実はすごく頭を使う遊びなのかもしれない。

「草を混ぜたら固くなるかな」
「水を足したら川みたいになるかな」


正解がない中で、自分で試して、考えて、また試す。

それを今日、5歳のココもやっていた。
ココもココのペースで楽しめる遊び。

3年経った今、食物アレルギーや体調も以前より安定してきた。
もちろん「庭遊びのおかげ!」とは言い切れないけれど、少しだけ免疫もついてきたのかな、と思うこともある。

あの頃、毎日庭に出ていたこと。
この遊び方でよかったのかもしれない、と思えた。

庭は、2歳のころも、5歳になった今も、私たちの居場所だ。

日光を浴びるだけでも気持ちが少し安定するし、子どもたちもよく遊ぶ。
泥だらけの服を洗うのが苦じゃなければ、いいことばかりだなと思う。

(私は洗濯が好きなので、そこは平気でした。)

もし今、公園や外遊びが億劫だなと思っている人がいても、
その子に合った“満足できる遊び方”が見つかれば、それで十分なんじゃないかなと思う。

うちの子たちは、外遊びや体を動かすことが好きなタイプだったから、この形だった。

でも、家の中で塗り絵やパズル等、その子が好きなことに集中できる環境をつくってあげるだけでも、きっといい。

「こうしなきゃ」じゃなくて、
その子と、その家族に合う形でいいんだと思う。

誰かの参考になれば嬉しいです。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
私たちの歩みを温かく見守ってくださり、本当に感謝しています。

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