【イシューからはじめよ】人生は、すべてを解決しなくてもいい
人生は何かを成し遂げるためには、あまりにも短い
「どう生きるか」を考える前に…
「何に答えを出す人生にするのか」を問い直す
私は『捨てる』ことが得意です。
“自分軸”に沿ってやりたいことを選別するのも。
一般常識的に捨てれないことでも、無意識のうちにバサバサ!と捨ててきたのだと思います。それが“私らしく心地よく生きること”だとも知っています。
読者の方には、私が息子に、あらゆることを与えているように映っているかもしれません。けれど実際は、選ばなかったこと、あえて手放したことのほうが多いのだと思います。
例えば、
⚫︎高校生でアフリカへ留学するほどに、おおらかで大雑把な息子。その性格は長所でもあり、同時に短所でもあります。
細かいことを気にしない気質ゆえか、幼少期から忘れ物はとにかく多い。
けれど彼は驚くほどレジリエンスが高く、ちょっとやそっとの出来事では、凹むことも困ることもありません。
一方で私は、小学生の頃から、一歩家を出たら忘れ物を届けに行ったことは一度もありません。それは冷たさではなく、「その課題は私の課題ではない」と決めていたからです。
⚫︎Benesseのしまじろうの工作に、私が手を出したことは一度もありません。
それらは対象年齢に合わせて丁寧に設計されており、大人が介入せず子どもの「考える時間」を奪わなければ、本来は一人で完成できるものだと思っていたからです。
その積み重ねがあったのか、息子はいつの間にか説明書に強くなりました。
そして今でも、夢に向かうときは“受け身”にならず、分からないことは自分で調べ、行動に移す。そんな思考と行動の癖が、自然と身についているように感じます。
⚫︎私は、息子に勉強を教えたことがありません。これもまた、私の課題ではないと思っているからです。
学びの中心にあるのは、まず「授業に集中すること」。そこで分からなかったのなら、どう解決するかを自分で考え、調べ、行動する。そのプロセスこそが学ぶ力だと信じています。
すべては、私自身の思い込みだったのかもしれません。
けれど、その思い込みがあったからこそ、結果的に息子の人生において。後々、大きな意味を持つスキルが確かに育っていった。私はそう感じています。
【要約】
ベストセラー、『イシューからはじめよ』(安宅和人)は、「努力より先に、考えるべきことがある」と教えてくれる一冊だ。
成果を分けるのは、頑張りの量ではなく、“何に答えを出そうとしているか”という問いの質。
本書で定義されるイシューとは、「本質的で、答えが出せて、今答える意味がある問い」のことだ
多くの人はイシューでない問題に時間とエネルギーを費やし、忙しさだけを増やしてしまう。だからこそ本書は、「やらなくていいことを捨てる」勇気を与えてくれる。
思考と行動が複雑化した現代において、迷いを断ち切る“思考の軸”を与えてくれる点こそ、この本が売れ続ける理由だ。
【人生も、イシューからはじめていい】
私たちは人生に行き詰まると、「どうすればうまく生きられるのか」を考え始めます。
努力の仕方、考え方、選択の正しさ。
けれど、考えれば考えるほど、どこかで世界が動かなくなる感覚に出会うことがあります。
もしかするとその違和感は、答えの出し方ではなく、問いそのものから来ているのかもしれません。
安宅和人さんの『イシューからはじめよ』で語られるイシューとは、「答えを出す価値のある問い」のことです。
【イシューの定義(要点)】
1. 本質的であること
表面的な問題ではなく、それに答えられれば、状況が大きく前進する「核心の問い」であること。
2. 答えが出ること(仮説検証が可能)
いくら哲学的に美しくても、行動や意思決定につながらない問いはイシューとは言えない。
3. 今、答える意味があること(←🤔私が重要視している点)
タイミングを外した問いは、たとえ正しくても価値が低くなる。
多くの人は、問いが定まらないまま考え続け、結果として、何も変わらない場所に留まり続けてしまいます。
この構造は、人生にも驚くほどよく似ています。
私たちは無意識のうちに、「正解らしき問い」を引き受けて生きています。
評価されるにはどうすればいいか。
安心するには何を持てばいいか。
遅れていないか、間違っていないか。
それらは確かに現実的で、生きていく上で無視できない問いです。
けれど。
それに答え続けた先に、本当に自分の人生があるのかどうかは、別の話なのかもしれない。
人生におけるイシューとは、「今の自分にとって答えが出ることで、世界の見え方が変わる問い」だと思う。
それは他人と比べて決まるものではないし、声高に宣言する必要もない。
むしろ、とても静かで、一人の時間の中でしか立ち上がらない問い。
この問いを取り違えると、私たちは真面目に、誠実に、けれど少しずつ自分から離れていく。
間違った人生を生きているわけではない。
ただ、「別の問いに答え続けている」だけなのです。
だから人生には、立ち止まってもいい瞬間がある。
答えを急がなくていい時間がある。
『私は今、何に答えを出したいのだろう…。』
この問いに答えたとき、私は自分の人生を生きていると言えるだろうか。
イシューを見極めることは、人生をコントロールすることではない。
むしろ、自分が立っている場所をそっと確かめ直す行為に近い。
人生は、すべてを解決しなくてもいい
問いを減らしていくことで、生き方が澄んでいくこともある…。
「どう生きるか」を考える前に、「何に答えを出す人生にするのか」を問い直す。
それだけで、世界との距離感は少し変わる。
昨日のこの時間、
私は映画館で「国宝」を鑑賞していました。
本や映画を分解し、自分に落とし込むのが大好きな私は。
「作者が伝えたかったことは?」
「この映画から受け取ったものは?」
「私の中で繋がったことは?」を。
帰宅してからも、頭の中やあるいは夢の中で無意識に思考し続けます。
また、ホモサピエンスの脳の機能である私のRASが、そのヒントや答えを日常で探し続けます。
そして数日後、1年後に、ハッと!突然繋がることも珍しくありません。
「どう生きるか」を考える前に、「何に答えを出す人生にするのか」を問い直す
今朝、分かったことがあります。
「何に答えを出す人生にするのか?」
その「何」、人生の目的は…
それぞれの、
『死ぬまでにやりたいことリスト』
なのかも知れない…。
映画「国宝」から受け取ったもの…
「人は何を代償に“本物”になるのか」
という問い
「あなたは、自分の人生のすべてを懸けてでも、見たい景色がありますか?」
それが、人生のイシューなのかも知れない…。
高校生の息子はこの本を読み。
安宅和人先生からご本人の言葉で、息子自身への“人生のアドバイス”を直接いただく幸運に恵まれました。
それはイベント会場での、わずか徒歩5分ほどの先生の移動時間に、息子が勇気を振り絞って交わした短い対話でした。
けれどその一瞬は、今なお彼の中で色あせることなく、進むべき方向を示し続ける。人生における最も確かな「羅針盤」となっています。
いつも応援してくださる皆さん。
ありがとう。
ステキな1日を🍀
↓バケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)の本当の書き方
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