【新聞の感想・8月11日】売り場が消えるということ。物産館として、できることを。
本日の熊本日日新聞に、胸が痛くなる記事が載っていました。
震度7を観測した宇城市豊野町の物産館「アグリパーク豊野」が、被災によって休業を余儀なくされているという記事です。
天井が落下し、地盤も浮いて、立ち入り禁止に。
隣接するレストランも建物が傾いたそうです。
そして、いちばんつらいのがタイミングでした。
特産のブドウの出荷が、最盛期を迎えた矢先だったのです。
「書き入れ時」を失うということ
記事によれば、例年7月20日ごろからの約2か月間が、シャインマスカットなどのブドウを売る書き入れ時。
8月中旬のお盆の時期には、1日に約1千個が並び、開店を約30人が待つほどの賑わいだといいます。
その2か月が、丸ごと吹き飛ぶ。
同じ物産館を運営している人間として、この重さが分かります。
私たちの「きよらカァサ」も、地震のあと売上が半減しました。
でも、建物は無事です。
売り場が完全に閉じるというのは、まったく次元の違う話です。
以前、宿泊業について「売り逃した客室は二度と売れない」と書きました。
農産物は、もっと過酷かもしれません。
実は、待ってくれないからです。
畑のブドウは、売り場の都合とは関係なく熟していきます。
収穫の時期が来れば、収穫するしかない。
そして、売る場所がなければ、行き場を失います。
売り場が消えると、生産者の出口が消える
ここが、物産館という商売の核心だと思っています。
物産館は、単なる小売店ではありません。
地域の生産者が、作ったものを換金できる場所です。
特に、規模の小さな農家さんにとっては、ほぼ唯一の販路であることも珍しくありません。
記事によれば、アグリパーク豊野に出荷する生産者は十数人。
自宅やブドウ畑が被災し、片付けもままならないまま、出荷作業に追われているといいます。
自分の家が傷ついていても、ブドウは熟していく。
その状況を想像すると、言葉が出ません。
物産館が止まるということは、その十数人の出口が同時に塞がるということです。
だから、この施設が動き続けようとしていることには、大きな意味があります。
休んで待つのではなく、場所を変えて売る
アグリパーク豊野が選んだのは、休業して待つことではありませんでした。
同じ宇城市内の「道の駅不知火」にある店舗に場所を変えて、7日から販売を始めています。
さらに、インスタグラムで窮状を発信し、熊本市の百貨店や、被害の少なかった県内の道の駅、ホームセンター、レストランにもブドウを置いてもらっているそうです。
社長のコメントが、記事に載っていました。
豊野のブドウを不知火で販売していることを知ってもらい、買って応援してほしい、と。
社員25人の給与を支払うのもぎりぎりの状況の中で、生産者を支え、人件費も確保しようとしての判断です。
被災した当事者が、それでも動いている。
出荷する生産者の方の「売り場がなくなった中でも、売ってもらって助かっている」という言葉が、すべてを物語っていると思いました。
私たちは、売り場を持っています
先日、阿蘇エリア7市町村の観光関係者による会議に参加しました。
そこで、これからの取り組みを「安全をつくる」「安心を伝える」「応援をする」の3階建てで整理することになりました。
その3階部分、応援の中身として決めたことの一つが、まさにこれです。
販売先を失った被災地の生産者の物産を、阿蘇エリアのホテルや旅館、物産館で仕入れて販売する。
特にトマトやシャインマスカット、梨といった足の早い農産品は、待ったなしです。
農協や物産館を通じて直接トラックを出すことも含めて、即時性の高い動きを検討しています。
私たちが持っているもの。
それは、売り場です。
阿蘇には、物産館があり、旅館があり、そしてお客様がいらっしゃいます。
その売り場と食卓に、被災地の産品を並べる。
これは、私たちにしかできない支援の形だと思っています。
先日、南関町の竹箸メーカーの取り組みについて書きました。
被災地の力になるのは「何もしないこと」ではなく、「持っているものを支援の形に変えること」だと。
売り場を持っている者は、売り場で支援すればいい。
そう考えています。
ECの売上の10%を、寄付します
あわせて、私たちSMO南小国では、支援の取り組みを行っています。
ECサイトの売上の10%を、寄付に充てるというものです。
詳しくは、公式サイトの支援ページにまとめています。
正直に書けば、私たちの町も、いま観光のキャンセルで打撃を受けています。
阿蘇エリア全体で、3万人を超えるキャンセルが確認されています。
支援する側であると同時に、支援を必要としている側でもあります。
自分が万全でなければ支援できない、ということはありません。
アグリパーク豊野さんは、自らが被災しながら、生産者のために売り場を探して動いています。
その姿を見て、私たちが手をこまねいている理由はないと感じました。
できる範囲で、できる形で。
「かわいそうだから」ではなく「おいしいから」
そして、支援として物を買うとき、大事にしたい感覚があります。
「かわいそうだから買う」のではなく、「おいしいから買う」ということです。
豊野のシャインマスカットは、被災したから価値があるのではありません。
もともと、書き入れ時には1日1千個が並び、30人が開店を待つほどの人気だったのです。
つまり、支援を抜きにしても、買う価値のあるものです。
同情で一度だけ買われる関係より、味に惚れて毎年買う関係のほうが、はるかに強い。
寄付は尊いものですが、買い物は対等な取引です。
作る人の誇りを守りながら、経済が回ります。
いま、被災地の産品が県内のあちこちの売り場に並んでいます。
お盆で帰省されている方も多いと思います。
道の駅や百貨店で見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。
きっと、おいしいはずです。
そして、その一つが、誰かの再建の一歩になります。
