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忘れたい過去…【いじめのこと】

今回は、いじめにあっていた時のことを書こうと思います。

私は、小・中といじめにあっていました。
親のことでからかわれたのが発端です。

  • 両親ともに障がい者で、見た目が特殊

  • 送り迎えをしてもらっても、校門前に堂々と車を横付け(ひどい時は、校庭に車で乗り入れた時もありました)

  • 授業参観に父親が来る時は、パイプイスの準備が必要(下半身マヒなので)

  • 父親は、いちいち「足が悪いから…」と聞かれてもいないのに自慢のように、自分のことを話す。


そして、私の名前も、からかわれやすい名前なので、男子にはよくからかわれました。
名前でからかわれることは、高校までありました。

名前については、母親に言ったことがありましたが、「お母さんも、付けたかった名前じゃない。」と言われてしまいました。それからは、親に言うのをやめました。

小学生の時のいじめは、友達からは、無視は当たり前、暴言を書いた手紙が机に入っていたり、トイレに閉じ込められたりしました。学校の先生からも、差別的な扱いを受けていました。

いじめのことは、親にも言えず、誰にも言えず…

親に言ったら、過干渉な親は過剰に反応し、大事になってしまう。それに、「小・中9年間は、皆勤賞を取ろう!」と親から目標を掲げられ、学校に行くしかありませんでした。

私にとって家は檻でしたので、いじめがあっても家にいるよりは学校のほうがマシでした。

学校生活の中で一番マシだったのは、授業中です。
ただ授業を受けていればよかったから。

一番最悪だったのは、休み時間です。
外に出て遊ばないといけない日はとくに最悪でした。
掃除道具のロッカーに隠れたり、図書室に隠れたり、とにかく居場所を確保するのに必死でした。

下校時は、家に帰るのが少しでも遅くなるように、必ず遠回りして帰りました。

毎日、カレンダーに×を書き、卒業までを指折り数える日々。中学にあがったら、他の学校の人も増えるし、ちょっとはマシになると…そう自分に言い聞かせて過ごしました。

いざ、中学に入学してみると、全然変わらなかった…むしろ、友達のいじめより先生の差別がひどかった。

家庭科の先生の娘が同じ学年にいて、贔屓をするのです。

友達のいじめより、先生の差別、贔屓のほうがつらい。何でも力で抑えることができるから。

私の学生時代に「不登校」の選択ができたら、「フリースクール」の選択ができたら、どんなに楽だっただろう。

そんな先生の中で、唯一気にかけてくれる先生がいました。図工のおじいちゃん先生でした。

その先生のおかげで、中学卒業後は、少しだけ自由をもらった気がします。
高校の話はまた、別で書きたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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