虎の威を借るオッサンはなぜ滑稽なのか? マウントが下手な男と、したたかな女の決定的違い。
人間社会には、重力と同じくらい普遍的に存在する法則がある。
そう、「マウント」である。

会議室の隅で、ママ友のランチ会で、あるいはSNSのタイムライン上で。
今日も今日とて、人々は懸命に自分の立ち位置を誇示し、相手よりほんの少しでも高い場所に登ろうと、見えない椅子取りゲームに興じている。
一体全体、なぜ人はマウントを取りたがるのか。
他人の上に立たなければ、心の平穏は保てないのか。
私には、その心理がどうにも不思議でならない。
おそらく、これは一種の自己防衛なのだろう。
キラキラした他人のSNS投稿を見ては「それに比べて自分は…」と落ち込み、すり減った自己肯定感を回復させるために、手近な誰かを見下して安心する。

実に涙ぐましい努力であるが、そのやり方があまりに不格好な人を、私たちはあまりにも多く見かける。
そして、悲しいお知らせだが、この「マウント取り」が絶望的に下手くそなのが、何を隠そう、男性なのである。

もちろん、女性の世界にもマウントがないわけではない。
しかし、多くの女性は本能レベルで理解しているのだ。
相手から有益な情報を引き出したり、心地よい関係を築いたりするためには、無意味に敵対するより、まず相手を褒めて気分良くさせた方が、結果的に得をするということを。
女性の「マウントの譲り合い」は、時に生存戦略としての高度な情報戦の一環なのだ。

ところが、男性ときたら、これが実に不器用で、滑稽だ。
先日、私の職場でこんなことがあった。
年上の部下である50代の男性社員に、業務上の明らかな問題を指摘した時のことだ。
彼は神妙な顔で一度は「わかりました」と頷く。
しかし、その0.5秒後には必ず、あの忌まわしき言葉が続くのだ。
「でも」「実はですね」
この接続詞から始まるのは、もはや反論ではない。

彼の傷つけられたプライドを守るための、必死の防衛戦であり、みっともないマウント取りのゴングなのである。
「以前、〇〇部長はこうおっしゃってまして」
「この分野の権威である△△先生の本によるとですね」
出るわ出るわ、虎の威を借る狐のオンパレード。
自分の言葉ではなく、自分より偉い誰かの言葉を盾にして、自分の正当性を主張する。
その主張の根拠は驚くほど薄っぺらく、論理も破綻しているのだが、本人は大真面目な顔で、さも自分がその権威と一体化したかのような口ぶりなのだから、聞いているこちらは笑いを堪えるのに必死である。

しかし、誤解しないでほしい。
私は、マウント行為そのものを全否定するつもりはない。
初対面の相手に自分の価値を伝え、尊敬を勝ち取るために、ある種の自己アピールが必要な場面は確かにある。
問題なのは、その「やり方」だ。
下手なマウントはただただ嫌われるだけだが、上手いマウントは、時として有効なコミュニケーションツールにすらなり得る。

例えば、高級ブランドの腕時計やバッグをこれみよがしに見せびらかすのは、最も下品で下手なマウントだ。
「私にはこれだけの財力がありますよ」という直接的なメッセージは、相手に嫉妬か軽蔑しか生まない。
一方で、「先日、休暇で訪れたアイスランドの氷の洞窟が本当に神秘的で…」と語るのはどうだろうか。
これは、単なる金持ちアピールではない。
「自分は、お金を豊かな『経験』に変えることができる、知性と行動力のある人間だ」という、より高度で、好感度の高い自己紹介になる。
モノの自慢は飽きられるが、経験の自慢は人を惹きつけるのだ。

思えば、私たちのマウントの歴史は長い。
小学生の頃は、足の速さやゲームの腕前。
中学生になれば、少しワルい知り合いがいることや、異性からの人気。
高校・大学では、所属するグループの格や、偏差値。
そして社会人になれば、年収、役職、住んでいる場所、パートナーのスペック…。
私たちは、人生のステージごとにマウントの指標を変えながら、この不毛な椅子取りゲームを延々と続けているのかもしれない。

結局のところ、マウントが上手いか下手かを分けるのは、ただ一つ。
マウントを取る人間自身が、賢いかどうか、である。
自分の価値を客観的に理解し、相手と状況に応じて、最も効果的で、かつ嫌味のない形でそれを提示できる知性。
それがなければ、どんなマウントも、あの日の年上部下のように、ただの滑稽な一人芝居に終わるのだ。

さあ、あなたの周りのマウント合戦を、少し引いた視点から観察してみてはいかがだろうか。
そこには、人間の愛すべき愚かさと、社会を生き抜くためのしたたかな知恵が、ごちゃ混ぜになって転がっているはずだから。

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