【閲覧注意】看護学生だった私が見た、病院という名の地獄。“チンカス地層”と“人体実験”のヤバい話。
高校生の頃、大好きだった祖父が救急車で運ばれ、そのまま入院したという知らせが、私の人生を大きく変えました。

無力な自分。
何かできることはないか。
その一心で、私は「人を助ける仕事がしたい」と、看護の道を志すことに決めたのです。

しかし、私の思い描いていた“白衣の天使”への道は、想像を絶するほど過酷で、そして、少し奇妙なものでした。
入学してすぐ、世の中はコロナ禍に突入。
約1年間は自宅でのオンライン授業となり、なぜか授業料は満額請求。
キャンパスに行けば、N95マスクの上にさらに不織布マスクを重ねるという、今思えば拷問のような日々が待っていました。

1年生の実習で、私が初めて受け持たせてもらったのは、重度の糖尿病で寝たきりの80代の女性でした。
正直、私にできることはほとんどなく、来る日も来る日も、彼女のベッドの脇に立ち、ただただ記録を取り続けるだけ。
彼女は、ほとんど植物のような状態で、静かにベッドに横たわっていました。

実習の最終日、看護主任や大学の教員を交えた総括の場で、事件は起きました。
看護主任が、淡々とこう言ったのです。「この患者さん、尿が全く出ていないから、明日から利尿薬を増やします」と。
それを聞いた瞬間、私の頭に、ある素朴な疑問が浮かびました。
約2週間、彼女のそばに付きっきりだった私は、勇気を振り絞って手を挙げ、こう質問したのです。

「あの…患者さんは、寝たきりで、この2週間ほとんど水分を口にされていませんでした。水分を摂っていなければ、尿が出るわけないのではないでしょうか? それなのに、薬を増やすというのは、少し安易すぎるのではないですか?」
会議室が、シーンと静まり返りました。
看護主任の顔はみるみるうちに不機嫌になり、結局、私が納得する答えが返ってくることはありませんでした。
ただただ、重苦しい空気が流れるだけ。

その時、私は悟ったのです。
この世界では、患者という「人間」を見ているのではなく、モニターに映る「数値」だけを見ているのだ、と。
病院という場所の“闇”を感じた瞬間は、他にも山ほどあります。
中でも衝撃的だったのが、私が勝手に「チンカスか軟膏か見分けがつかない事件」と呼んでいる出来事です。

受け持ちの患者さんは、60代で寝たきりの男性。
尿道にカテーテルを常時装着していました。

ある日、先輩看護師に教わりながら、彼の陰部洗浄をすることに。
紙パンツを脱がせると、その局部には、おびただしい量の白い塊が、びっしりとこびりついていたのです。
「うわっ!?」と驚く私に、先輩は「これはこうやってやるのよ」と、手本を見せてくれました。
なんと、その白い塊の正体は、毎日塗られている軟膏でした。
しかし先輩は、その古い軟膏を完全に拭き取ることなく、上からザッと洗浄し、そしてまた、新しい軟膏を塗り重ねるのです。

…軟膏の地層ができちゃってるよ!
私は心の中で絶叫しました。
清潔にするための洗浄が、逆に不潔な地層を作り上げている。
この、恐ろしい矛盾。

入院するということは、そういうことなんです。
自分の体の主導権を、完全に他人に明け渡すということ。
そして、もしあなたの病気が重ければ重いほど、その治療法は確立されていません。

お医者さんだって、万能の神様じゃない。
分からない時は、とりあえず経過観察をし、とりあえず血を抜き、とりあえず薬を投与し、時には臓器を切り取ったりもする。
うっかり入院しようものなら、その瞬間から、あなたは治療対象の「患者」ではなく、観察対象の「ラット」になる。
そのくらいの覚悟をしておいた方がいいのかもしれません。

大好きだった祖父も、病院でたくさんの管に繋がれ、たくさんの薬を投与され、最後は人間としての尊厳を失ったかのように、静かに息を引き取りました。
あの時、病院ではなく、住み慣れた家で、家族に囲まれて最期を迎えるという選択肢はなかったのだろうか。
今でも、そう考えてしまいます。
だからこそ、私は声を大にして言いたい。
何よりも大切なのは、「予防」である、と。
そして、体に良いものを「入れる」ことよりも、体に溜まった悪いものを「出す」ことの方が、現代人にとっては遥かに重要なのです。
次回は、私が実際に行っている、腸の健康を一発で取り戻す、ちょっと魔法のような方法について、お話ししようと思います。

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