「排日移民法」成立から満州─自分のための記録
昨年はアメリカで「ジョンソン・リード法」と呼ばれる移民制限法が成立してから、ちょうど100年という節目の年。
この法律は日本では
「排日移民法」
として知られている
特に心に残るのは、渋沢栄一の反応だ。彼は実業家としてだけでなく、日米の相互理解にも尽力した人物。
1920年
「日米有志協議会」を主催し、
両国の共存共栄を訴えた。渋沢にとって、アメリカの一方的な決断は看過できるものではなく、強い憤りを覚えたという。

そもそも、19世紀末から多くの日本人がアメリカ西海岸に渡った。
日本人は勤勉で順応性も高かったが、それゆえに
「アメリカ人の職を奪う存在」
として徐々に警戒されるように。
結果として、カリフォルニア州などでは日本人に対する土地所有や職業選択の制限が強まり、ついには
「排日移民法」
が成立
当時の日本は国際連盟の常任理事国であり、「一等国」としての誇りを持ち始めていた時期。
だからこそ、アメリカによる法律は日本国民にとって極めて屈辱的なものであった。
そしてその後、多くの日本人がアメリカに代わる新たな移民先として満洲を選ぶようになっていく。

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