最初からワクワクが止まらない|誰もが"坂の上"を目指してよかった時代【"坂の上の雲"を辿る #1】
「歴史小説"坂の上の雲"を辿って、その面白さを改めて体験しましょう」という事で始まった本シリーズ。#1は第一巻の感想・解説・名場面をお届け。#0|導入を未読の方は、ますは上記から読んで頂くのがおススメです。(途中で"挫折"しないよう頑張りますので、ぜひ最後までお付き合いください)
大まかなストーリーと作品の魅力2点
"坂の上の雲"全体のお話は、
明治時代、
四国・松山の貧乏兄弟と幼なじみが、
できたばかりの近代日本を背負い、
大国ロシアに挑む
という大河物語だ。
第1巻は、
主役格3人の出立と青春を描く。
作品の魅力一つ目は、
「個性的すぎるキャラクター」
だろう。
特にメイン3人の癖がすごい。
まっすぐひたむきなのに、やたら奇行に走る。
そのくせ能力が高いから、どんどん大物になっていく。
さらにずっと純粋だから、つい感情移入してしまうのだ。
後の活躍がやんわりと知られているだけに、
最初からワクワク感が止まらない。
二つ目の魅力は、
「幼い明治日本(人)のがんばり」
と伝えたい。
「急いで欧米列強に追いつかねば」の一心で、
数々の留学生派遣・外国人招へいを通じて、突貫工事で近代化を進める日本。この高揚感は、明治ならではの空気だ。
猿まね、無意味とバカにされてもお構いなし。
不慣れな英語、ドイツ語、フランス語を必死で解読して、少しずつ近代国家を作り上げ、果ては大国ロシアと対決に至る過程が面白い。
皆が大まじめに"坂の上"を目指していた。どれだけバカにされようと。
「ただひたすらに、上のみを目指して良かった」時代だった。
主要登場人物3人
秋山好古(シンさん)|単純明快ミニマリスト酒豪
・「あし(私)も、学問がしたい」
・「男子は生涯一事をなせば足る」
後の"日本騎兵の父"。
世界最強格のロシア・コサック騎兵と対決する。
松山の貧乏士族家に生まれ、
「まずは食っていくこと」のみを目標に、
風呂焚きをしながら学問に励む。
無料の師範学校への進学を父に懇願し、
大阪、愛知で教員を務めた後、
東京の士官学校に入学。
以後は騎兵科軍人として、
明治陸軍の創生に尽くしていく。
「男子は生涯一事をなせば足る」が性分。
自らの使命を日本騎兵の育成と定めた。
超絶ミニマリスト。
自らの身辺を極限まで「単純明快」にし、
「茶碗なんぞ一つで十分」と、
一つの茶碗を同居人の真之と共有した。
(つまり、交代制で飯を食った)
自分の生活・リソースを全て、騎兵を育てることに注いだ。
公式美男設定。
地元の娘がうわさする程の見た目。
後年、欧米の将校が西洋人と見間違えたほど、鼻高・異国風の壮観な顔立ちだったという。(きっとローマ人に見えたことだろう)
なお、本人は容姿を全く気に留めない性格。
独身主義。「嫁を貰うと堕落する」という考えだが、決して女性ギライではない。フランス留学中、父への手紙で「田舎の処女が𠮷原に来たようなものです」と書いたことで、𠮷原通いしていたことがバレそうになった。(真之がごまかした)
尊敬する人は、福沢諭吉。
酒が大好き。
秋山真之(ジュンさん)|天才肌の悪童
・「秋山の淳ほど、わるいやつはいない」
・「おれはな、ノボさんと同じで、うまれたからには日本一になりたい」
後の日本海軍参謀。好古の弟。
対ロシア艦隊の撃滅作戦を打ち立てる。
幼少時代からガキ大将で知られた。
いたずらで仲間と自作花火を打ち上げた時は、
「私も死にます。この短刀で胸を突いてお死に!」と母親から文字通り死ぬほど叱られた。
歌詠みや絵の才覚があったが、
「立ち小便の歌」など作風は自由奔放。
子規とは幼なじみの盟友。
先に子規が上京して松山に取り残されたが、
東京の好古に「面倒を見るから来い」と言われると、飛び上がって喜んだ。
好古との同居中は、
強烈なミニマムライフとスパルタ教育に鍛えられた。
子規と共に大学予備門に合格。同居を始める。
暫くは仲間たちと気ままな学生生活を楽しむ。
学生時代は「試験の神様」と呼ばれるほど、
出る問題をことごとく的中させた。
在学中、今後の進路に悩み、
ついには中退・海軍入りを決意する。
海軍では作戦家として成長していく。
趣味は読書。
特技は水泳。
好きなものは、母手製の煎り豆。
この世で唯一怖い存在は、兄・好古。
正岡子規(ノボさん)|青春謳歌の批評家書生
・春や昔 十五万石の 城下かな
・「あしの胸中にはな、"文芸"がおる。いつも詩歌小説が、あしの哲学を邪魔するんじゃ」
後の日本俳諧中興の祖。真之の盟友。
日本のふるい俳句型に新風を巻き起こした。
物語においては、メイン3人の中で最も青春を謳歌する。
幼い時は弱弱しく、妹の律によく助けられた。
真之や友人たちと子気味良いやり取りを常にみせるので、作中の「ノボさんパート」は清涼剤の役割を担う。
叔父に呼ばれて上京が決まった時は、
人生で3本の指に入るほど喜んだという。
(しかしいざ出立の日は、人生で最も悲しかったらしい)
弁が立ち、哲学にふけ、人をよく批評した。
子規在学中の”七変人”評では
【真之】勇気: 70以下、才力: 85、色欲: 80、勉強: 60
【子規】勇気: 70以下、才力: 90、色欲: 75、勉強: 50
仲間内で当時珍しい「野球」を流行らせるなど、新しもの好きで多趣味。
上京時は「太政大臣になる」と意気込んでいたが、次第に文芸の道にのめりこんでいく。
英語が大のニガテ。
1巻の名場面3選
貧困の中、生まれたての弟を救った兄
好古「あのな、お父さん。赤ン坊をお寺へやってはいやぞな。おっつけウチが勉強してな、お豆腐ほどお金をこしらえてあげるぞな」
1巻の最初にして最大の泣きドコロ。
貧乏でこれ以上子を養えない秋山家に、真之が生まれた。「寺にやってしまおう」という父に対し、十歳の好古が「僕が頑張って稼ぐから」と必死に訴えて止めた。"お豆腐ほどのお金"という表現が文学的でかわいい。この幼少好古の健気な行動が無かったら、日露戦争の結果は変わっていたかもしれない。以後真之は、一生好古に頭が上がらなくなる。
後に上京した好古は、給金を実家に仕送りし、本当に真之の学費を支援した。また、真之の上京願望を察して東京へ呼び、多くない収入ながら学費の世話をし続けた。
好古の人生観と真之の進路決断
好古「おれは、単純であろうとしている。いかにすれば国家が勝つかを考えるのが、おれの人生だ。それ以外は余事である」
真之「学問も二流、根気も二流。あしはどうも、、要領がよすぎる」
執筆者が最も好きなシーンかもしれない。
真之と子規が進路に悩む中、子規は「文芸」という道を見つけつつあった。一方で真之は、自分が何に向いているか分からなかった。ついに好古に「大学をやめたい」と相談する。好古は「なぜだ、短くいってみろ」と弟の悩みを聞きはじめる・・・
ここから好古と真之の問答が続く。お互いの信念と性格を明かし合い、真之は「要領がよすぎる」という自分の天性の自認に至る。好古も弟が「軍人にいい」と認め、真之は海軍への道を選ぶ。それは兄・好古からの独立、快適な学生生活の終わり、そして親友・子規との別れを意味した。思わず涙がにじんだ。
今後の人生に悩む真之と確固たる人生観をもつ好古の問答が、リズムよく丁寧に描かれる場面。年を重ねるたびに、「進路を決めるときはこうだったな」と思わず振り返ってしまう。続くシーンは、同居していた子規が、真之の"最後のいたずら"と別れの置手紙に涙をあふれさす場面。ここまでの一連の流れが、たまらなく切ないのだ。
"絶望"の好古フランス留学と運命のいたずら
好古「渡仏します」
言った瞬間、陸軍における栄達をあきらめた。
陸軍エリートへの道を進む好古に渡された、急転直下の仏留学令。
当時の陸軍の出世コースであるドイツ留学の道が、旧藩の殿様の都合で私費フランス留学となってしまった好古。立身出世を胸に、極貧時代から必死で築き上げたキャリアが、横やりで崩されてしまった。自身のキャリアを何らかであきらめた人にとっては、共感で胸が痛くなる話だろう。
しかしこのフランス留学の結果、好古の上申もあり、日本陸軍騎兵がドイツ式からフランス式に改まった。実はフランス式の方が馬術において有利だったのだから、運命というのは分からない。
名脇役たち|秋山久敬、高橋是清、メッケル
秋山久敬|"無課金"教育主義の父
「食うだけは、食わせる。それ以外のことは自分でなんとかおし」
好古・真之兄弟の父。「貧乏がいやなら学問をおし」という教えの一方、学費を出せないことを「古今の英雄豪傑はみな貧窮の中からうまれた」という"親ガチャ全否定"、"無課金"主張で通した。好古が無料の学校(師範学校)に進学するのをドライにいなすが、最後は何やかんやで"まわりくどく"支援した。警察沙汰になった真之のけんかも裏交渉で落着させるなど、昼行燈なツンデレ翁。
高橋是清|真之と子規の英語教師
「語学なんざ、ばかでもできるのだ」
「英語は難しい」「語学ができる人は高貴」という風潮で臆する学生に向けて、語学のハードルを下げるために上の言葉を放った。(「にわとりの声マネは、ばかほど上手い」という論拠)自身は英語が分からないがために、海外で身売りされた経験を持つ。
メッケル|モーゼル・ワインに釣られたドイツ陸軍の至宝
「私にプロシャ(ドイツ)陸軍の一個連隊を指揮せしむれば、全日本陸軍を破りうる」
好古ら日本陸軍将校に戦術を叩き込んだ、ドイツ陸軍名参謀。その戦術は日露戦争で見事にハマり、戦後日本陸軍から神扱いされた。あだ名は「渋柿おやじ」。授業の際には上のように豪語して、学生たちの怒りを買った。(それだけ当時の日本陸軍は、列強に対し遅れを取っていた)日本の招きにOKを出した決め手は、「横浜でモーゼル・ワインが手に入る」ことだった。つまりは、無類の酒好き。
最後に|学校に行けなかった、学問を信じていた好古。
「学問がしたい」「学校へやっておくれ」
少年好古が、父にしつこく食い下がる場面。
現代で親にこんな要求をしたことある人は稀だろう。
好古は「生きる事=食う事=学ぶ事」を信じ、
逆境ながら努力を続け、ついには弟・家族を食わせた。
その後は、自らを使命を「騎兵育成」に定め、
ロシアとの対決に至るまでひたすら駆けた。
お気づきかもしれないが、
執筆者の(今の)推しは「好古」だ。
(当初は「真之」推し。不定期変動)
余計なものを徹底的にそぎ落とし、
責任感をもって家族を養い、
一つの目標に人生全てを注ぐ生き様、
純粋にかっこいい。
アタリマエに食べられる、
学校へ行ける今だからこそ、
秋山好古の生き様は、
大切なことを思い出させてくれる。
<#2へ続く>
【坂の上の雲を辿る】シリーズはこちら
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好古・真之「初陣ぞな」、子規「次はロシアか?」【"坂の上の雲"を辿る #2】
おまけ|ドラマ版
当初本文中でドラマ版に触れようと思ったが、断念した。豪華名作すぎて、書きたいことが多すぎたからだ。ドラマ版の話は、いずれ別の機会に設けることにする。ドラマ未視聴の方は、なる早で視て頂きたい。
