見出し画像

【受験体験記】 高校受験~大学受験の進学"道" | 努力は大事、だが信じすぎるな|挫折とやらかしと挽回|改訂・フリー版

熊本の小中学生向け学習塾・日進塾公式HP|「自ら考える」仲間たちをいつでも募集中♬

「受験」「進学」
この道をゆけば、どうなるのか。
どんな目に遭うのか。その心得とは。

初めて受験期を前にした家庭が、
毎回頭を痛めるこの不安。

ここでは私(執筆者)が体験した
高校~大学受験期の話を通じて、
・失敗談(やらかし)
・頑張ったこと
などを紹介いたします。

決してよくあるサクセスストーリーや必勝攻略法などでありません。

あくまで不器用な私による、
「私の受験はこうでした」
という七転八倒談です。

ですが、イチ先人の辿ったリアル体験・失敗談は、中々しっかり聞く機会もありません。加えて、高校受験~大学受験までを網羅した体験談だからこそ、ああすればよかったのかなという発見があります。

なぜ、公立・普通科を選んだのか?
進学の中で犯した数々の「やらかし」とは? どう挽回したのか?



高校選択のやらかし|よく考えずに第一志望を決める

自分の志望校については、
「よく考えていなかった」という有様でした。

いきなりダメな例で申し訳ありません。

言わずもがな、よく考えずに志望校を決めるのはナンセンスです。
ですが、「適正」「決め手」「強い希望」「志」などというような、しっかりした判断材料が無かったというのが正直なところです。

「とりあえずで、いけるところ」
それが「公立・普通科」に対する、
私の偏見でした。
等の公立・普通科にしてみれば、
とんでもない誤認です。

あとは、自分の偏差値と相談して、
合うところに行ければと思っていました。

また学校の知名度も申し分なく、
兄が先に進学していたというのもあり、
「誰からも文句言われない」といった打算もありました。

フワッとした感覚で進路を決めてしまった。
これが後の失敗に、きっちり繋がってきます。
(因果応報)

そのような状況の中で、私の受験勉強がスタートしました。


日進塾入塾 | 集中する環境・ルーティンを整える

中学1年以来の学習スタイルは学校+家庭教師でした。

成績は決して悪くは無かったと思いつつ、分からない問題も多くくすぶっていた時期でした。そんな中、中2の時に友人の誘いで日進塾に入ったことが転機になりました。

「とにかく数学伸ばせ」
「理系に行け」
 by 塾長

それまではまんべんなく5教科に向き合っていましたが、入塾後ははっきり「理系」を意識し、数学・理科の向上に注力しました。理系科目の強化が幸いして、5教科全体の学力を伸ばすことができました。(宣伝っぽく聞こえるかもしれませんが、我流と塾の力量差を重々思い知りました

私自身も塾での勉強が快適だったのか、
中3の夏休みはほぼ塾に入り浸っていました。

今思えばすこぶる迷惑だったかもしれませんが、それほど集中がつづく環境だったのだと思います。

そして、家での勉強は最低限に留めました。

すなわち、塾(いわゆるサードプレイス)で勉強を終わらせ、後は休養・リフレッシュするというルーティンを確立したのです。

これが良い効果を発揮し、本番まで成績を落とすことなく過ごせました。


努力・物量重視の功罪 | 合格=成功ではない?

以上のことから、
第一志望の高校に無事合格を果たせました。

私はこれを「成功体験」と思い込み、

「いざとなれば物量作戦で行けるでしょ!」と
以後自分の勝利パターンとして扱うようになりました。

 1.集中する環境・ルーティンを整える
 2.量をこなす
しかし、これだけで十分なのでしょうか?

1.はともかく、2.量をこなす については、
通用しない場面が先々で何度もありました。

そして困ったことに、失敗の度に
「量が足りなかったのでは」
「量があればいけたのでは」
「努力が足らないせいだ」
と余計に思うようになってしまいました。

数々の失敗を経て、
今では「努力・物量」の効果に対して
公平に・ドライに向き合うことができるようになりました。

努力量が必要で、それがもたらす効果は計り知れません。私自身、それを体感しています。

だからこそ、努力以外の要素(運、工夫、環境、時間軸 等)を過小評価するのは厳禁です。

努力”だけ”では勝てません。

努力とそれ以外、双方が揃って初めて「勝利」が掴める。

「努力を信じすぎてしまった」という意味では、この「合格」は必ずしも100%の「成功」ではなかったのかもしれません。


「楽しい」が「志の無い」高校生活

結果から言えば、
私の高校生活は比較的空虚になりがちな時期でした。

確かに友達は皆優しくて気持ちのいい人達だし、
校風の自由度も高い。
中学に比べたら、圧倒的に心地の良い空間でした。

それだけに、

高校時代で自分が成長できたかは、疑問が残ります。

後の大学・社会人時代は、
過酷でありながらも愉(たの)しく過ごせていました。

なぜならその期間、自分の中には確固たる
「やりたいこと」
「頑張るべきこと」
があったからです。

すなわち「志」があったということです。

しかし、高校ではそれらが確立されないまま、受験合格の余韻のままに、快適なスクールライフを満喫するという状況に陥ったのです。

「学園生活を楽しく満喫して、何が悪い!」
「快適スクールライフこそが、学生の本分!」
という声は、至極ごもっとも。私も多くは同意見です。

しかし大人になってから高校時代を振り返ってみたとき、

「もっと何かに頑張ればよかったなあ」

という思いが強くなっていました。


「高校でやりたいこと・頑張りたいこと」を確立しなかった

誤解無きように加えておきますが、母校は大変素晴らしい高校です。教育・課外活動は充実していますし、優秀な人材を排出し続ける伝統ある学び舎です。

ですが
「高校でやりたいこと・頑張りたいこと」
を受験勉強の前にしっかり確立しておかなかったこと。

主体的に動かなかったこと。

これが高校時代の空虚の一因になってしまいました。

深く考えずに志望校を決めて、
とにかく受験勉強から始めてしまったことが、
高校生活の充実度を下げてしまった、ということです。

もし事前に何か描くことが出来ていたなら、たとえ同じ進学先でも、違った高校生活を送れていたかもしれません。


船舶工学を志す|初めての挫折と挽回の「再インプット」

一方で進学に関しては、
幸いにも自分の希望するテーマを見つけることができました。

それは「造船」でした。

きっかけは割愛しますが、とにかく造船技師を目指す決意を固めるに至りました。造船技師になるためには、かつて造船学科のあった大学が進路として最適と判断し、それを第一志望として捉えることにしました。

しかし、上述の通り惚けていた私にとっては、
現役合格が叶わない目標でした。

そもそもの実力不足に加え、勝利パターンと信じていた物量努力も功を奏せず、あえなく浪人の道となりました。

ようやく私も目が覚め、もう後がないと腹を括りました。

また高校受験と違い、「大学でやりたいこと」をしっかりとイメージできていましたので、
不思議と悲壮感はありませんでした。

現役の頃は、内容の理解が半端のままに、
演習、演習と物量努力していました。

しかしその方針を改め、

今一度最初っから習いなおす「再インプット」に努めました。

言ってしまえば、
「全教科学び直し」です。

具体的には、以下を実行していました。
・いきなり演習を重ねず、本質をまず理解する
・自分でノートを作り、まとめる
特に化学のノートは、模試の度に絵が浮かぶレベルまでになり、自分にとって一番分かりやすい”参考書”になりました。時間はかかりましたが、半年を過ぎるころには理解度が格段に高まり、自分でも自信がついてくるようになりました。

一方で、高校受験と同じように、
「環境を整え、量をこなす」ということは続けていました。

まとめると、
1.集中する環境・ルーティンを整える
  →メリハリをつけ、休むときは休む。


2.本質を理解する
  →自分の手で整理して、インプットする。


3.量をこなす
  →あくまで理解・インプットが先。
  →その後で反復演習。

という柱が揃い、自分の成長に繋がりました。

思えば、自分は地頭が弱い分、
成長に時間がかかるタイプだったのかもしれません。

それでも上記のように努力を継続した結果、センター試験(当時)では予想以上の点数を獲得することができました。

しかし続く2次試験では、余計なやらかしを犯してしまいます。


本番のやらかし | 受験票を忘れる

2次試験の前日、大学近くのホテルで荷物を整理していたとき、

愕然としました。

受験票が無かったのです。

急いで親に連絡して、地元から新幹線ではるばる持ってきて貰い、無事に事なきを得ました。なんとも恥ずかしい失態をやらかしたおかげで、今でも実家の集まりでネタにされます。
(実のところ、受験票が無くても受験自体は可能だったので、慌てなくてもよかったのです)

言うまでもありませんが、

余計なトラブルがあると本番の試験に影響しかねませんので、

持ち物は必ず事前にチェックしましょう!

幸いにも、トラブルの影響は入試結果に響かず、無事に合格を果たしました。

(”笑い話”で済んだからよかったです)


結び | 道はつづく。

以上がお粗末ながら、私の受験体験記になります。

昨今は「受験は無い方が本人のためでは」という不要論も増えていますし、それも有効な選択肢の一つかと思います。

但し、
私が受験期を通じて身につけた力は、
その後の人生で大いに役に立っています。

それは知識だけに留まりません。

高校受験では、集中環境の整備・努力の大切さ。

大学受験では、理解する・成長するためのノウハウを体得。数々の失敗・挫折も、立派な糧になっています。

そして、それらを継続して駆使してきたからこそ、今があります。

あくまで「道」は、人それぞれです。
どんな進路であれ、迷い、間違えながらも、
一歩一歩前進する皆さんを、私たちは応援します。

その「道」は必ず、
明るい未来につづいていると信じています。


熊本市南区の学習塾・日進塾では、「自ら考える」仲間たちを募集中!塾内で県オープン模試を受験可能です。はじめての方も優しく指導いたします。進路相談・体験入塾はHPの「お問い合わせ」からお申し込みください。

おススメ記事:やなせたかし「無駄なことはひとつもない」。挑戦と挫折で戦い続けた生涯です。受験の後は頑張らなくていい、などということはありません。負けても負けてもゲームから下りず、90年、前進をやめなかったら、いつの間にか偉業に辿り着いていたという人生でした。

おススメ記事:「とにかく偉くなる!」「上を目指す!」で、受験・学問に励むこと。時代錯誤かもしれませんが、その姿勢は大いに応援したいです。そんな明治の少年たちが、学問を志すことで本当に大業を為し、今の日本の礎を築いていきました。

補足1: 充実していない高校時代は罪なのか?

高校時代がさほど充実しなかったからといって、その時期が不要・無駄だったということでは決してありません。その後の人生を振り返ってみても、これほど「快適」だった時期は未だ無く、それはそれで「休養」「充電」という立派な役割を果たした、と思います。同時にそれで得られた財産も大いにあるのです。(現に私は、高校時代に進路を定めることができました)もし高校でも変わらず走り続けていたら、大学・社会人のどこかで惚けていたかもしれません。「無駄なことはひとつもない」のです。

補足2: 「環境を整える」には「周りの理解・協力」が不可欠

本稿では「環境を整えること」の大事さを説いていますが、これの実現には家族の理解・協力が欠かせません。「勉強なんて無意味」という家庭だと、そもそも勉強する事自体が辛いですものね。その点は大変恵まれていた環境でしたので、両親には感謝の言葉もありません。
加えて浪人時代は、一緒に勉強する同級生・仲間がいたおかげで頑張れました。サボり合わず、高め合う関係だったことも、幸いしたのだと思います。


いいなと思ったら応援しよう!