【七峰】未だ語りつくせぬ…! 宝塚歌劇「悪魔城ドラキュラ」感想第3弾
血に飢えた魔物の惨劇めいて繰り返される、3度目の感想文をお送りします。
今回はどちらかと言うと二次創作に近い深読みに入っていくので、ミーム汚染にはご注意を。ご自身の記憶と意識をはっきりと保つようにお願いします。
前回までの感想文はこちらに。
アルカードは幸せ者
アルカードが自宅のベッドに大股で座って肩を落とす姿勢には400年分の苦労がしのばれるが、「月よ教えて欲しい」と月に歌うところを何度となく見ているとそこに母親の面影を透かしてお伺いを立てているような気がして、いろんな意味でこれは仕方のないことなんだけれど、アルカードって母親に対してコンプレックスが強いよなって思う(迂遠表現)。イケメンで、すごく熱愛してくれるマリアがいるからなんとなく許されてる感じだけど。
「月は『死』を暗示する」ということはよく聞く話で、昔のテレビアニメの印象的なシーンに使われていたりもするが、そう考えてみるとアルカードはずっと「死」に向き合っていたのである。
死んでしまった母親、父親が地獄から何度も蘇るたび殺さねばならぬ定めを負って生き続けねばならない自分と、定命の人間たちのことを想いながら。
その月が最後には二人の門出を温かく祝う(そのようにアルカードは感じる)、というところも実に興味深い。感想文第1弾で聖霊祭が「お盆」のようだと書いたが、然るにこの場合の月も「お天道さん」の変形なのではないだろうか。
リヒターの苦悩
Bloody Tears(血の涙)のくだりで涙をぬぐうようにする「(俺の血が)涙に変わる……」の人差し指の色気。
あれはリヒターのこころのやわらかいところがうまく表現されていると感じた。
「血」というもののイメージは吸血鬼ものである本作では多面的な意味合いをもつが、リヒターの「涙に変わる……」には人間の過ちによって流される血だとか魔物との戦いで流れる血だけでなく、一族の血を通してベルモンド家の祖霊が悲しみ、自分も悲しむが、闇に堕ちてゆく自分自身をどうすることもできない……ということを感じ取れる。
「ベルモンド家最強のヴァンパイアハンター」と呼ばれ、ファンの人気も根強く、けして人前で弱音を吐かないパーフェクト超人に見える彼も等身大の青年であり、苦悩しているのだな……と思うのだ。
それと「今! 今! 今!」というコーラスが空耳で「リヒター!」に聞こえる、という話も観客の間で広まっているが、そもそもあのコーラスは誰が囃し立てているのだろう?
悪魔城の魔物たちか、あるいは今作ではパリの市民革命の呪いかもしれず、そう思うとあの声が「Viva!」であったり「Re:Birth!」などといった言霊に聞こえなくもない。闇の力や、人間の過ちが英雄を魔界に引きずり下ろすというわけだ。
きみはどんな「宝塚ナイズ」が見たいんだい
ここからは余談。
原作ものをいかにして宝塚歌劇として表現するかはプロの方がうまいに決まっているのでウカツなことは言えない。
無論「宝塚歌劇である意味」がなければ別の劇団に任せたほうがよい場合もある。それにぼくが好きな作品はだいたいニッチすぎる(「斑鳩」とか見てみたいが、どうやってミュージカルにするのか自分でもまったくわからない)のだ。
それでもあえてKONAMIのゲームタイトルを挙げるなら……メタルギアソリッド2……いやピースウォーカーも捨てがたいな! 「VIC BOSS!」の連呼が聞きたい。
パスとチコのロマンスにして輝月 ゆうま(ドラキュラ伯爵役)さんにビッグボスを演じてもらおう。連続CQCとかきっと最高だぞ! カズヒラ・ミラーもリーゼントをバッチバチにキメて踊る!
でも、ここで言ったまんまの内容にしたらSNSで大炎上します……。
要するにBad Powerみたいな男役の群舞のあるのが見たいっていうわけなので、それなら原作ものに限らず、オリジナルの公演で「楽しいザ・宝塚」を観たいな、と思った。
(編注:「Bad Power的な雰囲気は星組に多い印象」「ザ・宝塚としておすすめしたい男役群舞は『オマージュ』」といった情報を宝塚ファンの方からいただいております。)
以上終わり!
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