【第3章】 第59話
【第3章】第59話 執着の行方
あれは、まだルナミナが生まれる前の事
父も母も健在だった。
私の誕生日だったかしら
プレゼントを貰ったところまでは覚えている。
ルクレッツィアがやってきて、癇癪を起こしたのよね。
いつもそうだった。
ルクレッツィアは、母にそっくりな私を目の敵にしていたから
癇癪を起こしているルクレッツィアを
母は宥め、父は私から引き剥がし、説教はするけれど
ルクレッツィアは、父の腕の中に行けば落ち着くから
私は、私を抱きしめる母の深いため息に心痛める。
「ルクレッツィアの癇癪は、執着なのよね。
どんなに躾けても治らない。魔人の執着は、力の源だから。
反対にセラフィナは、その執着が薄すぎる。魔力は多いのに変ね」っと母は首を傾げていたっけ。
心平穏に整えるのがこの頃の楽しみだったから。
母は知らない。父も知らない。
ルクレッツィアが執着を強め、癇癪で城が揺れようとも
私の心は、さらにその上へと整える楽しみでいっぱいだった。
⸻
今思えば——
あの頃から、
私は“壊れる事”よりも、
“整っていない事”の方が怖かったのだと思う。
どれだけ泣き声が響こうと。
どれだけ城が揺れようと。
乱れた花を並べ替えるように。
崩れた積み木を積み直すように。
私は、静かに、
世界を“あるべき形”へ戻す事に安堵していた。
⸻
「……だから、お姉様は駄目なのよ」
現在。
王都。
静まり返った皇城の一室。
セラフィナは、窓の外を見つめながら
静かに呟いた。
王都は、美しかった。
整っている。
規律。
祈り。
秩序。
人々は与えられた役割を果たし、
無駄なく循環している。
なのに——
「どうして、あんなにも壊したがるのかしら」
その声音に怒気はない。
理解できない。
ただ、それだけだった。
⸻
「セラフィ〜、また難しい顔してる〜」
間延びした声。
天井近くの梁に、
ルナミナが逆さにぶら下がっていた。
白いうさぎを抱えながら、
退屈そうに足を揺らしている。
「ルクレッツィアまた暴れてるよ?
今度は西塔の結界壊した」
「そう」
「“お父様が見てくれない”だって」
ルナミナは、くすくす笑う。
だが、
セラフィナは笑わなかった。
「……困ったお姉様ね」
静かな声だった。
けれどその瞬間、
王都全域を覆う結界術式が、
微かに脈打つ。
まるで——
王都そのものが、
セラフィナの感情に呼応したかのように。
⸻
お姉様の不幸は、お父様が一度でも私たち姉妹に執着したかって事よね。
今現在の私に対する執着は、わたしの後ろに母の面影を見ているから。だから、歪み、澱み、囲い込みしたがる。
古代遺跡に向かわせたのも、母の魔法力の軌跡を私から放たれるかっていうのも理由だったと思う。
水晶竜の心臓を何に使いたいかは知らないけれどね。
姿、形がたとえどれほど似ていようとも母の代わりは出来ないのに。
窓の外。
王都の結界は、
今日も美しく循環している。
誰も気づかない。
この秩序が、
たった一人の感情で維持されている事に。
⸻
父は、今度は海の奥で何を探しているのだろう。
⸻
「セラフィ〜、ルクレッツィアお姉様、海の方へ飛んで行った!」
「やはり堪え性は皆無ね」
セラフィナは、ため息をつく。
「ねえ、真琴達も海の方へ行ってるんだよ?」
どうするの?ってルナミナは首を傾げる。
この子は、この子で随分と人間くさくなってきた事。
「頼まれてもいない事を…」
「頼まれていないから、自由に動けるじゃん?」
「自由にって…そうね。悪くないわね」
セラフィナは、ルナミナの提案に乗った。
ルクレッツィアの邪魔をして、真琴達に貸を返す。
大義名分になるじゃない。
ルナミナも「ふっふっ」って笑っているセラフィナを見て
「お姉様も随分、真琴に影響されちゃって」
と本人に言ったら苦虫を噛み潰したような顔になる事を考えていた。
⸻
「でもさぁ」
梁の上で、
ルナミナが白いうさぎの耳を弄びながら
足をぶらぶらさせる。
「真琴達って、変だよね」
「何が?」
「普通、人間ってもっと怖がるじゃん」
ルナミナは、
楽しそうに笑った。
「私達の事も。
王都の事も。
あの“気配”の事も」
窓の外。
王都の空には、
薄く結界光が揺らめいている。
人間達は、
それを“女神の加護”だと信じて疑わない。
だが実際には違う。
あれは、
セラフィナの魔力演算によって維持された
巨大術式に過ぎなかった。
祈り。
循環。
浄化。
観測。
膨大な情報が、
常に王都全域を流れ続けている。
誰が眠り。
誰が祈り。
誰が不安を抱え。
どこで争いが起き。
どこで魔力が乱れたか。
全て、
セラフィナの中を通っている。
それでも彼女は、
平然とそこに立っていた。
「壊れてるのは、こっちなのにね」
「うん?」
「なんでもないわ」
ルナミナは、
じーっとセラフィナを見る。
そして、
ふっと笑った。
「でも、お姉様。
最近ちょっと楽しそう」
「気のせいよ」
「前はもっと“無”って顔してたもん」
失礼な妹ね。
そう言いかけて、
セラフィナは口を閉じた。
否定しきれなかったからだ。
真琴は、
あまりにも異質だった。
魔力がない。
なのに、
世界の歪みを見抜く。
力ではなく、
構造を読む。
しかも——
“整える”のではなく、
“壊れたまま扱う”事を覚えている。
そこが、
セラフィナには理解できなかった。
理解できないのに。
何故か、
視線を向けてしまう。
「……厄介ね」
ぽつりと呟く。
その瞬間だった。
王都西側。
遥か彼方で、
紅い魔力光が空を裂いた。
轟音。
数秒遅れて、
皇城の窓硝子が震える。
「あーあ。
またルクレッツィアお姉様だ」
ルナミナが呆れたように言う。
だが、
セラフィナの視線は、
さらにその先——
海の方角へ向いていた。
まるで、
何かを感じ取っているかのように。
「……始まるわね」
「なにが?」
セラフィナは答えない。
深海。
鐘の音。
沈まない船。
そして、
父が探している“何か”。
それら全てが、
静かに繋がり始めていた。
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