【第3章】 第60話
【第3章】第60話 収束する航路
真琴は、古代遺跡へ向かう際にも使っていた
地図板を取り出していた。
淡く発光する術式板。
古代文字と航路線が浮かび上がっている。
「海でも使えるの?」
フィオナが覗き込む。
「たぶん。
座標術式そのものは陸も海も変わらないから」
「また“たぶん”なのですね……」
「仕方ないさ、真琴の“たぶん“は、仕様書範囲内だろ」
レオンハルトが疲れたように呟いた。
その瞬間だった。
——ゴーン……
低く、重い鐘の音。
海の底から響くような、
不気味な音色。
同時に。
地図板の光がぶれた。
航路線が歪み、
座標表示が乱れる。
「……っ」
真琴が眉を寄せる。
リオも隣から覗き込み、
珍しく真面目な顔をした。
「これは、ただの魔物って感じじゃないね」
甲板の空気が、
わずかに張り詰める。
船員達は騒がない。
だが、
何人かが無言で海を見た。
一人は胸元の護符を握り。
もう一人は、
噛んでいた煙草を海へ吐き捨てる。
「……今日は近ぇな」
誰かが、
ぽつりと呟いた。
海風だけが、
妙に冷たかった。
⸻
「あの、船長さん」
クラリスが、
とととっと船長の元へ駆け寄る。
「私に海洋図の読み方を教えてください」
「海洋図を?」
「はい。今までの定期航路がわかれば、
地図板との差異が比較できます」
船長は、
少し目を丸くした。
「嬢ちゃん、学者先生か?」
「司書です」
「似たようなもんだな!」
豪快に笑いながら、
船長は机に海図を広げる。
クラリスの目が、
すぐに真剣な色へ変わった。
「……おかしい」
「何がだ?」
「鐘の音が鳴る度に、
航路座標が僅かにずれてます」
「潮流じゃなく?」
「ズレ方が規則的すぎます」
クラリスは、
次々と古い航路記録を見比べていく。
「まるで——」
「まるで?」
「誰かが航路を書き換えているみたい」
船長の笑みが、
少しだけ消えた。
⸻
甲板下。
低い魔導機関音が船内に響く。
今回の船は、
普通ではなかった。
古代遺跡から持ち帰った術式。
ヴィクトルの魔導工学。
クラリスの古代文字解析。
そして、
真琴のログ構築。
それらを片っ端から詰め込んだ結果——
“潜れる”。
意味がわからない。
だが、
実際に動く。
「本当に潜るんですかい……?」
船員の一人が、
半ば呆れた顔で呟いた。
「だって、幽霊船なら海の下から見た方が早そうじゃない?」
真琴は悪びれもなく答える。
「“早そう”で船を改造する奴があるか……」
船長が頭を抱えた。
だが、
その声はどこか楽しそうでもある。
⸻
「……非常識もここまで来ると、天才って奴?」
その様子を、
少し離れた場所から見ていたルナミナが、
ぽつりと呟いた。
白いうさぎを抱えながら、
くすくす笑う。
「普通、海がおかしかったら近づかないのに。
なんで潜ろうって発想になるかなぁ」
「真琴だからじゃない?」
隣で、
セラフィナが静かに答えた。
「うわ。
それ説明になってない」
「でも、一番正しいわ」
ルナミナは、
じーっとセラフィナを見る。
「お姉様、随分真琴に詳しくなったねぇ」
「観測対象として見ているだけよ」
「ふーん?」
その返事が、
少しだけ早かった。
⸻
「——で、なんで居るの?」
真琴が呆れた顔で言った。
甲板。
そこには当然のように、
白いうさぎを抱えたルナミナが居た。
「乗った」
「見ればわかる!」
「セラフィナお姉様もいるよ〜」
「は?」
真琴が振り向く。
船尾側。
海風に銀髪を揺らしながら、
セラフィナが静かに立っていた。
「今回だけよ」
「いや何が!?」
「ルクレッツィアお姉様を放置すると、
海ごと壊しかねないもの」
「否定できないのが嫌なんだけど……」
真琴が頭を抱える。
その横で、
リオが吹き出した。
「賑やかな船旅になりそうだ」
「ところで、ルクレッツィアお姉様って?」
フィオナがもっともな疑問を口にした。
「私たちの一番上のお姉様です」とセラフィナが言い
「我儘言わせたら右に出るものはいないの」とルナミナが言う
“我儘で右に出る者はいない”と言わしめる長女である。
誰かが笑い。
誰かが呆れ。
だがその時。
——ゴーン……
再び、
深海から鐘の音が響いた。
その瞬間。
地図板の航路線が、
まるで“何か”へ引き寄せられるように、
海域の一点へ収束していく。
エルシオン島。
誰もいないはずの海域。
だがそこには確かに——
“何か”が待っていた。
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