【外伝】 渇いていく王女④

【外伝】渇いていく王女④

剣の訓練に木偶がいくつも立っている。

カン、カン、カン…一心不乱に剣を振るう王女。

「大丈夫でしょうか?」

クロード男爵邸の執事が旦那様に心配して聞く。

「止める理由がない。周りから信用する者を外されたのだ。残るは自身のみだろう?死にたくなければ、必死になるしかない」

「ここに来ることすら止められるのも時間の問題よ」

クロード男爵は、空を見た。

色に溺れた愚帝王のこの帝国に未来はあるのだろうかと。



朝の定番の挨拶の時間。

エレオノーラは、帝王である父親に完璧な挨拶を述べていた。

「帝国の太陽にして万民を照らす…」

挨拶途中で止められた。

「話がある。そちの縁談が決まったぞ」

まだ頭の上がらないうちにそう述べられた。

王の侍従が書類を渡す。

「隣国のアレクセイ王の元へ輿入れだ」

エレオノーラは、疑問に思った。

「アレクセイ王は、昨年結婚を成されたと記憶にありますが?」

「誰が正室だと言った?そちは側室にと送られるのだよ」

「仮にも帝国の第一王女を側室にと打診されたのですか?」

エレオノーラの声は震えていたかもしれない。

「ハハハ、だからこそよ。側室ならば受け入れようとアレクセイ王から受領の書簡が届いたぞ」

隣の席に座っていた皇后が言う。

「帝国のために生まれた王女なのでしょう?ならば最後まで、その役目を果たしなさい」

「……承知いたしました」

承諾しか残されていない。だが、更に追い討ちをかけるように言葉が続いた。

「そうそう、忘れておった」

帝王は、まるで些細な報告をするように続けた。

「辺境の戦も安定したぞ」

エレオノーラの指先が、僅かに震える。

「そちの元護衛騎士だったタクティス候が大きな手柄を立ててな。今では英雄と呼ばれているそうだ」

一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ、胸の奥に温かいものが灯った。

(生きていた……)

だが。

「その功績を讃え、彼をリリアナの婿養子として迎え入れることにした」

灯った火は、すぐに消えた。

「リリアナ王女は、女王としてこの国を治めさせる。皇后も勧めてくれてな」

「ですので、妹姫の結婚式を祝ってから、隣国へお行きなさいね。
ご安心なさい。第一王女として恥ずかしくないよう、持参品の準備は私が責任を持ちます。
……最後くらい、帝国の王女らしく振る舞えるように」

「……承知いたしました」

一言告げ、完璧な第一王女としての一礼でその場を辞した。



クロード男爵邸に着いた時、空はもう暗かった。

木偶に向かおうとした王女をクロード男爵が止めた。

「エレオノーラ王女!タクティスの事を聞いたのですか?」

エレオノーラは、黙って頷いた。

「本日は、お帰りください。要らぬ誤解を生みま」

「ここも奪われたのですね?」

クロード男爵は、黙って頭を下げた。

エレオノーラは、思い出す。

タクティスと最初に会った頃のことを。

クロード男爵についてきていた皇后宮。

お母様のそばで私もタクティスは、よく遊んだ。

お転婆な私を優しく、諌めながらも側にいてくれた。

「タクティス…さようなら私の初恋」

優しきお兄様。優しき私の護衛騎士。

小さく小さくつぶやいて、頬を一粒の涙が流れた。



英雄の凱旋パレード。

戦の終結は帝国民に安堵をもたらし、王都は祝いの空気に包まれていた。

そしてリリアナ王女の結婚式は、帝国の未来と繁栄を象徴する一大行事として盛大に執り行われた。

帝国居城を見渡す限りの華やかな飾り付け。

居城の大階段に姿を現した英雄タクティス候と、豪華絢爛な純白のウェディングドレスに身を包んだリリアナ王女。

タクティス候の腕にしなだれかかるリリアナ王女は、この上なく幸せそうに微笑んでいた。

当のタクティス候の表情は硬かったが、遠目にそこまで見える者はいない。

民衆が見ていたのは、英雄と次代の女王の晴れ姿。

それは、完璧に演出された政治劇だった。



結婚式から三日後。

まだ王都には祝いの飾り付けが残っていた。

風に揺れる花々。

広場に掲げられた祝賀旗。

英雄と王女の結婚を称える垂れ幕。

その全てを横目に、エレオノーラの馬車は静かに城門へ向かっていた。

出発は早朝。

民衆の姿はない。

歓声もない。

楽団もいない。

帝国第一王女が他国へ嫁ぐ日とは思えないほど静かな朝だった。

馬車の横には数人の護衛。

それも皇后が用意した者たちである。

見送りの列もない。

貴族たちの挨拶もない。

皇帝も皇后も姿を見せなかった。

まるで最初から存在しなかった者を送り出すかのように。

「お嬢様」

声を掛けたのは老執事だった。

母の時代から王宮に仕えていた数少ない人物。

彼は深く頭を下げる。

「どうか、ご無事で」

それだけだった。

それ以上を言えば罰せられる。

だから、それだけしか言えない。

エレオノーラは小さく微笑んだ。

「ありがとうございます」

そして馬車へ乗り込む。

扉が閉まる。

帝国で聞く最後の音だった。


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