【外伝】 渇いていく王女③
【外伝】渇いていく王女③
タクティスは、辺境へ向かった。
「必ず戻って来ます」と言葉を残して。
反対にエレオノーラの側に新しい護衛騎士が2人ついた。
どうみてもやる気は見られない。
町の冒険者の方が遥かにマシであろう。
「やる気なし、マナー無し、敬意も無し。いいところ無し!」
サシャの感想である。
「おまけにウザいスパイよ」小声でサシャに伝える。
今まで、タクティスとサシャが側で守ってくれていたから、
私の動向を探れなかった皇后の作戦なのだろう。
「サシャ、今後は毒味も兼ねて貰うわよ」
「承知しております」
サシャは、既に皇后やリリアナを警戒してくれている。
ここから、エレオノーラは、図書館通いも始めた。
今まで以上に知識を貪欲に。
タクティスの父親であるクロード男爵邸まで乗馬で行く。
護衛騎士は、本当に護衛騎士だったの?というほどに、乗馬も出来ない。だから、城から2人を巻いて男爵邸まで向かう。
男爵には、タクティスから依頼をしてある。
「第一王女を鍛えてあげてください」
剣を槍を弓をそして魔術を。攻撃に変えられるものは何でも良い。
王都の外れにあるクロード男爵邸は、思っていたよりも静かだった。
風に揺れる木々の音だけが、妙に現実味を持って耳に残る。
門の前で馬を下りたエレオノーラに、使用人が一瞬だけ目を丸くする。
だがすぐに深く頭を下げた。
「お待ちしておりました、エレオノーラ第一王女殿下」
「……タクティスから、話が?」
「はい。すでに」
その一言で、すべてが繋がっていることを理解する。
彼は“戻る”と言った。だが同時に、“今できる準備”も残していったのだ。
屋敷の奥へ通されると、クロード男爵はすでに立っていた。
年を重ねた顔には、軍人特有の硬さが残っている。だがその目だけは、妙に柔らかい。
「タクティスから聞いている。……無茶を言ってきたな、あの息子は」
エレオノーラは頭を下げた。
「無茶ではありません。必要なことです」
男爵は一度だけ笑った。
「必要、か。王女殿下がその言葉を使うとはな」
少し間を置いてから、彼はゆっくり頷く。
「いいだろう。ただし条件がある」
エレオノーラは顔を上げる。
「何でしょうか」
「ここでは“王女”ではなく、“訓練生”だ。剣も、槍も、弓も、魔術も……全て同じ扱いでやる」
サシャが息を呑む。
「……それは」
だがエレオノーラは、即答した。
「承知しました」
男爵の目が細くなる。
「即答か。……普通は迷うぞ」
「迷う時間はもうありません」
その言葉に、屋敷の空気がわずかに変わった。
翌朝。
庭に並べられた訓練用の木剣を見て、護衛騎士の一人が鼻で笑った。
「王女が剣?冗談だろ」
もう一人は欠伸をしながら肩をすくめる。
「どうせ一日で泣いて帰るさ」
その直後だった。
風が一瞬だけ止まる。
エレオノーラが木剣を握った瞬間、空気が変わった。
構えは素人のそれだった。だが“迷い”だけが消えている。
男爵が小さく呟く。
「……なるほど。これは“学びに来た目”だな」
サシャはその横で、静かに唇を結んでいた。
(この人はもう、“守られる側”の目をしていない)
護衛騎士たちはまだ気づいていない。
これは“遊び”ではないということに。
そしてそれが、王城へ戻ったときに何を意味するのかも――まだ知らない。
⸻
サシャが奪われた。
タクティスが辺境に旅立ってから数ヶ月後、
リリアナ王女、お茶会針混入事件。
リリアナ王女が親しい令嬢たちを呼んでのガーデンパーティー
その席で、ケーキを食していた時に口元から滴り落ちた血。
リリアナ王女は、待っていたのだ。
エレオノーラが侍女を連れて、庭園に来るところを。
晩餐会のテーブルに飾る花は、王女の持ち回りであった。
そのスケジュールは、城のものならば誰もが知っている。
そのタイミングを測ることなど造作なかった事だろう。
空気が変わったのは、あまりにも唐突だった。
王城の中庭はいつも通りのはずだった。整えられた芝生、管理された花壇、笑い声を交える令嬢たち。
その“完成された平穏”の中心で、リリアナ王女だけが、ひとつだけ違う呼吸をしていた。
「……あら?」
彼女は指先で口元を押さえた。
赤い。
一瞬、誰もそれを“現実”として理解できなかった。
血。
ケーキを食べていたはずの、完璧な茶会の時間に混ざるはずのないもの。
「お姉さま、どうかなさいましたの?」
誰かが笑いながら言ったその声は、次の瞬間には凍りついた。
リリアナはゆっくりと目を細める。
その視線の先には、偶然を装って配置された“証人たち”。
そして――少し遅れて現れる予定の、第一王女。
「……来ないのね」
誰にも聞こえないほどの声だった。
その瞬間、彼女は理解していた。
これは事故ではない。
これは“完成された舞台”だ。
数刻後。
王城の一室で、サシャは膝をついていた。
両腕には拘束の跡。衣服は裂かれ、呼吸も浅い。
だがそれ以上に、周囲の空気が彼女を殺していた。
「針を仕込んだのはお前だろう」
冷たい声。
「王女リリアナ殿下に対する毒殺未遂。動機は第一王女エレオノーラ派としての妬み――」
「違います」
声はかすれていた。
それでもサシャは顔を上げた。
「私は……何もしておりません」
だが、その言葉は最初から“聞かれるため”のものではなかった。
すでに結論は決まっている。
必要なのは、事実ではなく“形”だけだった。
「証言もある」
「リリアナ殿下の側近複数が見ている」
「針も、お前の持ち物から出た」
一つ一つが、丁寧に積み上げられた“真実の代用品”。
サシャの喉が鳴る。
(……ああ、そういうことですか)
最初から、逃げ道はない。
これは裁きではなく、“処理”だ。
やがて判決が告げられる。
「サシャ=クローネ。王家侍女としての資格剥奪」
「追放処分とする」
静かだった。
誰も涙を見せない。
誰も疑問を持たない。
ただ“終わったこと”として処理される。
廊下を引きずられるように連れて行かれる途中、サシャは一度だけ空を見た。
王城の高い窓。
そこに、エレオノーラの姿はない。
当然だ。
これはまだ、“彼女に届く前の出来事”だから。
それでもサシャは、微かに笑った。
(……お嬢様)
(まだ、間に合います)
その思考だけが、最後まで折れなかった。
そして城門が閉じる音がした。
重く、乾いた音。
まるで何かが“切り離された”合図のように。
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