【外伝】 渇いていく王女②

【外伝】渇いていく王女②


「エレオノーラ、お前の護衛騎士を変更しようと思う」

食卓のテーブル越しに父親の声が響く。

父親=帝王という力関係。誰も逆らえる者はいない。

食べかけのおかずを口元から落とさなかった事だけが
エレオノーラは、ラッキーだったと思うしかない。

嘲るような微笑みのリリアナの口元

顔こそ伏せてはいるが、口元拭くナプキンの端から
笑みが溢れている皇后の顔。

ここは、取り乱す事を望んでいるのか?

私は、真っ直ぐに父親を見て聞いた。

「何故でございましょう?私には一人きりの護衛騎士ですが?」

「ふむ?一人きりであったか?」

第一王女付きの護衛騎士が一人だという事にも忘れていたのか。

リリアナ王女には、交代制で4人は少なくともついているというのに。

「お前の護衛騎士は、優秀だと聞いてな。今、辺境の国境沿いの小競り合いが続いて人手が足りないのだ。そこに派遣してみては?と皇后の提案で決定した」

「お前には、わしの方から2人ほど付けてやる。安心しろ」

決定である事。

父親から、既に見繕った新しい護衛騎士が来る事。

私の意見を述べる場はないという事。

「かしこまりました」私は、ふきんを置き席を立った。

「マナー違反ですよ?」皇后が声を上げる。

「申し訳ありません。お腹の調子が悪いので!」

既に愚帝王の興味は無く、シッシッと手の平が動いている。

私室に戻ると、メイドと彼がいた。

彼の名は、タクティス。母付きの護衛騎士だったクロード男爵の子息だ。幼き頃より側にいて、兄のように守ってくれていた。

「タクティス、ごめんなさい。私は貴方を守れなかった」

「私の方こそ、ずっと守っていけると思っていたのに、その役目辞すること申し訳ありません」

「何故、何故貴方が謝るの?」
背中越しに、彼を感じる。
エレオノーラは、涙が止まらなかった。

「お嬢様…」
メイドの名前は、サシャ。彼女もまた母の代から支えてくれているメイドだ。

「サシャ、おそらく次は貴女を狙ってくるわ。私を孤立させ、尊厳を踏みにじり、他国へ惨めに送り出す算段でしょう」

「そ、そんな、お嬢様は仮にも第一王女ではありませんか!」

「タクティスの移動がいい例よ。朝の挨拶の時では無く、晩餐の時に決定事項として命令した。私の意見など通らないと笑ってリリアナも皇后も笑みを浮かべていたわ」

サシャは唇を噛みしめたまま、しばらく言葉を失っていた。いつもは機敏に動く彼女の指先が、今はドレスの裾を握りしめて震えている。

「……では、どうなさるおつもりですか」

その問いは、忠誠でも提案でもなく、ただ現実を受け止めるための声だった。

エレオノーラは少しだけ息を吐き、窓の外へ視線をやった。王城の中庭では、季節外れの花が無理やり咲かされている。まるでここにいる誰かの運命みたいに、不自然で、管理されていて、逃げ場がない。

「決まっているわ」

彼女は静かに言った。

「私は“孤立させられる側”でいる限り、何も守れない」

タクティスが一歩、前に出る。

「お嬢様、それは……」

「だからね」

エレオノーラは彼の言葉を遮るように振り向いた。その瞳は涙で濡れているのに、不思議なほど乾いた光も宿していた。

「まだ“孤立”が完成していないうちに、手を打つの」

一瞬、室内の空気が止まる。

サシャが息を呑む。

「……完成していない?」

エレオノーラは小さく頷いた。

「そう。タクティスが外されただけで、まだ“次の駒”は来ていない。つまり今は……私が“誰と繋がっているか”を確認している段階よ」

タクティスの表情が固まる。

「見極めているのか……我々を」

「ええ。父も、皇后も」

その言葉を口にした瞬間、彼女の声はわずかに震えたが、すぐに飲み込んだ。

「だから逆に言えば――今ならまだ、“繋ぎ直せる”」

サシャが顔を上げる。

「繋ぎ直す、とは……」

エレオノーラは指を一本立てた。

「第一に、タクティス。あなたは“辺境派遣”という名目で外される。でもこれは逆に言えば、“城の外に出られる”ということ」

タクティスの目がわずかに見開かれる。

「……まさか」

「そう。完全な追放じゃない。むしろ“外で動ける唯一の札”になる可能性がある」

次に、彼女はサシャを見る。

「第二に、あなた。あなたはまだ動かされていない。つまり“保留”」

サシャの喉が鳴る。

「保留……」

「そして私は」

エレオノーラは、自分の胸元に手を当てた。

「“観察対象”」

その言葉は、妙に乾いていた。

「だから、今この瞬間だけは……まだ盤面が固定されていない」

タクティスは低く問う。

「お嬢様は、何をなさるおつもりですか」

エレオノーラは一拍置いてから、ゆっくりと答えた。

「私が孤立する未来を決めた“理由”を、壊す」

そして、少しだけ笑った。

それは泣き顔と同じくらい、危うい笑みだった。

「だっておかしいでしょう?」

「“優秀だから外す”なんて理由で、護衛が消える国なんて」

窓の外で、風が一度だけ強く吹いた。

まるで何かが、今まさに動き出した合図のように。

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