【外伝】 渇いていく王女①

【外伝】渇いていく王女①


王女という立場は、帝国においては、道具の一つでしかないとない事なのだろう

第一王女と生まれながら、その存在を敬われた事がない。

「帝国の太陽にして万民を照らす偉大なる皇帝陛下の御名の下、第一王女エレオノーラ・フォン・アグニス、ここにご挨拶申し上げます。

諸君の忠誠と献身が帝国の礎であることを忘れることなく、我が身もまた帝国の未来のために尽くすことを誓いましょう。

今後とも変わらぬご厚情を賜りますようお願い申し上げます。」

「うむ。実に良い挨拶であった。」

皇帝は満足げに頷く。

「その慎ましさと品位こそ、帝国第一王女に相応しい。諸侯への印象も悪くあるまい。」

娘の顔を見ることなく、周囲の貴族たちへ視線を向けた。

「これならば、来年の同盟交渉にも役立つだろう。」

その言葉に、父としての情はない。

あるのは、優秀な道具を評価する主人の視線だけだった。

「お父様ー!」

静まり返っていた謁見の間に、鈴を転がすような声が響いた。

大扉が勢いよく開かれる。

現れたのは、エレオノーラより一つ年下の第二王女。

桃色の髪を揺らしながら、護衛や侍女を慌てさせるように駆け込んでくる。

本来ならば無礼。

皇帝の御前で許される振る舞いではない。

だが――。

「おお! 来たか、我が愛しのリリアナ!」

先ほどまで威厳を纏っていた皇帝が、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。

周囲の貴族たちも苦笑交じりに道を開ける。

第二王女は迷うことなく皇帝へ飛びついた。

「聞いてくださいませ! 今日、お庭で白い小鳥を見つけましたの!」

「なんと! それは吉兆ではないか!」

「でしょう!? わたくしもそう思いましたの!」

きゃっきゃっと笑い合う父娘。

先ほどまで国家の話をしていた空気は、跡形もなく消え失せていた。

その様子を、エレオノーラは静かに見つめる。

驚きはない。

落胆もない。

幼い頃から幾度となく見てきた光景だった。

父が娘へ向ける慈愛。

その全ては、いつだって妹のためにだけ存在していたのだから。

完璧なカーテーシーで父親である帝王に一礼して、2人のそばを通り過ぎる。

その時に、今気がつきましたという風にエレオノーラが声をかけて来た。

エレオノーラは完璧なカーテーシーを披露すると、静かに踵を返した。

皇帝と第二王女の傍らを通り過ぎる。

その時だった。

「あら?」

今ようやく気が付いたかのように、リリアナが目を丸くした。

「お姉様、いらしていたのですか?」

謁見の間の空気が、一瞬だけ凍り付く。

つい先ほどまで、この場の主役として挨拶をしていた第一王女に向ける言葉ではない。

だがリリアナ本人は、本気で不思議そうな顔をしていた。

「申し訳ありません。お父様とお話しするのが嬉しくて、全然気が付きませんでしたわ。」

悪意はない。

だからこそ残酷だった。

エレオノーラは微笑みを崩さない。

「お気になさらず、リリアナ。」

「本当にごめんなさいね?」

「ええ。」

穏やかな声だった。

リリアナはほっと胸を撫で下ろす。

「よかったですわ。お姉様はお優しいですもの。」

その言葉に、周囲の貴族たちは誰も口を挟めなかった。

優しいのではない。

慣れているだけだ。

幼い頃から何度も。

何度も。

同じことを繰り返されてきたのだから。

「お父様!」

リリアナはすぐに皇帝へ向き直る。

「今度、お庭の白い小鳥を一緒に見に来てくださいますわよね?」

「もちろんだとも!」

皇帝は機嫌よく笑った。

そして去ろうとする長女へ、興味なさげに手を振る。

「良い良い。リリアナに悪気はない。気にするな。」

「承知しております、お父様。」

エレオノーラは深く一礼する。

その声音はどこまでも穏やかで、非の打ち所がない。

だからこそ誰も気付かない。

第一王女が、この瞬間もまた一つ、父親という存在への期待を捨てたことに。



大扉を閉めて、側に立つ護衛騎士と共にエレオノーラの私室へと戻る。

部屋の中には、信頼するエレオノーラ付きのメイドが一人。
扉の前には、護衛騎士がそっと離れて立った。

「お父様ー!」

エレオノーラが徐に声を上げた。

「聞いてくださいませ! 今日、お庭で白い小鳥を見つけましたの!」

「お嬢様?」エレオノーラ付きのメイドは、幼き頃より彼女に付き従う。故に彼女の呼び方は、お嬢様だった。

エレオノーラの体が止まった。

「その辺にしておいた方がよろしいと思いますよ?」
扉前に立つ護衛騎士が言った。

彼には、見えていた。リリアナの真似をした途端、
エレオノーラの背中から全身に伝わる鳥肌の震えが

「寒い!駄目、とても寒すぎる!」

「全くもう!お嬢様には無理ですよ。そんな真似したら身体を壊すのがオチです」

エレオノーラの母親は、彼女を産んだ後に産後の肥立ちが悪く亡くなった。

この国の政治的背景を見れば、母親という後ろ盾を持たない王女の立場は決して強くない。

それでも。

第一王女として今日まで立ってこられたのは、彼女自身の努力だけではなかった。

「全く……」

メイドは呆れたように肩を落とした。

「お嬢様は無理をなさるのですから。」

「研究の一環よ。」

「何の研究ですか。」

「愛される妹の真似。」

「無理です。」

即答だった。

護衛騎士が吹き出す。

「無理ですね。」

「あなたまで!?」

「だってお嬢様、五秒で鳥肌立ってましたし。」

「三秒です。」

「短くなってますよ。」

部屋の空気が少しだけ和らぐ。

宮廷では誰も言わない言葉。

第一王女を叱る言葉。

第一王女を笑う言葉。

そして何より。

第一王女を気遣う言葉だった。

エレオノーラは小さく息を吐く。

「……私はそんなに愛想がないかしら。」

「ございますね。」

「ありますね。」

また即答だった。

今度はエレオノーラも思わず笑った。

皇帝の前では決して見せない、年相応の少女の笑顔だった。

血の繋がりはない。

家族でもない。

だが少なくとも、この部屋の中には。

第一王女エレオノーラではなく、一人の少女として彼女を見てくれる者たちがいた。



舞踏会もない晩餐は、帝王の身内のみに固められる。
長いテーブルに彩りどりの美味しそうな料理の数々、
上座には、父親なる帝王が座る。

そして、第一王女ながら最下座の末席が座席だと言うこの権力図がこの国での私の評価だ。

甘ったるい声でおねだりを繰り返すのが、今朝の挨拶の時のも来たリリアナ王女である。

第二王女であり、現在の皇后の実の娘。

皇后は、帝国の反対隣に座している。2人が愚帝王最愛の2人という事だ。

ここまで末席だと、声すらかけられないので、食事には集中出来るのが幸いだ。

しかし、最悪なのは愚帝王が食卓を辞するまで先に席を立てないというマナーである。

つまり、見たくもないイチャらかちゃらを見せられる苦痛。

それは、他の側室や王子、王女も同様だった。

だが、この日は少々傾向が違った。



「エレオノーラ、お前の護衛騎士を変更しようと思う」

生ぬるい甘ったれた風がエレオノーラにまとわりつき始めた瞬間だった。

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エレオノーラ王女は、皇后陛下の名前です。
ずっと、皇后陛下って言ってきたので間違いやすいですが、
この外伝は、この後エレオノーラ王女の輿入れとコレット皇后の毒殺事件まで続く予定です。よろしくお願いします。

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