【外伝】 墓守の祈り
【外伝】墓守の祈り
冒険者ギルドで依頼書を受け取ったフィオナが、待ち合わせていたルードヴィッヒとリオを伴って、墓場へと向かう。
街の魔石街灯の輝きを通り越して、手元のランプを頼りに進む先は、国民や人間の墓場を抜けたさらに奥――獣人や妖人、魔人達の眠る場所だった。
墓場にはそれぞれに墓守がいるはずだが、入り口の住居には人が住んでいた形跡すらない。
「今回の依頼人は?」
墓地へ続く石畳を歩きながら、ルードヴィッヒが尋ねる。
「近所の人よ。夜な夜な亡霊が出るって神殿に駆け込んだらしいの」
「で、神殿は冒険者に丸投げか」
「忙しいんだってば」
フィオナが苦笑する。
「今回は確認依頼。証拠がなければ終わりよ」
「報酬は?」
「雀の涙」
リオが露骨に嫌そうな顔をした。
「でも、土葬墓地だから」
フィオナが肩をすくめる。
「ゾンビやスケルトンなら魔石は回収できるわ」
「ああ、なるほど」
ルードヴィッヒが納得する。
「獣人や妖人は人として埋葬される。魔石もそのままって訳か」
「墓荒らしみたいだな」
「鎮魂はちゃんとします」
即答だった。
「それで俺は?」
「ネクロマンサー探し」
フィオナが指を立てる。
「操られた死者には魔力の糸が残るはず。追跡はリオが得意でしょ?」
「まあね」
その時だった。
墓地の奥で、黒い影がふらりと立ち上がる。
ギシリ、と骨の軋む音が夜風に混じった。
「──仕事の時間みたいだぞ」
ルードヴィッヒが剣の柄に手を掛ける。
「誰もいないよな?」
墓場入り口の墓守の住居は、家というより廃墟だった。
「墓守さんの家も空っぽね」
「……いや」
リオが足を止める。
「何かいる」
墓石の陰から、スケルトンが現れた。
月明かりに骨の白さが浮かび上がる。
骸骨の眼窩には、不自然な魔力の光。
「確認依頼じゃなかったの!?」
リオが声を上げる。
「確認できたじゃないか」
ルードヴィッヒが双剣に手を掛ける。
「多分そういう意味じゃない!」
フィオナが妙に冷静に突っ込む。
「スケルトンの倒し方って魔石砕くの?」
「首を飛ばせばいい。核を潰す」
言って、ルードヴィッヒが一気に踏み込んだ。
円を描くような斬撃。
骨が崩れ、スケルトンは一瞬で沈む。
彼はその中から魔石を拾い上げ、リオへ投げた。
「ほれ」
「わ、ほんとにあるんだね」
「動力源は別から持ってきてる。単体で動くわけじゃない」
リオが魔石を見つめる。
「やっぱり変だな」
「何がだ?」
「糸の流れ」
「見失ったのか?」
「逆」
リオは墓地の奥ではなく、入り口の廃墟を指差した。
「発生源はあっちだ」
「墓守の家?」
フィオナが眉をひそめる。
その瞬間、再び魔力の流れが走った。
「来る!」
リオが叫ぶ。
今度は腐敗した肉をぶら下げたゾンビだった。
「うぇ……臭い……!」
フィオナが即座に後退する。
「おい!」
ルードヴィッヒが呆れ気味に叫ぶ。
「光鎖使いたくなーい!」
「鎮魂すると言ったのは誰だ」
「する!でも触りたくないの!」
「不便すぎるだろ」
リオが肩をすくめる。
ルードヴィッヒが光弾を放ち、ゾンビを貫く。
一撃で崩れ落ちた。
その瞬間だった。
――ドン。
三人の動きが止まる。
音は墓地ではない。
廃墟となった墓守の家の中からだった。
「今のは……」
フィオナの表情から笑みが消える。
――ドン。
再び。
まるで内側から叩いているような音。
「墓守の家だな」
ルードヴィッヒが剣を構える。
「うん」
リオが頷く。
「糸もそこに繋がってる」
三人は廃墟へ近づく。
崩れかけた扉を開くと、湿った空気が流れ出した。
家具は倒れ、床には割れたランタンの破片。
そして奥の壁。
そこには無数の聖印が重ね描かれていた。
祈りの形をした“封印”。
「これ……」
フィオナが触れようとして、ルードヴィッヒに止められる。
「触るな」
「この聖印、本物です。しかも直接壁に刻まれてる」
フィオナが言う。
「封印だな」
ルードヴィッヒが低く言う。
その時。
――ドン。
また壁が鳴った。
今度は叩く音ではない。
“押している”。
内側から。
「……中、起きてる?」
フィオナが呟く。
リオが壁を見る。
「起きてるどころか」
目を細める。
「見てる」
次の瞬間。
聖印の一部が黒く滲んだ。
バキッ。
壁がひび割れる。
「来るぞ!!」
ルードヴィッヒが叫ぶ。
同時に、墓地側からも異音。
ガリ……ガリガリ……
骨が擦れる音。
「挟まれてるじゃない!」
フィオナが光を構える。
「最悪だな」
ルードヴィッヒが舌打ちする。
リオが床に指を走らせる。
「ここ、封印が完成してない」
「未完成の封印?」
「無理やり蓋してるだけ」
その瞬間。
バァン!!
壁が爆ぜた。
黒い穴が開く。
そこから湿った息。
腐臭。
そして声。
「……ああ……やっと……」
「喋った!?」
フィオナが一歩下がる。
影の腕が這い出る。
骨でも肉でもない、“概念の腐敗”のような腕。
「ネクロマンサーか!」
ルードヴィッヒが踏み込む。
「上!」
リオが叫ぶ。
天井に逆さの顔。
それは――墓守だった。
目がない。
そこに糸だけが刺さっている。
「墓守が……操られてる?」
フィオナの声が震える。
影の腕が伸びる。
ルードヴィッヒが斬り払う。
リオが床の線を踏み抜く。
「今!」
封印のバランスが崩れた瞬間。
黒い穴の奥で、何かが笑った。
「見つけた」
その瞬間。
墓地全体が動き出した。
骨が立ち上がる音が波のように広がる。
「冗談でしょ……!」
フィオナが光鎖を構える。
ルードヴィッヒが低く言う。
「確認依頼じゃないな」
リオが笑う。
「完全に開封事故だ」
そして黒い穴の奥から――
ゆっくりと、誰かが手を伸ばしてきた。
黒い穴の奥から伸びた手は、ゆっくりと空間を撫でるように動いた。
触れた場所から、空気が濁る。
「……見つけた」
その声は、複数の声が重なっていた。
男でも女でもない。
死でも生でもない。
“未処理のまま積み重なった何か”。
墓地全体が軋むように揺れた。
骨が立ち上がる音が、波のように広がっていく。
「来るぞ!」
ルードヴィッヒが双剣を構える。
「数が増える!」
リオが舌打ちした。
「全部が墓守の糸で繋がってる……これ、個別じゃない!」
墓地全体が“ひとつの生き物”みたいに動き始める。
スケルトン、ゾンビ、崩れた墓石までもがゆっくりと起き上がる。
フィオナは光鎖を握ったまま、息を呑んだ。
「……これ、全部……?」
ルードヴィッヒが短く言う。
「封印の漏れだ。全部繋がってる」
リオが低く続ける。
「中心はあの家」
崩れた墓守の家。
そこから、糸が全て伸びている。
黒い穴の奥の“何か”と、墓守の残骸と、墓地全体が一本で繋がっていた。
⸻
骨の波が押し寄せる。
ルードヴィッヒが一歩踏み込み、斬撃で前線を切り裂いた。
「下がるな!」
リオが床を叩く。
見えない線が走り、数体の動きが一瞬だけ鈍る。
だが数が多すぎる。
フィオナは一歩遅れていた。
光鎖を構えたまま、動かない。
「フィオナ!」
ルードヴィッヒが叫ぶ。
だが彼女は返事をしない。
視線は墓地全体ではなく、“墓守の家”に向いていた。
そこだけが、異様に静かだった。
まるでこの場の中心なのに、唯一“止まっている”。
⸻
――ドン。
また音がした。
今度はもう、恐怖でもない。
呼吸みたいな音だった。
「……まだ、いる」
フィオナが小さく呟く。
ルードヴィッヒが振り返る。
「何がだ」
フィオナは一瞬、迷った。
全部を救うべきだという自分。
今、切り捨てなければ全滅する現実。
真琴の合理性が頭をよぎる。
“全部は救えない”。
ルードヴィッヒの声が重なる。
「迷うな。ここは現場だ」
リオも短く言う。
「全部止めないと、こっちが終わる」
骨の波が迫る。
影の腕が伸びる。
時間はもうほとんど残っていない。
⸻
フィオナは、ゆっくりと息を吐いた。
そして――
光鎖を“分けた”。
一本ではなく、細く、薄く、無数に。
「……全部は無理です」
その声は震えていない。
「でも」
光が地面に落ちる。
「届くところだけは、止めます」
光鎖が一斉に走った。
墓地全体ではない。
全域でもない。
“糸の節点”。
繋がりの弱い場所だけを選んで、切り離していく。
ルードヴィッヒが目を細める。
「……切り捨てじゃない」
リオが小さく笑う。
「選別だね」
⸻
骨の波の一部が崩れる。
ゾンビの動きが止まる。
スケルトンの糸が切れ、崩れ落ちる。
だが同時に、墓守の家が大きく揺れた。
「まずい……中心が反応してる!」
リオが叫ぶ。
黒い穴の奥の声が、強くなる。
「……なぜ、止める……?」
フィオナは一瞬だけ目を閉じた。
そして開く。
「全部は救えません」
静かに言う。
「でも、全部を放置もしません」
光鎖が一点に集中する。
墓守の家へ。
「今ここにあるものだけ、止めます」
⸻
バチン。
空間が裂けた。
糸が一斉に焼き切れる。
墓地の動きが止まる。
骨が崩れ落ちる。
空気が一気に静かになる。
⸻
黒い穴の奥で、“何か”が沈黙した。
そして、小さく笑った。
「……そうか」
その声は、少しだけ違っていた。
怒りでもなく、憎しみでもなく。
ただ理解のようなもの。
「それでも、祈るのか」
⸻
墓守の家が崩れ始める。
封印が役目を終えたように。
ルードヴィッヒが剣を下ろす。
リオが息を吐く。
「終わった……?」
誰もすぐには答えなかった。
⸻
フィオナは、光鎖を消した。
その手は少しだけ震えていた。
けれど、目はまっすぐだった。
「……祈りは」
小さく言う。
「全部を救うものじゃなくていいんですね」
風が抜ける。
廃墟の墓守の家が、静かに崩れ落ちる。
⸻
その瞬間だった。
ルードヴィッヒが初めて、ほんのわずかに目を細めた。
「……遅いくらいだな」
リオは肩をすくめる。
「でも、悪くない進化」
フィオナは少しだけ笑った。
そしてもう一度、墓地を見る。
今度は、全部を見ようとはしていなかった。
それでも、目を逸らしもしなかった。
⸻
黒い穴は完全に消えた。
墓守の祈りは、終わった。
だがその場所には、“選ばれた祈り”だけが残っていた。
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