【第2章】幕間 それぞれの憧れと旅支度

幕間 それぞれの憧れと旅支度


出立を明日に控えた王都の一室は、妙な熱気に包まれていた。

突然だが、
真琴の憧れは、レトロなメイド服だった。

白いカチューシャ。黒のロングワンピース。清潔なエプロンドレスに、手首の白いカフス。

そして——

「メイド服後ろ回し蹴り!」

ふわり、と裾が広がる。

「綺麗に裾を広げるの難しい〜」

「……真琴、何してるの?」

扉を開けたクラリスは、一瞬言葉を失った。

その背後には、なぜか数人の見物客までいる。

「さっきメイド長から一式借りていったって聞いたけど……そういう使い方じゃないわよね?」

「え?違うの?」

「違うわよ」

間髪入れずに返される。



クラリスの憧れは、実用性と機能美だった。

ゴーグルをカチューシャ代わりに上げ、男物のシャツに革のキャミ。腰にはナイフ、動きやすいズボンにロングブーツ。

そして。

「ククク……遠距離もお任せあれ」

後ろ手に構えたそれを、ワンタッチで前へ。

魔石組み立て式ボーガンが、軽やかな音を立てて展開される。

「きゃあ💕ベテラン冒険者風って言ったらこれよね〜」

「いや、それ“風”で済ませていい代物じゃないだろう……」

呆れた声はヴィクトルだ。



「三日で旅の準備、か……少し強行だったかな」

そう言いながらも、ヴィクトルの手は止まらない。

鞄に詰め込まれていくのは衣類ではなく、魔法書の山。

「今回は移動時間もある。詠唱構築の再設計……試すには丁度いい」

「旅よね?研究遠征じゃなくて」

「違いが分からないな」

「分かりなさいよ」

即答だった。

兄妹のやり取りに、周囲から小さな笑いが漏れる。



少し離れた窓際で、レオンハルトは静かに空を見上げていた。

孤児院で育った彼にとって、冒険者は憧れそのものだった。

帰らなかった両親の背中も。

ヒーローという言葉も。

遠い空に、重なっている。

「……空を飛んでみたいな」

手を伸ばす。

届くはずもない青へ。

その時、手首の痣が——

かすかに、光った気がした。



「……旅支度、どうしましょう」

フィオナは小さくため息をついた。

依頼だった頃とは違う。今は、自分で全てを整えなければならない。

そんな時だった。

「フィオナ、いる?」

「え……リオ?」

顔を出したのは、真琴の弟——リオだった。

「ちょっと付き合ってよ。君の旅支度も手伝うからさ」

「でも……」

「大丈夫」

軽くウィンクして、手を引く。

その強引さに、思わず苦笑がこぼれた。



連れて来られたのは、王都外れのドワーフの道具屋だった。

「道具はね、ちゃんとしたの使わないとダメだよ」

店内に並ぶのは、一級品ばかり。

リオは迷いなく品を選び、次々とカウンターに置いていく。

「ちょ、ちょっと……」

「これと、これも。あ、それ二つね。値段は聞かない」

「お前……!」

店主が慌てるのも構わず、話は進んでいく。

気づけば、山のような装備が揃っていた。



「次は服だね」

「有無を言わせませんのね……」

「断る気だったの?」

笑顔で返され、フィオナは肩をすくめるしかなかった。

衣装店は、まるで夢のような場所だった。

次々と着せ替えられ、最後にはドレスまで。

「……お姫様みたい」

ぽつりと呟く。

するとリオは、少しだけ真面目な顔で言った。

「フィオナは、もっと甘えていいんだよ」

その一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

「真琴も余裕ないし、ヴィクトルたちも色々あるでしょ?だからさ——怒らないであげてね」

「あら……一番年下なのに、保護者みたいね」

「それ、年寄りくさいって意味?」

「どうかしら?」

小さく笑い合う。

けれど。

——大切にされたかった。

ずっと、そう思っていた。

視線を落とし、そっと息を吐く。

涙は、こぼさないように。

ここで泣いたら、きっと戻れなくなる気がして



部屋に戻ると、相変わらずの騒ぎだった。

「だから違うってば!」

「違わないわ!」

「そこ、もう少し左——」

「誰の指示だそれは」

騒がしい声の中で、フィオナはふっと笑う。

悪くない、と思った。

この旅も。

この仲間たちも。



「真琴」

クラリスが、改めてぴしりと言い放つ。

「メイド服は持っていかないわよ?」

「えぇっ!?」

即座に響く悲鳴。

その場にいた全員が、同時に肩を震わせた。



出立前夜。

それぞれの憧れを胸に、

彼らは、まだ知らない。

この先に待つものを。

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