【第2章】 第43話
【第2章】第43話 鏡の奥は、触れられない
夜。
王城。
「……おかしいわね」
セラフィナが、ぽつりと呟いた。
「何が?」
ルナミナが、不安そうに覗き込む。
「“整いすぎている”」
短い言葉。
だが——その声には、明確な違和感が滲んでいた。
「お姉様の仕業じゃないの?」
「違うわ」
即答だった。
「私は、こんなやり方はしない」
一拍。
「これは——“詰めすぎ”」
「詰めすぎ?」
ルナミナが、首を傾げる。
「余白がないのよ」
セラフィナは、ゆっくりと城内を見渡した。
「選択の余地も」
「揺らぎも」
「逃げ道も」
小さく息を吐く。
「……壊れるわね」
それは、予測ではなく——確信だった。
「壊れる?それは悪いこと?」
「ルナミナ、私がして来たことは、整えることよ」
「うーん、難しすぎてわからない!」
「クスクス、その単純な所がルナミナの良い所ね」
「……馬鹿にしたでしょ」
ルナミナが、舌を出す。
——だが、すぐに笑いは消えた。
「壊れるのを待つのも良いけど——それは私らしくないわね」
「向こうも、黙っていないでしょうし」
一拍。
「整地の余地を探しましょうか」
セラフィナの指先が、静かに宙をなぞる。
見えない“何か”を確かめるように。
「……あるわね」
「え?もう?」
ルナミナが、目を丸くする。
「完全じゃない」
セラフィナは、歩き出す。
「どれだけ整えても——必ず“残る”」
「何が?」
「歪みよ」
足を止める。
視線の先——何もない壁。
「ここ」
指先が、わずかに触れる。
空気が、微かに揺れた。
「……っ」
ルナミナが、息を呑む。
「触れないで」
セラフィナが、短く制した。
「まだ“見ている”だけ」
一瞬。
遠くで、何かが“動いた”。
セラフィナの目が、細くなる。
「……やっぱりね」
「何?」
「見られてるわ」
静かな断定。
「でも——来ない」
一拍。
「まだ、ね」
セラフィナは、ふっと笑った。
「余裕かしら」
それとも——
「試されてるのかしらね」
セラフィナは、視線を外さないまま言った。
「行きましょうか」
「え、どこに?」
「決まっているでしょう」
一拍。
「中心よ」
ルナミナが、小さく息を呑む。
二人は、同時に歩き出した。
廊下は、静かだった。
静かすぎるほどに。
足音が、響かない。
——それでも、誰も気づかない。
セラフィナは、ただ前を見ている。
その先にあるものを——知っているかのように。
皇后の寝室の扉に、手をかける。
——開いている。
「ノックくらいして欲しいわね」
中から声がした。
「私と貴方の仲でしょう?」
セラフィナの指先が、わずかに動く。
暗闇に、光が散った。
皇后は、鏡を見ていた。
上半身だけを映す、豪奢な額縁。
その中の自分を——ただ見つめている。
「穏やかになればと侵入を許したけれど」
一拍。
「他の侵入まで許すほど、余裕はなかったようね」
「そうね」
セラフィナが応じる。
「思っていたよりも——余裕がなかったのは、貴方の方だった」
細い光が、闇に溶ける。
音もなく。
ただ、そこに“ある”だけで——
ぱちり。
鏡の中で、何かが瞬いた。
セラフィナの指先が、わずかに止まる。
「……?」
次の瞬間。
——消えた。
糸が。
光が。
“手応え”ごと。
「……なに?」
ルナミナが、小さく呟く。
セラフィナは、動かない。
その目だけが——わずかに細められる。
「……違うわね」
一拍。
「届いていない」
皇后は、振り返らない。
鏡の中の自分を、ただ見ている。
「そこじゃないわ」
静かな声。
「貴方が触れているのは——」
一拍。
「“外側”よ」
空気が、わずかに歪む。
セラフィナの周囲で、何かが“ずれる”。
位置が。
感覚が。
認識が。
「……っ」
ルナミナが、息を呑む。
セラフィナの姿が——わずかにぶれる。
「お姉様……?」
返事はない。
セラフィナは、ただ前を見ている。
だが——
その視線が、合っていない。
「……外されたわね」
小さく。
自嘲するように。
「観測から」
その瞬間——世界が、切り替わる。
音が、戻る。
光が、戻る。
何事もなかったかのように。
セラフィナは、一歩、後ろに下がっていた。
皇后は——まだ、鏡を見ている。
まるで最初から。
そこに、何もなかったかのように。
「……なるほど」
セラフィナが、静かに呟く。
「これは——」
一拍。
「厄介ね」
ルナミナが、ぎゅっと袖を掴む。
「ねえ……今の……」
セラフィナは答えない。
ただ——もう一度だけ、鏡を見る。
その奥を。
「……行くわよ」
今度は、振り返る。
——それ以上、踏み込まないために。
⸻
王都。
神殿の最上階。
静かな執務室。
書類をめくる手が、止まった。
窓の外へ、視線が向く。
——宮殿。
「……気づいたか」
小さく、呟く。
それ以上は、何も言わない。
ただ——わずかに、口元が歪む。
再び、書類へと視線を落とす。
何事もなかったかのように。
だが——
一行だけ。
そこに書かれていた文字が、わずかに滲んでいた。
ーーーーーーーーーー
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、スキやフォローで応援してもらえると嬉しいです!
←前の話
→次の話
→【第2章】まとめページ
→最初から読む
