【第2章】 第44話

【第2章】第44話 観測不能領域


夜は、まだ続いている。

「……触れるべきじゃないわね」

セラフィナが、静かに呟いた。

「お姉様……?」

ルナミナが、不安そうに顔を上げる。

「間違えたのは、そこじゃない」

一拍。

「見方よ」

セラフィナは、わずかに目を細めた。

「これは——単体じゃない」

「……どういうこと?」

「繋がっている」

短い断定。

「しかも——」

一拍。

「途中で止められている」

ルナミナが、息を呑む。

セラフィナは、ふっと笑った。

「……やり方が、同じね」

小さく、ほとんど独り言のように。

「お父様だわ」

その声に——温度はなかった。

「ここまでは、計算通り」

一拍。

「問題は——その先よ」

セラフィナは、動かない。

ただ——観ている。

「……そこね」

指先が、わずかに動く。

触れない。

触れないはずだった。

その瞬間——

“引かれた”

「……っ」

視界が、歪む。

床が消える。

空間が、裏返る。

「お姉様!?」

ルナミナの声が、遠くなる。

セラフィナの目が、細くなる。

「……そう来るのね」

落ちているのではない。

“接続されている”

次の瞬間——

そこは、同じ部屋だった。

だが、何かが違う。

音がない。

空気が止まっている。

皇后は——まだ、鏡を見ている。

だが——

“こちらを見ている”

感情のない顔で。

「……なるほど」

セラフィナは、小さく息を吐いた。

「これは——」

一拍。

「引きずり込まれる側の構造ね」

空間が、歪む。

セラフィナの足元が、ぶれる。

位置が。
感覚が。
認識が——ずれる。

「……っ」

「お姉様!!」

ルナミナの声が、裂ける。

セラフィナは、動かない。

だが、その姿が——

わずかに、崩れていく。

「……面白いわね」

小さく、笑う。

「観ることすら、許さないのね」

その瞬間——

世界が、さらに深く沈んだ。

「お姉様!」

ルナミナの手が伸びる。

空間が——わずかに、染まる。

「……来るな」

低い声。

「あなたは逃げなさい」

一拍。

「お父様の目的は、私よ」

「……どうして?」

セラフィナは答えない。

ただ——“何か”を見ていた。

その瞬間。

セラフィナの姿が、闇に沈む。

「嫌!お姉様!」

ルナミナの手が、空を掴む。

「——助けて」

その声は、突然だった。

音ではない。

“違和感”として、届く。



真琴は——目を開けた。

暗い天井。

見慣れた、自分の部屋。

「……は?」

小さく、息が漏れる。

今、何か——

「にゃー」

足元で、小さな声がした。

視線を落とす。

シャドームーン。

その瞳が、じっとこちらを見ている。

「……あんた」

ゆっくりと身体を起こす。

「今の、分かってるんでしょ」

「にゃ」

短く、鳴く。

「……やっぱり」

小さく、息を吐く。

「リオより優秀じゃん」

「誰がだよ」

間を置かず、声が返ってきた。

「……起きてたの?」

真琴が、呆れたように言う。

空間が、わずかに揺れる。

次の瞬間——

リオが、姿を現した。

「とっくに気づいてるし」

少し不機嫌そうに、眉を寄せる。

「……じゃあ何で何も言わないのよ」

「確認してただけだ」

短く、返す。

「ノイズか、接続か」

一拍。

「——後者だな」

真琴の表情が、わずかに引き締まる。

「……だよね」

さっきの“違和感”。

あれは——

「“繋がった”」

ぽつりと、呟く。

「場所は?」

リオが問う。

真琴は、目を閉じる。

感覚を辿る。

「……王城」

一拍。

「奥。かなり深い」

リオが、小さく舌打ちする。

「面倒だな」

「うん」

あっさりと頷く。

「助ける義理はないんだけど」

ぽつりと、零す。

一拍。

「完全に巻き込まれてるやつだよね、これ」

シャドームーンが、尻尾を揺らす。

「にゃー」

「はいはい、行くよ」

真琴は、立ち上がった。
すでに話しながらの着替えも済んでいる。

「クラリス起こす」

真琴は、扉へ向かいながら呟いた。

「ヴィクトルは——今、魔法庁でしょ」

リオが、軽く頷く。

「第一王子とだ。皇后絡みで動いてる」

「だよね」

真琴は、肩をすくめた。

「そっちはそっちで“正面ルート”ってわけか」

一拍。

「フィオナとレオンハルトは?」

「自宅待機だ」

リオが、短く答える。

「この時間に動かす理由がない」

「まあ——そうだよね」

真琴は、苦笑する。

「じゃあこっちは裏口担当」

「勝手に決めるな」

「いいじゃん」

軽く返して——

「人手足りないんだから」

真琴は、ふと立ち止まる。

「……一応」

耳元に、手を当てる。

「ヴィクトル、聞こえる?」

一瞬の間。

『……どうした』

低い声が、すぐに返ってきた。

「今から王城入る」

あっさりと告げる。

『は?』

「皇后の寝室」

一拍。

「“当たり”引いた」

向こう側で、椅子が鳴る音。

『おまっ、待て』

鋭い声。

『こっちもすぐ行くから』

その気配の奥——

別の存在が動く。

ヴィクトルは、視線を横へ流した。

第一王子と、目が合う。

言葉はない。

だが——十分だった。

「動きます」

短く告げて、立ち上がる。

王子もまた、静かに頷いた。

通信が、切れる。

「……だってさ」

真琴が、肩をすくめる。

「来るって」

リオが、ため息をついた。

「止める気はないんだな」

「無理でしょ」

即答だった。

「だって、もう入るし」

「おい」

真琴は、振り返らない。

「これ、“読む人”いないと詰む」



——数分後。

「説明してください」

クラリスは、すでに真顔だった。

真琴が短く説明する。

場所。
状態。
触れたら危険。

クラリスは、黙って聞いていた。

一拍。

「……入れます」

「ほんと?」

「“記録されている構造”なら読めます」

クラリスの目が、静かに細くなる。

「問題は——」

一拍。

「“今も変化している”場合です」

「だよね」

真琴は、ため息をついた。

「でも行く」

即答だった。

クラリスは、一瞬だけ目を伏せる。

「……承知しました」

その声は、覚悟の音だった。



王城。

夜の門は——閉じている。

「正面は無理だね」

「当然です」

クラリスが頷く。

「にゃー」

シャドームーンが、ひょいと塀に飛び乗る。

「……行けるってさ」

リオが肩をすくめる。

「便利すぎでしょ」

真琴は苦笑しながら——登る。

中庭は、静まり返っていた。

音がない。

風すら、止まっている。

「……変ね」

クラリスが、小さく呟く。

「うん」

真琴も頷く。

「“整いすぎてる”」リオの独白

その言葉に、さっきのセラフィナの声が重なる。

——正しい状態。

「こっちです」

クラリスが、迷わず進む。

「分かるの?」

「はい」

一拍。

「……“違和感がある方”が正しい道です」

真琴が、わずかに笑う。

「それ、めっちゃ分かる」

三人と一匹は、足音を殺して進む。

誰にも気づかれず。

ただ一つの“中心”へ。

やがて——

皇后の寝室の前で、足が止まった。

「……ここ」

クラリスが、小さく呟く。

空気が、重い。

押し返されるような圧。

「開けるよ」

返事はない。

真琴は、静かに扉を押した。

部屋は——同じだった。

見慣れた配置。

変わらない光。

だが。

「……これ」

真琴の声が、止まる。

床。
空間。
光。

すべてが、わずかに“ズレている”。

「見えてますか?」

クラリスが問う。

「うん」

真琴は、目を細める。

「……二重になってる」

現実の層。

その奥に——

“接続された構造”

そして、その中心に。

セラフィナがいた。

崩れかけたまま。

「お姉様……!」

クラリスが息を呑む。

「待って」

真琴が、手を止める。

「今触ったら——終わる」

視界に、ログが浮かぶ。

《接続:維持中》
《対象:二名》
《干渉:高》

「……は?」

《強制分離:致死率 78%》

「……はは」

乾いた笑いが漏れる。

「いやいやいや」

「これ、引き剥がしたら死ぬやつじゃん」

クラリスの顔色が変わる。

「では——」

「無理」

即答だった。

「普通には、ね」

真琴は、一歩踏み出す。

視線は、固定されたまま。

「……でも」

一拍。

「完璧って言うならさ」

その口元が、わずかに歪む。

「バグくらいあるでしょ」

《エラー検出:進行中》

沈黙。

「……あった」

小さく、呟く。

「そこか」

「リオ」

「何だ?」

「繋ぎ、見えてる?」

「……うっすらな」

「十分」

真琴は、ゆっくりと息を吐いた。

「——入るよ」

その瞬間。

視界が——反転した。
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