【第3章】 第73話

【第3章】第73話 海は大体そうだ


ルクレッツィアの見張りをルナミナに代わり、
セラフィナが真琴達の船へやって来た。

場所は、
まだ沖合だ。

狭間経由とはいえ、
どういう空間認識をしているのか。

真琴は、
思わずリオへ詰め寄った。

「ねえ、狭間って空間座標どうなってるの?
なんで普通に沖へ来られるの?」

「今は、そういう話の場合じゃないだろう?」

正論で怒られてしまった。

もっとも、
その原因は真琴だけではない。

真琴とリオのやり取りを見て、
セラフィナが深いため息を吐いたからだ。



「……つまり、私の魔法で対象の怪物を閉じ込めたい。って事ね」

「ええ。出来るかな?」

「まだ制御に不安もあるし、
大きさによっては魔法発動をルクレッツィアお姉様やお父様に感知される可能性もあるわね」

「そこは僕が動こう。
ルナミナにも協力してもらうけどね」

「ルクレッツィアかぁ……」

真琴は腕を組む。

「その作戦の前に、
向こうの動きも把握したいわね」

どこから来るかわからないより、
どこから“来る”かわかっている方が、
構えも違う。

そして、
真琴は一つ確認するように口を開いた。

「一つ、はっきり確認しておきたいんだけど……
セラフィナは、
ルクレッツィアやお父様をどう思ってるの?」

「どうとは?」

長いまつ毛の奥。
伏せ気味の眼差しは、
相変わらず感情が読み取りにくい。

「姉妹としての情とか、
お父様への愛情とか」

「ルナミナを見てると、
人間的な感情を期待したくなるのかもしれないけど——」

セラフィナは、
静かに言った。

「私もルナミナも、
お父様やルクレッツィアお姉様に、
そんな恋慕を期待しないで欲しいわ」

リオへ視線を向ける。

彼は小さく肩を竦めた。

嘘はないらしい。

「そう。
その言葉、信じるわね」

真琴が言うと、
セラフィナは少しだけ目を細めた。

「信じられても困るのだけど……」

そして、
僅かに視線を落とす。

「目の前で無惨に殺される場面に出くわせば、
私もルナミナも無感情かと言われれば嘘になるわ。
それは、
魔人も人間も同じでしょう?」



今度は、
フィオナが目を見張った。

「セラフィナって、意外と素直なのね?」

そう言って両手を掴み、
ぶんぶんと上下に振る。

「ちょ、ちょっとフィオナ?」

セラフィナは、
珍しく困ったように眉を寄せた。

その反応に、
真琴達も僅かに目を丸くする。

どうやら、
こういう距離感には慣れていないらしい。



「まあ、
ルクレッツィアを警戒する気持ちはわかるが、
クラーケンの娘をこのままにもしておけないしな」

ヴィクトルが視線を向ける。

当のクラーケンの娘は、
未だにさめざめと泣いていた。

声を出せば、
演歌になりそうになるらしい。

「助けて……」

掠れた声を見る限り、
あまり長いことこのままにはしておけないのだろう。

「船を深海モードにして潜りますか」

まずは距離を取り、
場所の確認を行う事になった。



船体が、
低く唸った。

甲板各所へ刻まれた魔法陣が淡く発光し、
外殻へ薄い膜のような魔力が展開されていく。

海面が、
ゆっくりと遠ざかった。

いや——

船そのものが、
沈んでいるのだ。

「毎回思うけど、
これ船の動きじゃないわよね……」

真琴が顔を引き攣らせる。

通常の船のような揺れはない。

むしろ、
水そのものへ“滑り込む”ような感覚だった。

やがて、
窓の外から光が消えていく。

海面付近の青は薄れ、
群青へ。

さらに深く。

黒に近い蒼が、
船を包み始めた。



「……静かね」

フィオナがぽつりと呟く。

海中なのに、
妙に音がない。

船体を軋ませるような圧迫感だけが、
じわじわと全身へ張り付いてくる。

遠くを、
巨大な影が横切った。

魚ではない。

もっと、
長い何か。

「見るなよ?」

ヴィクトルが低く言う。

「見たらダメなタイプ?」

「海は大体そうだ」

「雑!」

真琴が即座に突っ込むが、
その声は少し硬い。

見えない圧がある。

海そのものが、
こちらを見ているような感覚。



船の前方。

そこを、
クラーケンの娘が泳いでいた。

白い髪が、
深海の水流にゆらゆらと広がっている。

上半身は、
月光のように白い少女。

だが、
腰から下は巨大な軟体生物。

無数の触腕が海流を掻くたび、
不気味な推進力を生み出していた。

時折、
こちらを振り返る。

その顔には、
怯えと焦燥が入り混じっていた。

『……もっと、下』

掠れた声が、
通信魔法越しに響く。

歌にならないよう、
必死に抑えているのがわかった。

『急がないと……
石が、広がる』

「石?」

真琴が眉を寄せる。

すると、
娘の表情が僅かに歪んだ。

『バジリスクの……鎖』



さらに深く潜る。

もう、
太陽の光は届かない。

船の照明だけが、
闇を切り裂いていた。

その時だった。

船底近くを、
巨大な“何か”が横切る。

ゴゴゴ……と、
海そのものが震えた。

「……今の何だ?」

レオンハルトの声が引き攣る。

クラーケンの娘は、
振り返らないまま答えた。

『近づかないで』

短い言葉。

だが、
その声音には、
はっきりとした恐怖が滲んでいた。

『ここから先は……
“縄張り”だから』



地上の闇よりも、
深海の闇は濃い。

「バジリスクとは、
見た者を石化する邪眼を持つ蛇の王……
文献にはそう記されていた」

リオがもっともらしく語る。

実際は、
オルフェウスの記憶なのだろう。

「なんで創造主は、
そんな邪悪な生物を作ったんでしょうね……」

真琴が独り言のように呟いた。

「きっと病んでたんだろうさ。
僕でも答えは出せないや」

「報連相を言う相手がいないと、
極端に走るって事よ」

真琴が、
リオの頭をぽんぽん叩く。

「全くだ。
止める奴がいないと、
極端な魔改造が横行するからな」

今度はヴィクトルが、
真琴の頭をぽんぽん叩いた。

ついでに、
何故かレオンハルトまで真琴の頭を叩いている。

「えー!? なんで私だけ!?」

「怪獣のマーチは、
真琴の作詞作曲だと聞いたからな」

レオンハルトが、
うんうんと頷いた。

「大ボリュームマイク用意してやる!」

「そういう所だ!」



しかし、
この深海。
この距離。

ヒュドラの姿すら確認できない。

「どうする?」

その問いは、
リオと真琴へ向けられていた。

「音や光を使わずに、
対象物を確認する方法かぁ……」

真琴もリオも思案する。

だが、
そう簡単に答えは出ない。

「潜水艦のソナーって、
どんな仕組みだっけ?」

真琴は、
端の方へ移動しながら小声で尋ねた。

ヴィクトル達には意味不明な単語だ。

「まずアクティブソナー。
音波を飛ばして、
反射で距離を測る方法だな。
通常のこの船の航行も、
基本はそれだ」

「もう一つがパッシブソナー。
相手の発する音から、
位置や距離を測る方法」

「流石にその辺の仕組みを
魔法ログで再現しろとか言わないでよ?」

「ハハハ。
先を越されたな」

「この船を深海モードにしてる時点で十分チートなんだからね!」

「じゃあ、どうする?」

真琴は、
ゆっくり目を細めた。

「……ルナミナの必殺を使いますかねぇ」

闇には、
闇を。

彼女の魔法で、
どこまで深淵を覗けるのか。

真琴の頭は、
今まさにフル回転していた。


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