【第3章】 第72話

【第3章】第72話 石の鎖


クラーケンの娘は、
露骨に難色を示していた。

「何故?」

リオが問う。

娘は、
しばらく黙り込んだあと。

ぽつり、と口を開く。

「ヒュドラは……
深いところに、繋がれてる」

「繋がれてる?」

「石の鎖。
バジリスクの鎖」

その瞬間。

娘の表情が、
僅かに強張った。

「私も。
テュ・ポーンも。
あれには逆らえない」



「ヒュドラは、
深海に封じられているって事?」

真琴が確認する。

クラーケンの娘は、
ゆっくり頷いた。

「止められてる。
逃げられない」

「バジリスクの力は石化よね?」

ヴィクトルが眉を寄せる。

「鎖そのものも、
石で出来てるのか?」

再び、
娘が頷く。

「海域に近づいただけで、
石にされる」



真琴は、
静かに目を細めた。

石化の原因は、
バジリスク自身が現れたからではない。

人間側が、
“領域へ近づいた”からだ。

つまり——

“見る”前に終わる。



「待って」

真琴が、
ふいに口を開いた。

「これ……
お父様側の干渉じゃない」

空気が変わる。

レオンハルトが眉を寄せた。

「どういう意味だ?」

「魔力の質が違うのよ」

真琴は、
静かに海を見つめる。

「お父様側って、
もっと“侵食”なの」

増殖。

変異。

最適化。

世界を書き換えるような、
嫌な圧力。

だが——

今、
海の底から感じるものは違った。

もっと古い。

もっと単純で。

そして、
圧倒的だった。



「縄張りだ」

リオが、
ぽつりと呟く。

「これは侵略じゃない」

銀色の瞳が、
静かに海面を見下ろす。

「最初から、
そこに居る側の干渉だ」



クラーケンの娘が、
怯えたように肩を震わせた。

「石の王。
海の底を見るもの」

その声には、
明確な恐怖が滲んでいる。

「バジリスクは……
ずっと前から居る」



「常に居るわけじゃないの?」

真琴が聞く。

クラーケンの娘は、
ゆっくり首を振った。

「海は広い」

その言葉には、
妙な重みがあった。

「バジリスクも……
ずっと見てるわけじゃない」

「つまり、
監視の薄い時を狙うって事か」

ヴィクトルが低く呟く。

娘は、
小さく頷いた。

「でも……
見つかったら終わり」



「なるほどねぇ」

真琴が、
感心したように海を見る。

「怪獣大決戦の隙に、
ヒュドラ拉致計画って訳だ」

「お前、
言い方どうにかならねぇのか」

レオンハルトが呆れた顔をする。

「いやでも実際そうでしょ?」

真琴は、
悪びれもなく肩を竦めた。



その時だった。

「あ」

真琴が、
何かを思い出したように顔を上げる。

「それ、
セラフィナなら行けるかも」

「何がだ?」

レオンハルトが聞き返す。

「ヒュドラの拘束」

真琴は、
指先で小さく魔法陣を回した。

「多分あの子の氷、
“凍らせる”じゃないのよ」



「固定するんだ」

リオが、
静かに続ける。

「状態そのものを」

ヴィクトルが目を細めた。

「……再生を止めるのか?」

「止めるというより、
変化出来なくする感じかなぁ」

真琴が頷く。

「ヒュドラって、
常に増殖と再生を繰り返してる怪物でしょ?」

「なら逆に、
“整えちゃえば”いい」



海風が、
静かに吹き抜ける。

その言葉に。

クラーケンの娘だけが、
小さく息を呑んでいた。



一方、クラリスとその両親は
潮騒の魔女ことテレシアと話をしていた。

「…そうかい、その結晶化の身体はそう理由だったんだね」

「やっと、会えたんです。
何としても元の身体に戻してあげたいんです」

「気持ちはわかるけども…今ここにいる石化の患者もね
神殿の治療院から匙を投げられた患者なんだ」

「でも…」

「指くらいの大きさならば、私でも治せるんだがね」

テレシアが自身の魔力不足とその石化を治す治療法について話をした。

「一度石になった部分の組織を正常なる組織へと書き換えるんだ。だが、その過程がとても痛みを伴う」

「書き換える…真琴なら出来るかも知れません」
クラリスは、真琴のチカラならと考えた。
許可を得ていないので、ここで勝手に説明を出来ないが
可能性を示唆したのだった。



テレシアは、昔に自身が仮説を表した治療法を
記した本を引っ張っり出してきた。
難しい患者の治療法だ。
自身の魔力が低すぎる事と媒体の想像がつかず封印した話。
今、目の前の娘にそれを読んでもらっている。
馬鹿馬鹿しい仮説だと一笑に吹かせてもおかしくない。

「これは…もしかして…ああ、だからなのね」
クラリスは、その本を持って母の所へ移動した。
母にその本を読ませる。
読んで、そして頷いた。
間違いないと目が言っている。

「後は、真琴が戻ってくるのを待つだけね」

潮騒の魔女の家から沖を見た。
海の先に行っている仲間達を待ち望んで。


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