【外伝】 グレアム愛歌になるはずだった話③

【外伝】グレアム愛歌になるはずだった話③


今、王都の外郭。

巨大な城壁の門を背に、一行は出発前の最終確認を行っていた。

冒険者パーティー『緑水の調べ』。

王都でも名の知れたS級パーティーである。

「これから先は私たちの指示に従う事」

先頭に立つ女性が腕を組んだ。

長い緑髪を後ろで一つに束ねた剣士。

パーティーリーダーのエマだ。

「身分がどうとか言うのなら、そこの護衛騎士さんをもっと増やして行ってください。私たちは遠慮させてもらうから」

あまりにも遠慮のない言葉だった。

普通なら王族相手に口にしない。

だが、冒険者とはそういう生き物だ。

危険地帯では身分より生存が優先される。

少なくともエマはそう考えている。

「ははは……」

第一王子アレクセイは苦笑した。

横では従者ジェイクが頭を抱えている。

「エマ殿。もう少し言い方というものが……」

「事実でしょ?」

即答だった。

ジェイクが黙る。

確かに事実だった。

今回向かうのは王都近郊とはいえ未調査区域を含む迷宮。

危険がないとは言えない。

エマの横では大盾を背負った巨漢の戦士アーノルドが鼻を鳴らした。

「ま、死なせるつもりはねぇがな」

「その為に雇われているんですからね」

ローブ姿の魔術師エンヤが呆れたように言う。

その隣ではエルフの弓使いヒースが周囲を警戒するように視線を巡らせていた。

四人とも実力者だ。

王都の冒険者なら知らぬ者はいない。

一方で依頼人側は学生ばかりだった。

第一王子アレクセイ。

従者ジェイク。

魔法学院でも名の知れた秀才、グレアムとマシュー。

そして護衛騎士のコレットとスペンス。

年齢こそ近いが、経験には大きな差がある。

エマは一人ずつ顔を見回した。

そして最後にグレアムの前で視線を止める。

「そこの眼鏡」

「……私ですか?」

「迷宮に入ったら本は禁止」

グレアムは持っていた分厚い研究書を見下ろした。

「移動中の時間が惜しいので」

「死んだらもっと惜しいわよ」

即座に返される。

一瞬の沈黙。

その後、アーノルドが吹き出した。

「はははっ! 気に入ったぞ坊主!」

「いや、気に入られても困るのですが……」

グレアムは真面目な顔で答えた。

その反応に今度はヒースまで肩を震わせる。

出発前だというのに、どこか緊張感のない空気が広がった。

だが誰も知らない。

この探索が後に国王となる王子と、その彼を本当の国王へと成長させた男とその親友の魔法庁長官となる魔術師。

そして王国を支える人々の運命を少しだけ変える旅の始まりになる事を。



「では出発するか」

アレクセイが馬に跨った。

その声を合図に、一行は王都を後にする。

街道は整備されており危険も少ない。

迷宮までは半日ほどの道程だ。

だからこそ学生組はどこか遠足気分だった。

「殿下、今回の調査結果は卒業論文として提出されるのですよね?」

グレアムが歩きながら尋ねる。

「ああ。王都周辺の未調査地域の活用についてだ」

「なるほど」

「おいグレアム」

隣を歩くマシューが呆れたように言った。

「お前、殿下の論文内容を今聞いたのか?」

「聞いていなかったからね」

「聞いておけ」

即答だった。

グレアムは首を傾げる。

「結果だけ分かれば十分だろう?」

「十分じゃない」

「十分じゃないな」

「十分じゃありませんね」

いつの間にかジェイクまで加わっていた。

三方向から否定されてもグレアムは納得していない。

そんなやり取りを見ていたエマが小さく吹き出す。

「へぇ」

「何か?」

「いや。もっと堅苦しい連中かと思ってた」

王族。

学院の秀才。

近衛騎士。

聞くだけなら近寄り難い集団だ。

だが実際は違う。

特に眼鏡の学者は少し変だ。

「そっちの魔術師」

エマがマシューを指差した。

「苦労してるでしょ?」

「非常に」

即答だった。

グレアムが不満そうな顔をする。

「失礼な」

「自覚がない辺りが一番厄介なんだ」

マシューはため息を吐いた。

アレクセイが笑う。

ジェイクも肩を震わせる。

コレットとスペンスですら表情を緩めていた。

その様子を見ながらエマは少しだけ目を細めた。

悪くない。

そう思った。

王族だからではない。

学院の秀才だからでもない。

この連中は妙に自然なのだ。

立場に関係なく言い合える。

だからこそ――。

「ま、あんたらなら大丈夫か」

ぽつりと呟く。

「何がです?」

グレアムが聞き返した。

「別に」

エマは肩を竦める。

まだ誰も知らない。

この中から未来の国王が生まれることも。

魔法庁を支える二人の天才が生まれることも。

そして彼らが何十年経っても変わらず言い合う腐れ縁になることも。

今はただ――。

迷宮へ向かう若者たちの、少し騒がしい旅の始まりだった。

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