【外伝】 グレアム愛歌になるはずだった話②

【外伝】グレアム愛歌になるはずだった話②

グレアムには、親友がいる。
入学当時から気が合い、魔法の研究や研鑽に
時間も忘れるほどに一緒に過ごしてきた。

「ここの構築は、こうなると合理的だ」と言えば

「だが、そうするとタメが減って、威力が落ちるだろう??」

などと言う風にだ。

教授が古代魔法の魔法式を読ませてくれれば、

その魔法の仕組みを解明しようと徹夜することなどザラだった。

親友の名前は『マシュー・ウォットン』だ。

王都近郊の調査、探索も一緒に過ごした。

「そう言えばさ、もう上級生は卒論の時期だろう?」

「何だマシューいきなり?」

「俺たちも来年の話だからさ、誰か上級生に着いて参考にしてもらおうよって言おうと思ったんだ」

「あー、それはそうか。誰か当てがあるのか?」

「いや。気付けば俺たち、同級生ともあまりつるんでないだろ?」

「……言われてみれば」

「研究室か図書館か演習場だ。交友関係が狭いんだよ」

「否定できんな」



「卒論のテーマは決まったのかね?」

学年主任の教授は、迷っていそうな生徒を見かけては声をかけていた。

今、その教授が話しかけているのは、この国の王子殿下である。

「ええ。テーマは古代魔法式と迷宮の関係について調べようかと」

「ほう。その割には浮かぬ顔ですね」

「わかりますか?」

教授は、頷いた。

「資料はあります。しかし、迷宮は実際に見なければ分からない」

「現地調査ですか」

「はい。ですが、王族が迷宮に入るとなれば周囲が騒ぎます」

「ならば、学生として行けばよいでしょう」

「学生として?」

「王子ではなく、一人の研究者としてです」

王子は目を瞬かせた。

「なるほど……」

「もちろん、一人で行けと言っているわけではありませんよ」

「と、言いますと?」

「信頼のおける下級生を数名連れて行きなさい。彼らに見本を見せるのも先輩の務めです」

教授は続ける。

「護衛は王宮の騎士ではなく、現地に詳しい冒険者を雇うのです。できれば経験豊富なパーティーがよいでしょう」

「なるほど。それならば許可も下りそうですね」

王子は少し表情を明るくした。

「仮に護衛を付けろと言われても、騎士は少数で済みます」

「その通りです」

教授は頷いた。

「では、下級生は誰を連れて行くかですね」

王子は腕を組み、少し考え込んだ。

成績だけなら候補はいくらでもいる。

だが、今回必要なのは単に優秀な学生ではない。

迷宮という未知の環境で冷静に判断できる者。

そして、古代魔法式という研究対象に興味を持つ者だ。

「そうですね……」

しばらく考えた後、王子はふと二人の顔を思い浮かべた。

「グレアム・シュバルツとマシュー・ウォットンはどうでしょう」

教授の口元が僅かに緩む。

「ほう。あの二人ですか」

「成績も優秀ですし、魔法研究への熱意も申し分ありません」

「熱意というか、研究馬鹿というか」

教授は苦笑した。

「古代魔法式の解読課題を出した際など、翌朝まで研究室の明かりが消えませんでしたからね」

「やはりそうでしたか」

王子も思わず笑う。

学内では有名な話だった。

「ですが、だからこそ適任でしょう」

「私もそう思います」

教授は満足そうに頷いた。

「では、あとは冒険者ですか」

「ええ。こちらは学院よりも現地のギルドに相談する方が良いでしょう」

「なるほど」

王子は窓の外へ目を向けた。

王都の向こうに広がる平原。

さらにその先には、古代の遺構が残る迷宮群がある。

まだ見ぬ魔法式。

まだ解き明かされていない仕組み。

胸の奥が少し高鳴る。

「楽しみになってきました」

その呟きに、教授は静かに笑った。

「学生らしくて結構」



「聞いたか?」

木陰で本を読んでいたグレアムの元へマシューが走ってきた。

「何を?」
息を整えるマシューに尋ねた。

手には、何やら書類も持っている。

「王子殿下から同行依頼書?」

書類を読みながら答えた。ご丁寧に親の同意書が必要らしい。

「卒論の現地調査だと?」

「行く」

「即答か」

「古代魔法式と迷宮の関係についての調査だろう?」

「まあ、そう書いてあるな」

「行かない理由がない」

グレアムは再び書類へ目を落とした。

現地調査予定地。

迷宮の概要。

同行者予定。

その文字を追う目が徐々に真剣になっていく。

「この迷宮、第三層で魔力濃度が急激に変化するという報告があるな」

「ああ」

「古代魔法式との関連性があるかもしれん」

「まだ行くと決まったわけじゃないぞ?」

「行く」

「だから即答するなって」

マシューは呆れたように肩をすくめた。

「親の同意書もあるぞ」

「父上なら問題ない」

「お前の親父さん、息子が迷宮に潜るって聞いても止めないもんな」

「研究のためなら仕方ないと言うだろう」

「あの親にしてこの子ありだな」

グレアムは気にした様子もなく依頼書を読み進める。

そして同行予定者の欄で手を止めた。

「マシュー」

「ん?」

「お前も行くだろう?」

「最初からそのつもりだ」

二人は顔を見合わせた。

次の瞬間、どちらからともなく笑い出す。

「古代魔法式だぞ?」

「迷宮調査だぞ?」

「行かない理由がないな」

「全くだ」

迷宮に行くのに、迷いのない二人だった。



王都の冒険者ギルド。

昼時ということもあり、酒場を兼ねたホールは多くの冒険者で賑わっていた。

依頼の確認をする者。

探索から戻り報告をする者。

仲間と次の仕事の相談をする者。

そんな喧騒の中、一つのパーティーがギルド職員に呼び止められた。

パーティー名――『緑水の調べ』。

王国でも名の知れたS級パーティーである。

「エマさん。少しよろしいでしょうか?」

受付の女性が声を掛ける。

振り返ったのは、腰まで届く緑色の髪を後ろで束ねた女性だった。

「ん? 追加依頼?」

「いえ。学院関係からの指名依頼です」

「学院?」

エマは首を傾げる。

その横では大盾を背負った大柄な戦士が腕を組み、

弓を背負った青年が興味深そうにこちらを見ていた。

さらに奥ではローブ姿の魔術師が本から顔を上げる。

これが『緑水の調べ』の面々だった。

長年共に旅を続ける熟練の冒険者たち。

「王立魔法学院からの依頼になります」

その言葉に、エマは目を丸くした。

「へぇ。珍しいね」

「卒業研究の現地調査に同行していただきたいとのことです」

「学生の護衛か」

大盾の戦士が呟く。

「迷宮探索なら護衛だけじゃ済まないだろうな」

弓使いも続けた。

受付嬢は小さく頷く。

「調査対象は王都近郊迷宮。依頼主は学院の上級生です」

そこまで聞いていたエマだったが、

次の言葉で目を瞬かせた。

「なお、その上級生は――」

受付嬢は依頼書を確認する。

「第一王子殿下です」

数秒の沈黙。

そして。

「は?」

パーティー全員の声が綺麗に重なった。

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