【外伝】 グレアム愛歌になるはずだった話①
【外伝】グレアム愛歌になるはずだった話①
シュバルツ家は、曽祖父の代に発祥がある。
そもそもは、貴族と言っても名ばかりだった地方の家系
飢饉でさらに没落し、遠い親戚を頼って王都にやってきた。
居候だった曽祖父が王都の図書館の仕事(データ管理)を
請け負えたのも相当な努力だったと思う。
時代は、国境沿いの小競り合いが続き、森には魔物の出現が相次いだ。
だからこそ剣士や魔法師と言った攻撃に特化した職業も人気だった。
曽祖父は、執務に進み、祖父は魔法師に進んだ。
なるべき道だったと父は言う。
今の王様がまだ王子でアカデミーの学生だった頃
グレアムもまた彼よりも1学年下の学生だった。
アカデミーは、大きく二つに分かれる。
騎士団を望む 戦闘・武道系学科
魔法師を望む 魔法系学科
グレアムは、魔法系学科に入学した。
祖父の背を追ったわけではない。
魔法そのものが好きだったからだ。
魔法陣の構造。
属性の相性。
古代魔法の理論。
剣を振るうより、本を読んでいる時間の方が長かった。
「お前は研究者向きだな」
教師達にもよく言われた。
実際、その通りだったと思う。
騎士科の訓練場で汗を流すより、図書館の奥に籠もっている方が落ち着いた。
だから当時の王子――後の国王陛下とはほとんど接点がなかった。
遠くから見かける程度。
騎士科でも特に目立つ存在だったからだ。
誰もが未来の王だと思っていた。
そして誰もが強いと思っていた。
グレアムもそう思っていた。
あの日までは。
⸻
アカデミーの制服は学科ごとに違う。
魔法学科は長いローブ。
騎士科や武道科は動きやすい制服。
訓練場へ向かう生徒達は遠目にもすぐ見分けがついた。
その日も図書館からの帰り道だった。
ふと騒がしい声が聞こえ、足を止める。
訓練場の中央。
そこには木剣を構えた王子殿下の姿があった。
王子殿下の前には、倒されたのであろう複数の生徒の姿。
「立て、立てよ。僕と本気で戦え!」
勝っているのは王子殿下なのに、表情は悲しみに沈んでいる。
「何だ?」
歩いていたグレアムもそして他の生徒達もその騒がしさに集まりつつあった。
だが、誰も近付こうとはしない。
「また始まったぞ」
「王子殿下か……」
「仕方ないだろ。相手が悪い」
小さな声が耳に入る。
倒れている生徒達も怪我をしているわけではない。
単純に実力差で叩き伏せられただけだ。
それでも誰も立ち上がらない。
いや、立ち上がれないのかもしれない。
勝てない相手だと知っているから。
王子殿下は木剣を握り締めた。
「どうしてだ……」
ぽつりと零れた声。
その声には怒りよりも諦めが混じっていた。
「どうして誰も本気で来ない」
ざわりと周囲が揺れる。
だが答える者はいない。
当然だった。
相手は王子だ。
未来の国王だ。
訓練であっても怪我をさせれば問題になる。
本気で挑み、万が一勝ってしまえば周囲との関係にも影響する。
誰もが無意識に一歩引く。
それが当たり前になっていた。
だが。
(それは寂しいな)
グレアムはそう思った。
強いとか弱いとかではない。
ただ目の前の少年が、酷く寂しそうに見えた。
木剣を下ろした王子殿下が踵を返す。
人垣が自然と割れた。
誰も声を掛けない。
誰も近寄らない。
その中で。
「王子殿下」
気付けばグレアムは声を掛けていた。
周囲の視線が一斉に集まる。
王子殿下も足を止めた。
「君は?」
「魔法系学科のグレアム・シュバルツです」
王子殿下は少しだけ首を傾げる。
知らない顔なのだろう。
当然だ。
学年も違えば所属も違う。
話したことなど一度もない。
それでもグレアムは続けた。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
周囲がざわつく。
王族相手に質問など普通はしない。
だがグレアムは気にしなかった。
王子殿下もまた不思議そうな顔をしている。
「何だ?」
「どうして、そんなに悲しそうなのですか?」
静寂が落ちた。
誰もが息を呑む。
無礼だと思った者もいただろう。
だがグレアムには分からなかった。
勝ったのなら嬉しいはずだ。
負けていないのなら怒る理由もない。
それなのに目の前の王子は、まるで何かを失ったような顔をしていた。
だから聞いた。
ただ、それだけだった。
王子殿下はしばらく黙っていた。
やがて。
ふっと苦笑する。
「君は変わっているな」
それが。
後に国王となる男と。
グレアム・シュバルツとの。
最初の会話だった。
⸻
「皆、僕ではなく王子を見ている」
王子殿下はそう言った。
怒りでも諦めでもない。
ただ事実を述べるように。
グレアムは少し考えた後、答える。
「私は王子殿下をよく知りませんので」
王子殿下は目を丸くした。
「……そうか」
「はい」
端的に交わされた会話。
だが、王子殿下にはそれ以上必要なかった。
グレアムもまた、多くを語らなかった。
語らずとも理解は深かった。
肩書きを見られる苦しみ。
期待される窮屈さ。
それは規模こそ違えど、没落貴族の家に生まれたグレアムにも無縁ではなかったからだ。
剣の練習に付き合うわけでもない。
魔法の理論を交わすわけでもない。
それでも二人は時折顔を合わせ、言葉を交わした。
図書館の帰り道。
昼食の時間。
中庭のベンチ。
気付けば行動を共にすることが増えていた。
いつしか周囲も不思議に思わなくなるほどに。
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