【幕間】 奇妙な食宴
【第5章】幕間 奇妙な食宴
王宮は、いつもの風景に戻った。
後に語られる薔薇庭園騒動は、相手が王家ということもあり、
表立っての噂は控えられた。
そりゃあ、竜の目撃情報だから完全に鎮静化したわけじゃないけどね。
今回は、その話とは別の話。
⸻
「さあて、手伝ってもらうわよおクラリス!」
真琴が朝から張り切っている。
「今回、クラリスが王宮でのほほ〜んとしている間に
お世話になった方々へのお返しなのよ」
「はあ?真琴!私はのほほ〜んとなんてしてなかったわよ!
王宮ではねぇ…」
と、言いかけてクラリスの口にスプーンが飛び込んだ。
「何これ?」
シュバルツ邸の庭に設えた長いテーブル。
その上には、見たこともない料理の数々が並ぶ。
「今、クラリスが食べたのはトマト豆腐。ひんやりして美味しいでしょう?」
こくこくと頷く。
「リオに調味料用意してもらってね」
真琴が続ける。
「今回は、家族がみんな頑張ったからね。
私もお返しはこれかな?ってさ」
かつて、父が一から仕込んでくれた料理『和食懐石』
「異国の料理ね?初めて見るわ」
エマも初めて見る料理の形に感心している。
グレアムとエマ夫妻は、勿論の事。
ヴィクトルや魔法庁長官に協力してくれた方々
極悪片目グリズリーのご夫婦に子供たち
ダークエルフのアリアさんに
フィオナやレオンハルトもいる。
遠くから読んだのは、エイルシア親子か
執事のアスターやメイド長にメイド達も席に着かせて、
料理を和食懐石のお弁当風にして席に並べていく。
先ほどのトマト豆腐は、先付けだ。
クラリスは、周囲を見回してようやく状況を理解した。
「ちょっと待って……これ、全部“お礼”ってこと?」
「そうそう」
真琴は何でもないことのように頷きながら、次の皿を手に取る。
「王宮の件とか、魔法庁の件とか、あとついでに王都騒動全部ひっくるめて。はい感謝セット」
「“ついで”が大きすぎるのよ!」
エマが小さく吹き出した。
「でも……こういう形の料理は初めて見るわ。綺麗ね」
木の器に盛られた小鉢が、まるで宝石みたいに並んでいる。
色も香りも派手ではないのに、不思議と目を引く静かな存在感があった。
グレアムが腕を組んで頷く。
「合理的だな。戦闘後の栄養補給としても理にかなっている」
「そこ評価基準なの?」
フィオナが苦笑する横で、レオンハルトはすでに黙々と食べていた。
「……うまいな」
一言だけ。
その一言で場の空気が少しゆるむ。
アリアは興味深そうに小鉢を指でつついた。
「この“出汁”ってやつ、魔法でもないのにこんな深み出るの?」
「魔法じゃなくて文化の結晶よ」
真琴がさらっと言い切る。
その横で、ヴィクトルは静かに箸を手に取っていたが、少しだけ目を細めた。
「……研究対象としても興味深いですね」
「食べなさい」
即答だった。
リオはそのやり取りを見ながら、軽く息を吐く。
(この人、本当に“平和”の使い方が極端だな……)
その頃、少し離れた席ではメイド長が密かに涙ぐんでいた。
「……こんな穏やかな宴、久しぶりですわね」
執事アスターも静かに頷く。
「ええ。嵐の後とは思えません」
だがその“嵐”の中心にいた本人は、相変わらずだった。
真琴は次の皿を掲げる。
「はい次!焼き魚!骨はちゃんと取ってあるから安心して!」
「あなた……どこまで準備したのよ」
クラリスの突っ込みに、真琴はにっこり笑った。
「全部」
その一言だけが、妙に重かった。
料理は、静かに進んでいった。
華やかさで押すのではなく、ひとつひとつが丁寧に置かれていく。
味も香りも、騒がしさとは無縁のまま、ただ確かに“そこにある”。
小鉢を一つ口に運ぶたびに、誰かが小さく息を吐く。
「……落ち着くな」
レオンハルトのその一言に、誰も否定しなかった。
会話は途切れ途切れで、代わりに食器の音だけが柔らかく響いている。
戦場でも謁見でもない、ただの食事の時間。
それが、逆に奇妙だった。
これほど多くの人物が集まりながら、
これほど静かな宴になることは、そうそうない。
真琴は満足そうに、最後の皿を並べ終えた。
「よし、締めの甘味いくよ」
その瞬間だった。
――ふ、と。
場の空気が一瞬だけ、遠くへ引っ張られるように揺れた。
風でもない。
魔力の暴走でもない。
ただ、“声”だけが、どこからともなく落ちてきた。
「……わしも食べたい」
誰も、すぐには反応できなかった。
クラリスがスプーンを持ったまま固まる。
エマが目を瞬かせる。
リオがわずかに視線を上げる。
真琴だけが、まったく動じずに空を見た。
そして、その声はもう一度だけ、確かに続いた。
「わしも食べたいのじゃが」
それは、遥か遠く。
王都でもなく、この庭でもなく。
古代の、誰も足を踏み入れられぬ遺跡の奥底から響いていた。
そこに眠るはずの存在。
――水晶竜。
その名を知る者がいれば、間違いなくこう言っただろう。
「今、食事の話をしたの?」
真琴は小さく笑って、最後の甘味を手に取る。
「……しょうがないなぁ」
そして、誰にも聞こえないように一言だけ返す。
「今度ね」
庭の静けさは、何事もなかったように戻っていく。
ただひとつだけ違うのは、
遠い深淵の底で、まだ“食べたい”と呟く声が残っていることだった。
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