【第5章】 第126話

【第5章】第126話 図書館利用者からのお願い

王宮 アレクシス王子執務室

机の上のものは、全て床に散乱し

長いソファの上で不貞寝する。

(何年も何年もかけて考えて準備したのに)

コンコン

執務室のドアがノックされた。

「今は誰にも会いたくない!」

横になったまま怒鳴るアレクシス。

ドアがガチャリと開いた。メイドがドアを開ける。

入って来たのは、皇后陛下だった。

「誰にも!」皇后陛下の姿を見て、

苦々しく恨みがましい目を向けるアレクシス王子

「随分と若い頃の王に似てきたわね」

正面からその眼差しを受け止め、皇后陛下は、応接の空いているソファに座った。

「お母様が敵に回るとは思いませんでした」

「敵ね……」

皇后陛下は静かに首を振る。

「あなたはずっと勘違いしていたのよ」

「王宮は愛情で動く場所ではない」

「力の均衡で動く場所なの」

「そして、その均衡を崩したのは貴方自身よ」

「力の均衡?」

アレクシス王子の頭の中は、その均衡を図る計算式が回り始めた。

「どこがですか? どこだというんですか!」

勢いよく身を起こす。

「私は何も間違えていない!」

「王族として当然の判断をしただけだ!」

「国を守るためです!」

「皇太子となり、この国を導くためです!」

皇后陛下は黙って聞いていた。

「クラリスとの婚約だってそうだ!」

「私は彼女を王妃に相応しい立場へ押し上げようとした!」

「何が悪いんです!」

そこまで言って。

アレクシスは気付いた。

自分が何の話をしているのか。

皇后陛下もまた気付いていた。

「そう」

静かな声だった。

「結局、あなたはそこへ戻るのね」

「あなたは国を愛していたのではないわ」

「クラリスを手に入れたかっただけ」

アレクシスは、ソファから起こした上半身をガックシと頭垂れた。

「でも、僕は彼女に側にいて欲しかった」

「その気持ちは、わかるわ。最初に王様ではなく私に相談に来ていれば違ったかも知れないわね」

「母上だったら上手く行ったと?」

「少なくともクラリスの事は、貴方よりは詳しいわよ?」

そう言って、皇后陛下はアレクシス王子の執務室を後にした。

その数日後、シュバルツ邸に一台の馬車が到着した。

館のもの全てが緊張する中、応接室に通される。

その応接室にクラリス一人入った。

館の全員の反対を押し切ってである。

応接室に通されたのは、アレクシス王子一人。

本日は、従者もつけずにお忍びで来たそうだ。

「ようこそ、我が家へ」正式なカーテーシーで迎える。

「クラリス、少し話をしよう」座ってくれと示す。

この数日だけでかなりやつれた。王子の姿はそう見えた。

ドアの向こうでは、話が気になって仕方ない面々が

聞き耳を立てていた。

勿論?ひっそりとクラリスを守るために部屋の影に身を潜める蜘蛛ちゃんズもいる。

「本日は、どのようなご用件で?」

クラリスは、用意された茶器にお茶を入れながら尋ねた。

ソファに座り、両手を膝上からモジモジと所在なさげに

動かしている。

「アレクシス王子、私図書館の仕事を辞そうかと思っているのです」

「それは、駄目だ!図書館は…図書館には君が必要だ」

「でも、ここまで騒ぎを起こして、王宮に出入りするわけには行きません」

「それは違う」

アレクシスは首を振った。

「君は何も悪くない」

「悪いのは僕だ」

クラリスの手が止まる。

おそらく。

彼がこんな言葉を口にするとは思っていなかったのだろう。

「僕はずっと勘違いしていた」

「君のためだと思っていた」

「王妃になれば幸せになれると」

小さく笑う。

自嘲するような笑みだった。

「違ったんだな」

「僕がそうあって欲しかっただけだった」

静かな沈黙が落ちる。

「クラリス」

アレクシスはまっすぐ彼女を見る。

「一つだけ聞かせてくれないか」

「はい」

「君は、一度でも僕を好きになったことはあったのか?」

「それは…」とクラリスが言いかけたところで

アレクシスが止めた。

「いや、それは答えないでくれ。まだ僕にはその答えは受け止めきれない」嫌いだったといられたら立ち直れない。

「母上が言ったんだ。私だったらクラリスにこう言うって」

「図書館に埃かぶって、寝袋姿でいいから僕の隣で后になってくれないか?って言ってみれば良かったのよって」

クラリスは、アレクシス王子から聞かされた皇后陛下の言葉に
ああ、敵わない人だと思った。

「そうね。そう言ってくれたならお受けしていたかも知れないわね」

アレクシスは苦笑した。

「そうか」

それだけだった。

しばらく黙った後、

「母上には敵わないな」

ぽつりと呟く。

「ええ」

クラリスも頷いた。

「敵わないわね」

暫くのち、アレクシス王子は、一人王宮へと戻って行った。

彼は去り際にクラリスに

「図書館は辞めるな」

「それは王子命令ですか?」

「いや」

アレクシスは首を振る。

そして少しだけ笑った。

「図書館利用者からのお願いだ」

と、背中を向いて

「僕も含めてな」と言った。


【第5章】お終い。
次話から幕間と少々外伝が続きます。

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