【第2章】 第19話
【第2章】第19話 優しすぎる街
領主館は、街の中心にあった。
整えられた庭。無駄のない配置。行き届いた管理。
——静かすぎる。
「ようこそお越しくださいました」
出迎えたのは、この街の領主だった。
穏やかな表情。丁寧な口調。どこにも不自然な点はない。
「旅の方々と伺っております。何かお困りごとでも?」
ヴィクトルが一歩進み出る。
「はい。宿は取れたのですが、馬車を暫く預ける場所を探しておりまして」
「なるほど。それはお困りでしょう。勿論、当館でお預かりいたします」
あまりにもあっさりとした返答だった。
真琴はわずかに目を細める。
「……長期間でも、理由は聞かないんですか?」
「何か問題でも?」
穏やかな声音のまま、領主は問い返す。
「いえ……随分と親切だなと思って」
ヴィクトルが言葉を引き取る。
「少し、街の様子が気になりまして」
「様子、ですか?」
領主は首をかしげる。
「ええ。この街は、いつも通り穏やかですが?」
——違和感。
言葉にできない、微かなズレ。
「最近、何か変わったことは?」
クラリスが問いかける。
「いいえ、特には」
即答だった。
「むしろ——」
一瞬だけ、間が空いた。
「住民同士の争いも減り、非常に安定しております」
その言葉に、真琴はわずかに眉をひそめた。
「……安定、ですか」
「ええ。皆、落ち着いていて——理想的な状態です」
言い切る声に、迷いはない。
——だからこそ、引っかかる。
そのとき。
「——それ、本気で言ってるの?」
静かな声が、空気を裂いた。
全員が振り向く。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
淡い色の髪。華奢な体。儚げな印象。
けれど、その瞳だけが、はっきりと世界を見ていた。
「エイルシア……?」
領主がわずかに動揺する。
「部屋で休んでいるはずでは——」
「休んでるわよ」
少女は小さく肩をすくめた。
「ずっと、ここにいるよりはマシなだけ」
その言葉には、わずかな棘が混じる。
真琴は自然と彼女を見ていた。
——この人だけ、違う。
「あなた達、外から来た人よね」
エイルシアは一行を見渡す。
「なら、分かるでしょ」
一歩、踏み出す。
ゆっくりなのに、空気がわずかに重くなる。
「この街——おかしいって」
誰もすぐには答えなかった。
エイルシアは小さく息を吐く。
「みんなね、優しいの」
ぽつりと呟く。
「でも——」
言葉を選ぶように、視線が揺れた。
「優しすぎるの」
静寂が落ちる。
風の音すら遠のいたようだった。
「考えてることが、似てくるの」
「同じ方向に、揃っていくの」
ゆっくりと言葉が続く。
「まるで——」
一瞬、息を呑むように間が空いた。
「……誰かに、整えられてるみたいに」
言い切った瞬間、エイルシアはわずかに眉をひそめた。
「……」
喉元まで出かかった何かを、飲み込むように。
そして小さく首を振る。
「気のせいかもしれないけど」
その言葉は、軽いはずなのに妙に重かった。
沈黙が落ちる。
その“揺れ”を見逃さなかったのは、真琴だった。
(……今、一瞬ズレた)
理由は分からない。
ただ、彼女の言葉だけが“完全ではない”と直感した。
領主は変わらぬ笑みのまま続ける。
「街が安定しているのは良いことではありませんか?」
その声は、優しい。
あまりにも、優しい。
だからこそ、寒気がした。
エイルシアは答えなかった。
ただ、ほんの少しだけ視線を伏せる。
その仕草は——まるで、自分の中の何かを確かめているようだった。
「……とりあえず」
ヴィクトルが静かに言う。
「この街について、もう少し調べた方が良さそうですね」
その言葉に、一同が頷く。
まだ何も起きていない。
だが確実に——何かがおかしい。
その正体に触れるために、一行は領主館の奥へと進む。
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優しすぎるって、時々いちばん怖いですよね。
この街の違和感、気づいた方いますか…?
ここから少しずつ不穏になっていきます。気になる方はフォローして続きもぜひ👀
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