【外伝】 王子の自由愛④

【外伝】王子の自由愛④

アレクセイが気持ちを収める頃は、

辺りもすっかりと真っ暗になった。

「今日は野営ね」

エマがいい、アーノルドたちは慣れた様子で

野営の設置へと動いた。

アレクセイは、王子である。

馬車を柱にタープと呼ばれる支度になっている。

「焚き火は大丈夫なのか?」
ジェイクがエマに聞いた。

「ちゃんとこう言う所用の薬があるのよ」

言って、焚き火に何やら投げ込む。

「なにを入れてんだ?」

マシューが聞いた。

「魔物よけの薬。煙が魔物を寄せ付けなくしてくれるのよ」

「蚊よけにもなりそうな臭いだな」

「確かにね来ないよ」

焚き火に火が落ちると、夜の色が一段はっきりと濃くなった。

薬の混じった煙が、ゆっくりと輪を描きながら広がっていく。

鼻をつくような独特の匂いに、マシューが顔をしかめた。

「これ、ほんとに安全なんですか……?」

「安全じゃなきゃ使わないでしょ」

エマはあっさり返す。

その隣でアーノルドが、焚き火の周囲に簡易の結界杭を打ち込んでいく。

手慣れた動作だった。

「この辺は“外”でも油断できないからな」

ヒースは少し離れた木の枝に登り、周囲を見渡している。

完全に警戒を解いていない目。

エンヤは焚き火の火加減を見ながら、小さく息を吐いた。

「……こうしてると、さっきのが嘘みたいね」

その言葉に、誰もすぐには返さない。

“遺跡の息”の感触は、まだ完全には抜けていなかった。

少し離れた場所で、王子アレクセイは座っていた。

タープの下。

簡易の椅子に腰を下ろしながら、焚き火をじっと見ている。

その横にジェイクが控えているが、距離はいつもより少しだけ遠い。

(まだ機嫌は完全回復してない顔だな……)

ジェイクの内心は静かに警戒していた。

その時だった。

アレクセイがぽつりと口を開く。

「……あれは、確かに途中だった」

焚き火の火が揺れる。

「“完成形”ではなかった。だからこそ、正しい」

マシューが思わず顔を上げる。

「正しい……って」

グレアムが小さく言う。

「まだそこ行くんだ……」

エマが焚き火をかき混ぜながら、ため息混じりに言った。

「ねぇ王子サマ」

視線だけ向ける。

「今日の結論、“帰ってきた”でいいでしょ」

一拍。

アレクセイは少しだけ間を置いてから答えた。

「……保留だ」

即答じゃないあたりが、逆に厄介だった。

ジェイクが小さく天を仰ぐ。

(保留が一番危ないやつだ……)

その横でエマは、焚き火に小さく薬を足しながら言った。

「じゃあ保留のまま寝る」

「明日考えな」

火がぱち、と弾ける。

夜は静かに、少しだけ平和な形を装って広がっていく。

ただ一人だけ――

その“保留”の意味を、明日どころか今も考え続けている男がいた。



焚き火の向こうで、みんなが少しだけ緩んだその瞬間。

アレクセイは立ち上がる。

音はほとんどしない。

タープの影が、少し揺れただけ。

「……少し出る」

それだけ。

ジェイクが即座に顔を上げる。

「王子、それは“どの意味の外出”ですか」

「確認だ」

短い。

エマの手が止まる。

「今?」

「今だ」

焚き火の火が、ぱち、と鳴る。

一拍遅れて、エマがため息をつく。

「……あー、やっぱりそうなるんだ」

立ち上がる気配はない。

でも“止める必要がある人間の顔”にはなる。

「王子サマ、それ一人で行くやつじゃないでしょ」

アレクセイは一瞬だけエマを見る。

そして静かに言う。

「君たちは“危険”を見た。私は“未完成”を見た」

「だから行く理由が違う」

その理屈は、綺麗すぎて止めづらい。

グレアムが思わず声を出す。

「でもそれ、昨日死にかけたやつの続きですよ!」

マシューも続く。

「“続きやる必要あります?”のやつです!」

アーノルドが低く言う。

「今度は戻れる保証がない」

ヒースは短く。

「一人は、消える」

その全部を受けて――

アレクセイは、少しだけ笑う。

「だからこそ、一人でいい」

その瞬間。

ジェイクの顔が完全に終わる。

(あ、これ“説得不能モード”だ)

エマがゆっくり立ち上がる。

「……ほんとさ」

ため息混じりに。

「この手の天才って、なんでみんな夜に暴れるの」

一歩近づく。

でも、もう遅い。

アレクセイはすでに“外側”を見ている。

焚き火の光の向こうじゃない。

もっと深い、あの遺跡の“続き”を。

そして静かに言う。

「すぐ戻る」

その言葉が一番危ない。



アレクセイが一歩踏み出した、その瞬間だった。

エマの手が、わずかに動く。

次の瞬間――

「ごめんね」

乾いた音もなく、意識が落ちる。

アレクセイの体が、力を失って崩れかけるのを、エマがそのまま支えた。

「はい確保」

軽く言う。

まるで荷物を受け取ったみたいな声だった。

ジェイクが一瞬遅れて駆け寄る。

「王子……!」

だがすぐに理解する。

これは“戦闘”ではない。

これは“回収”だ。

エマはジェイクに視線を向ける。

「動くよ。急いで片付けて、王都に向かう」

短く、強く。

「私たちの依頼は、“王子を無事に帰すこと”」

一拍。

「王子の意思は、今回の優先順位に入ってない」

その言葉に、誰も反論しない。

コレットもスペンスも、無言で頷く。

マシューとグレアムも顔を見合わせたあと、小さく頷いた。

S級冒険者の判断。

それはこの場では、命令と同義だった。

ジェイクは、アレクセイを見下ろしたまま、静かに言う。

「今回の冒険が、王子にとって最初で最後の“自由旅”だったのです」

一拍。

「それだけは……理解してください」

焚き火が、ぱち、と小さく鳴った。

夜は変わらずそこにあるのに、少しだけ違って見える。

まるで――何かが終わったことだけを、静かに受け入れているように。

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