【外伝】 マシューの友情愛①
【外伝】マシューの友情愛①
後輩というものは、先輩を敬い、讃え、従うものなり?
――そんな寝言を本気で信じている人間がいるらしい。
アカデミーへ戻ってきてからというもの、アレクセイ王子は荒れていた。
もっとも、僕は直接見たわけじゃない。
従者のジェイクが、そのたびにグレアムや僕のところへやって来ては愚痴をこぼしていくので、だいたいの事情は知っている。
正直、面倒くさい。
「先輩。このアカデミーじゃ先輩も後輩も関係ありませんからね?」
ある日、僕はそう言ってやった。
「文句があるなら、あの冒険者たち本人に言ってみたらどうです?」
そもそも所属する学科も違う。
僕もグレアムも卒業論文に必要な報告書はすでに提出済みで、担当教授から優評価を貰っている。
今さら王子の機嫌に付き合う理由など、どこにもなかった。
その付き合う理由などないというのに。
ジェイクの愚痴を聞いていたグレアムが、困ったように口を開いた。
「でもさ、もう少し何とか協力できたんじゃないかな?」
ああ、始まった。
僕は無言で近くにいた護衛騎士コレットの袖を引いた。
「コレット」
「はい」
「止めてください」
「何をですか?」
「グレアムを」
コレットは少し考えたあと、首を横に振った。
「無理ですね」
即答だった。
「ですよね」
僕も即座に納得した。
グレアムは昔からこうだ。
困っている人間を見ると放っておけない。
相手に非があろうがなかろうが関係ない。
助けられるかもしれないと思った時点で、首を突っ込む。
研究者としては優秀だ。
だが、人間としては少々危うい。
「王子も悪い人じゃないと思うんだ」
「悪い人じゃなければ許されるなら、世の中もっと平和ですよ」
「そうかな?」
「そうです」
グレアムは納得していない顔だった。
だから放っておけないのである。
⸻
だから、次に頼ったのは、原因である冒険者『緑水の調べ』面々だ。
「なんで、依頼でもないのにあのボンボンを助ける必要があるわけ?」
冒険者は、僕たち以上に辛辣で合理的だった。
冒険者ギルドも依頼は完璧にこなした彼らに対しては、
仕事完了の報酬支払い済みで相手にもしてくれない。
でも、グレアムは食い下がった。
「確かに依頼は終わってるよ。でもさ、このままだと王子は納得しないと思うんだ」
「納得しないのは勝手だろ」
即答だった。
僕も同意見だった。
「俺たちは依頼を受けた」
「達成した」
「報酬も受け取った」
「終わり」
冒険者の一人が指を折りながら説明する。
実に分かりやすい。
「でも――」
なおもグレアムは諦めない。
僕は額を押さえた。
始まった。
グレアムの悪い癖だ。
研究のことなら何日でも議論する。
困っている人間を見つけても何日でも付き合う。
本人に悪気はない。
むしろ善意しかない。
だから厄介なのだ。
冒険者のリーダーであるエマが聞いた。
「グレアム」
「うん?」
「あなた、自分が面倒くさい人間だって言われたことありませんか?」
「あるよ」
あるのか。
しかも自覚はあるらしい。
「でもさ」
グレアムは困ったように笑った。
「誰かが困ってるのに、見なかったことにはできないだろ?」
冒険者たちが一斉に顔をしかめた。
僕も同じ顔をしたと思う。
コレットだけが遠い目をしていた。
慣れているのだろう。
「だからこう言う類の奴は面倒なんだよ」
冒険者の一人が呆れたように言った。
するとグレアムは少しだけ嬉しそうに笑った。
エマの頬が少し赤くなったのは気のせいか?
その瞬間。
ああ、この人たちも駄目だな、と僕は思った。
本当に嫌なら、とっくに帰っている。
⸻
事態は以外の方から動いたのだった。
件の古代遺跡から大暴走(スタンビート)が起きたのである。
王都に向かって津波のように押し寄せる魔物たち
国をあげての攻防となった。
アカデミーからも戦えるものは出陣せよと
国からの依頼に王子以下有志はこぞって攻防戦に参加した。
だが、戦場というものは身分など関係ない。
魔物は王族だからと見逃してはくれないし、
貴族だから優先的に守ってくれるわけでもない。
その事実を、アレクセイ王子は嫌というほど思い知ることになった。
「前線が崩れるぞ!」
「右翼の防壁を維持しろ!」
怒号が飛び交う。
王子もまた剣を振るっていた。
決して弱くはない。
むしろ同年代では優秀な部類だ。
だが――
「くそっ!」
目の前の魔物を倒した瞬間。
別方向から飛び出した魔物が牙を剥いた。
反応が遅れる。
その時だった。
矢が飛んだ。
魔物の目を正確に射抜く。
さらに別方向から剣が振り下ろされた。
魔物は地面へ沈む。
「大丈夫か?」
そこにいたのは、『緑水の調べ』の冒険者たちだった。
アレクセイが目を見開く。
「お前たち……」
「勘違いするなよ」
エマは短く言った。
「王子を助けたわけじゃない」
「戦線を守っただけだ」
そう言って次の魔物へ向かっていく。
その背中を見ながら、
アレクセイは初めて理解したのかもしれない。
彼らは最初から王子のために動いていたわけではない。
国のため。
仲間のため。
依頼のため。
そして、自分自身の信念のために動いていたのだと。
⸻
後方支援区画。
僕は山のような負傷者名簿と睨み合っていた。
「なんで僕がこんなことを」
「マシュー様が一番計算が早いからです」
コレットが平然と言う。
理不尽だった。
だが否定できない。
その時。
ボロボロになったグレアムが現れた。
「マシュー!」
嫌な予感しかしない。
「なんですか」
「手伝って!」
「嫌です」
即答した。
「まだ何も言ってない!」
「どうせ面倒事でしょう」
当たっていた。
グレアムは少し困った顔をした。
「ジェイクが怪我した」
僕はため息を吐いた。
そして立ち上がる。
「……どこです?」
「手伝ってくれるの?」
「ジェイクは悪くありませんから」
本当に面倒くさい。
王子も。
グレアムも。
ついでにジェイクも。
だけど――
放っておけば後味が悪い。
僕も結局、その手の人間なのかもしれなかった。
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