【外伝】 マシューの友情愛②

【外伝】マシューの友情愛②

あの魔物の大暴走(スタンビート)から数年後

信じられない。

本当に信じられない。

僕は目の前の光景を見ながらため息を吐いた。

白い礼服に身を包んだグレアム。

その隣には純白のドレス姿のエマ。

大勢の祝福。

満面の笑み。

どこからどう見ても結婚式だった。

「何をそんな顔してるんだ?」

隣に立つジェイクが呆れたように言う。

「だって信じられます?」

「何がだ」

「面倒くさい人間同士が結婚したんですよ」

「方向性は、間違ってないと思うぞ?」

「間違いとかそう意味じゃなく!」

「相談もなく来たか?」

ジェイクが覗き込むようにマシューを見た。

「いえ、グレアムは…都度相談してました」

「だろう?あいつは話を聞かない奴でもない。相談できない奴でもない。この結婚式をみてみろよ」

マシューは、結婚式場を見渡した。

「あのアレクセイが準備して、自分の結婚式よりも盛大に開いているんだぜ」

アレクセイ王子がアレクセイ王となり、グレアムを片腕にと執務室を与えた。

下手をするとジェイクよりも立場的には上かもしれない。

「それが一番信じられないんですよ」

マシューは即答した。

「学生時代は、あれだけ面倒事を持ち込まれていたんですよ?」

「持ち込まれていたな」

「むしろ原因の大半が王子でした」

「否定はしない」

ジェイクも苦笑した。

「あの頃は本気で胃薬の常備を考えた」

「今は?」

「常備している」

「でしょうね」

二人は同時にため息を吐いた。

会場の中央では、当のグレアムが貴族たちに囲まれていた。

誰とでも分け隔てなく話し、

誰に対しても同じように笑う。

学生時代から何も変わらない。

変わったのは周囲だけだ。

王になったアレクセイ。

王妃となったコレット

名を上げた冒険者たち。

そして――

グレアムの隣に立つエマ。

「結局さ」

ジェイクが静かに言った。

「昔から変わらなかった奴が、一番遠くまで行ったんだよ」

マシューは返事をしなかった。

返事をしたら負けな気がしたからだ。

けれど、その言葉には少しだけ納得してしまった。

学生時代。

面倒事を見るたびに首を突っ込み、

困っている人間を見つけるたびに放っておけず、

何度も何度も振り回された。

それなのに。

今ここにいる誰もが、そんなグレアムを嫌いになれなかった。

本当に面倒くさい男である。

そして――

その隣にいるエマもまた、

同じくらい面倒くさい女だった。

「マシュー、ここはな素直に祝福しておけ」

ジェイクに肩を抱かれて、二人は王都の酒場に向かった。


それから
結婚式から過ぎる事15年後

グレアムの所の子供達、ヴィクトルが14歳にクラリスが9歳となった時に事件が起こった。

エマは、シュバルツ家を守りつつ冒険者を続けていた。
この頃には、夫婦でSSS級にまで上り詰めていた。

どんだけ依頼を受けたんだよ?ってマシューに突っ込まれそうだ。エマは、初めて会った時にはS級だったから順調な伸びだが、グレアムは、アカデミー卒業まで冒険者ギルドに所属すらしていなかったのだから。

マシューも昔とは違う。
魔法庁でもう少しで長官の椅子がと言う所まで来ていた。

そんな彼の所にグレアムが来た。

「よお、元気か?」

仕事の終わった頃合いに酒持参でくるのは、何か相談事のようだ。

「どうした?また王様から無理難題か?」

前置きもせずに聞くマシューにグレアムは苦笑する。

「まあ、何だな。当たらずとも遠からずだな」

「どんな話だ?」

「砂漠の街、ボルボロの先に古代遺跡が発見された」

「噂は聞いてる。砂の間に突如現れたんだろう?」

「ああ、その遺跡の探索を『緑水の調べ』で行ってくれという依頼だ」

「他に冒険者ギルドにはいないのか?」

「SSS級冒険者パーティーは、うちらだけだからな」

「まだ、子供達だって両親が必要な歳だろう?」

「ヴィクトルは、もうアカデミーに通っている。クラリスは引っ込み思案な性格もあってな、12歳から入る予定だ」

「大暴走(スタンビート)が起きたらアカデミーどころじゃない。生活が飛ぶ、だろう?」

前回の大暴走からやっと街も元通りに機能した矢先だ。

これでまた壊滅なんてことになったら、それに便乗して他国に奪われても不思議はない。

現に、あの大暴走より王自らが出陣した戦争もある。

皇后に執務を任せて、未だ皇后陛下と政治自体は元には戻っていない。政治バランスは難しいとグレアムは常日頃ぼやいている。

「酒だ、酒!」
マシューは、机の上の書類を押し除けて言った。

「だろう?」
グレアムも本棚に隠していたグラス(隠してないな)
2つ出して来て、酒を注いだ。

「今回は、長くなりそうなんだ」

「そうだろうよ。魔法庁でも何回か調査員送ったが帰って来ていない」

「マシュー、お願いがある」

「なんだ?」

「この書類を預かっておいてくれ」

グレアムから書類が手渡された。

中身は、子供たちの後見人依頼書

「王様に渡すと政治利用されそうだからな」

「親戚はいないのか?」

「お前も知ってるだろう?叔父の事」

「ああ…」

グレアムには、父親の弟=叔父がいた。
今も生きているだろう。
グレアムが王の片腕執務官になった途端に
貴族間の詐欺まがいな事件を起こしていた。

「俺たちが留守になったと知れたら速攻で家を乗っ取るかも知れないのでな」

「執事のアスターにでも預けとけ!」
書類を戻そうとグレアムに押し付けた。

「アスターは、シュバルツ家の執事だ。叔父に強く出られると弱いんだよ」

書類は、机の上に置かれた。

マシューは思う。

面倒くさい。

本当に面倒くさい。

こんな書類を渡されたら断れるわけがない。

断ったところで、こいつは別の理由を探して僕に押し付ける。

学生時代からそういう男だった。

「頼む」

グレアムは酒を一口飲んで言った。

それ以上は何も言わない。

だから余計に質が悪い。

「断ると言ったら?」

「諦める」

即答だった。

絶対に諦めない顔で言うな。

「面倒くさい男だな」

「知ってる」

グレアムは笑った。

昔と何も変わらない笑顔だった。

困っている人を放っておけない男。

余計なことに首を突っ込む男。

自分より他人を優先する男。

学生時代から一度も変わらなかった。

だからこそ――

ここまで来れたのだろう。

「……預かる」

マシューは後見人依頼書を引き寄せた。

「ありがとう」

「勘違いするな。これはお前のためじゃない」

「知ってる」

「ヴィクトルとクラリスのためだ」

「知ってる」

「お前のためじゃない」

「知ってるって」

グレアムは声を上げて笑った。

本当に気に食わない。

こういうところだ。

人の善意を当然のように受け取る。

そして感謝だけは真っ直ぐ伝えてくる。

だから断れない。

本当に面倒くさい男である。

その夜。

二人は遅くまで酒を飲んだ。

仕事の愚痴。

王都の噂。

アレクセイ王の無茶振り。

エマの近況。

ヴィクトルの成績。

クラリスの引っ込み思案ぶり。

他愛もない話ばかりだった。

だからマシューも、その時は深く考えなかった。

これが別れになるかもしれないなどと。

考えもしなかった。

そして――

その杞憂は現実となった。

グレアムとエマは帰らなかった。

古代遺跡の調査隊は消息を絶ち、

残されたのは断片的な報告書だけだった。

シュバルツ家は揺れた。

王都も揺れた。

そして何より、

二人の子供たちの人生が大きく変わった。

だが。

それでも。

あの夜、預かった書類だけは残っていた。

机の引き出しの奥。

誰にも見せず保管していた後見人依頼書。

それを取り出した時、

マシューは人生で何度目か分からないため息を吐いた。

面倒くさい。

本当に面倒くさい。

死んだ後まで人を振り回すな。

学生時代から、

お前はそういう男だっただろう。

そう呟いて、

マシューは静かに立ち上がった。

今度は自分立ち上がる番だった。

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