【外伝】王の結婚(ジェイクの胃薬は国家予算です)

【外伝】王の結婚(ジェイクの胃薬は国家予算です)

アカデミーを卒業し、王様へと即位した頃のアレクセイの話。

毎晩のように宴が開かれていた。

宴の主題は毎回違うが

裏タイトルは「王様のお妃候補は誰に?」である。

色とりどりの華やかなドレスに身を纏い、

両親が伴って挨拶に来る貴族たち。

アレクセイの隣には、上皇夫妻がいる。

晩婚でアレクセイが生まれたせいもあり、

夫妻はすでに齢60近い。

「早く安心させてくれ」が口癖だ。

「挨拶もひと通り終わったようですので、ちょっと外の空気を吸って参ります」

言って、席を立つ。

ファーストダンスを狙っていた上位貴族令嬢は数知れず

しかそ、その間を縫ってアレクセイは庭に出た。

今頃、ジェイクが対応に困ってる頃だろうな

王宮の庭園は、手入れが行き届いている。

暗殺抑止も視野に入れて、視野が広く確認も出来る。

「アレクセイ王、あまりジェイクを困らせるものではありませんよ」

護衛騎士のコレットがそばにやって来て言った。

護衛騎士団は複数存在する。

王を直接護衛するのは、近衛騎士団だ。

今、コレットは近衛騎士団団長として
女性ながらに真っ白な騎士団服を着こなして
王の護衛を務めている。

「宴会場では、ファーストダンスを待ち望んでいる令嬢が沢山おいでです」

「アカデミーが懐かしいよ。剣の練習に魔法の講義、教授と交わした研究成果。ダンスが何を生み出す?国民の生活が潤うか?」

「私は、そう思いません。国民が王家に求めるのは安心です」

「安心ねぇ。お前の安心とは?」

「そうですね。王様が我儘言わずに執務でジェイクやグレアムがため息をつかない生活でしょうか?」

「俺がため息つくわ!」

クスクスとコレットが声を出して笑った。

「なんか、お前が笑ったの初めて見た」

「そうですか?」

「決めた!」

コレットは、何を決めたのですか?という風に目を見張った。

「今宵のファーストダンスはお前だ!」

言って、アレクセイ王は、コレットの手を引き
庭園でダンスを踊る。

遠目からは騎士服の男性が二人ダンスをしているようである。

しかし、結果として…

アレクセイ王の結婚話が進んだ。

王が気に入っている。

貴族令嬢である。

政治的に変な派閥には与していない。

「僕が胃薬買いに行っている間に進められたって感じ?」

ジェイクがグレアムのところに来て愚痴っている。

「政治とはそういうものだよジェイク君」

「僕、先輩!」

眼鏡をクイっと上げてグレアムは言った。

「あのコレットだよ?良かったじゃない」

「まあね〜コレットだからねえ」

翌朝。

王宮は、異様に静かだった。

正確には――静か“だった時間が終わった”。

「……で、これは何だ?」

執務室に入ったアレクセイの第一声がそれだった。

扉の前に、山のように積まれた書類。

いや、書類ではない。

正確には「婚姻申請書」「縁談嘆願書」「家名推薦状」「我が娘の魅力一覧」だった。

そしてその奥から、ジェイクの声が聞こえる。

「王様、ちょっと待ってください、これ昨日の夜の時点で想定外なんですが」

「想定内の事なんてこの国にあるのか?」

アレクセイは即答した。

その横で、グレアムが眼鏡を押し上げながら静かに言う。

「ありますよ。通常の政治は、もう少し段階を踏みます」

「踏んでないのは誰だ?」

「あなたです」

即答だった。



その頃、王宮前庭。

門が開いた瞬間だった。

「王宮に申し上げます!!」

第一陣、到着。

色とりどりの馬車。

降りてくるのは、昨日の夜を耐え抜いた貴族令嬢たち。

そして全員、目が覚めていた。

(これは……いける)

(昨夜、王が選んだのは“コレット様”)

(ならば“選ばれる条件”が存在する)

その誤解が、完璧に統一されていた。

「私、参りました!」

「我が家は王家に忠誠を!」

「コレット様と同じ立場に立てるように努力いたします!」

違う方向に努力している。

完全に違う。



執務室。

「来たな」

アレクセイが窓の外を見て言った。

ジェイクが青い顔をする。

「来たな、じゃないんですけど!?」

「安心しろ。まだ剣は抜いてない」

「基準がそこなんですか!?」

そこへ、扉がノックもなく開く。

「失礼いたします」

入ってきたのはコレットだった。

いつもの騎士服。

いつもの無表情。

そして、外の騒ぎを一瞥して。

「……王様」

「なんだ」

「これは……業務でしょうか?」

「違うな」

「では?」

アレクセイは少し考えてから言った。

「事故だ」

「なるほど」

納得するな。

ジェイクは心の中で叫んだ。



その直後だった。

廊下の向こうから、怒涛の声。

「王様にお目通りを!!」

「我が家は準備ができております!!」

「今ならまだ間に合います!!」

「何にだよ!!」

ジェイクの悲鳴が響く。

グレアムは冷静に書類をめくりながら言った。

「まあ、整理しましょう。第一陣は“誤解型派閥形成”。第二陣は“便乗型貴族”。第三陣は――」

「もういい!!」



アレクセイは、ため息をついた。

そして、隣を見る。

コレットは相変わらず真顔だ。

「お前、原因の一部だぞ」

「はい?」

「昨日踊っただろ」

「業務です」

「業務じゃねぇよ」

その瞬間。

執務室の外が、さらに騒がしくなる。

「コレット様は王妃候補です!!」

「正式に名乗りを上げに参りました!!」

「違う!!!」
ジェイクの声が割れた。



アレクセイは、少しだけ笑った。

「……なるほどな」

「何がですか?」

コレットが聞く。

アレクセイは窓の外を見たまま言った。

「安心ってのは、こういうことかもしれないな」

「……混乱してますが」

「国が動いてる」

「それはいつもです」

「今日はちょっと騒がしいだけだ」

ジェイクが机に突っ伏した。

「僕の胃薬、国家予算にしてくれません?」



そしてその日。

王宮は正式に認識した。

――王の婚姻問題は、外交問題に昇格した。

そしてジェイクの労働時間も、非公式に限界を超えた。

王宮は、ようやく一度だけ静まりかけていた。

だがそれは、嵐の“目”にすぎなかった。

廊下のざわめきも、貴族たちの押し寄せも、ジェイクの魂の摩耗も一旦途切れたその瞬間――

アレクセイは、コレットを見て言った。

「結婚だ」

それは命令でもなく、相談でもなく、決定だった。

場の空気が一段、重く沈む。

ジェイクが小さく「出た……」と呟いた。

グレアムは眼鏡を押し上げるだけで、何も言わない。

コレットは、ほんのわずかだけ瞬きをしたあと。

「了解しました」

即答だった。

迷いも、動揺もない。

むしろ書類確認の返事に近い。

「随分と早いな」

アレクセイが少しだけ眉を上げる。

「命令でしょうか?」

「違う。決定だ」

「承知しました」

そこで会話は終わるはずだった。

だが、コレットは一歩だけ前に出る。

そして、静かに言った。

「一つ条件があります」

空気が変わる。

ジェイクが即座に身構えた。

「何だ?言ってみろ」

アレクセイは面白がるように笑った。

「お前でも条件を出すのか」

コレットは淡々と続ける。

「結婚式のウェディングドレスについてです」

「ほう?」

アレクセイの口元がわずかに歪む。

「お前も女の端くれだな。いいだろう。どんな豪華なドレスでも用意してやる」

貴族たちなら喉から手が出るほど欲しがる言葉。

王の許可。

国家予算級の装飾。

それを一息で約束する。

だが。

コレットは、表情を変えずに言った。

「王様が着てください」

一瞬。

執務室の時間が止まった。

ジェイクのペンが床に落ちる音がやけに響く。

グレアムのページをめくる手も止まる。

そしてアレクセイだけが、ゆっくりとコレットを見る。

「……何だと?」

「王様がウェディングドレスを着用してください」

もう一度、同じ声で同じ内容。

冗談ではない。

譲歩でもない。

交渉でもない。

条件だ。

沈黙が落ちる。

やがてアレクセイは、ゆっくりと笑った。

「……なるほどな」

コレットは動かない。

揺るがない。

アレクセイは肩をすくめた。

「面白い条件だ」

そして、少しだけ目を細める。

「いいだろう。着てやる」

その瞬間だった。

ジェイクの魂が抜けかける。

「王様あああああああああああ!!?」

グレアムは静かに一言。

「歴史が動きましたね」



コレットは、ほんのわずかに目を細めた。

それが“微笑み”だったのかどうかは、誰にも分からない。

ただ一つだけ確かなのは――

この結婚は、誰も予想しなかった形で成立したということだった。


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