【幕間】 庭の片隅で
【第5章】幕間 庭の片隅で
シュバルツ邸にて、庭園の片隅でエマがいた。
シュバルツ邸の庭園は、見事に手入れをなされていたが、
グレアムとエマ夫妻が戻って来てから一層輝きを増したようだ。
部屋からエマの様子を見ていたクラリスの隣に
真琴が来た。まだ寝起きなのか欠伸が止まらない。
「おはよう。お母さん早いね?」
「お母様は、土と木属性の魔法使いだし、幼い頃は畑仕事を良く手伝っていたと話してたわ」
「だから、あの一角は、畑なんだね?」
「え?何を言ってるの真琴」
クラリスは、真琴が示した方向を見た。
白い可憐な花が咲いて揺れている。
真琴がトコトコと階下に行き、クラリスが後に続く。
真琴がエマの後ろに立って声をかけた。
「おはようございます。今は、蕎麦の花が満開ですね」
エマが声にびっくりして振り返った。
「あら、おはよう真琴さん。よくこれが蕎麦の花って気がついたわね」
エマが言うには、遠い異国の植物だと話をした。
昔、冒険依頼で行商人の護衛でいただいた種を植えたそうだ。
「たくさん実をつけるのだけど、倉庫にいっぱいになっちゃって困るのよね。知り合いの農家さんも小麦粉とは違うしって引き取ってくれなくて」
「え?料理しないの?」
真琴がびっくりして聞き返した。
「こんな硬い実どうすればよいの?」
エマが聞き返した。
「どのくらいあるの?」
エマは聞かれて、倉庫まで真琴を案内した。
「15年以上前のよ。今やっと花が咲いて来たんだから」
木魔法で季節も回転させたらしい。
倉庫には、まだ15年前の蕎麦の実が入った袋が3袋ほどあった。
この世界は、保存が良い。倉庫は、完璧室状態で保存してあった。だから種も発芽が問題なかったのだろう。
「貰ったものを無碍にしたくなかったから、花で楽しもうと思ってたんだけど」
「勿体無い!もらってもいい?」
エマの肯定の頷きをみて、クラリスは首傾げる。
「真琴?」
「リオー」
「なーに?朝っぱらから」
「道具屋行くよ」真琴の顔を見て何かを察したリオ
「がってん承知の助!」
「まーた、悪巧みコンビだこと」クラリスが呟いた。
⸻
王都の片隅、ドワーフ道具屋。
「朝から元気だなぁ」
「今日は、普通の道具買いにきたよ」とリオ。
「その嬢ちゃん連れて、普通だぁ?」
ごつい筋肉質な両手、カウンターにやっとの背丈と毛むくじゃらな髭姿。ドワーフ特有の姿で店番するのは、ドワーフ界でも名を知られた刀鍛冶師だ。王都で様々な武器から防具、生活道具まで扱っている。
「まずは、石臼が欲しいの」
「石臼?街の金物屋にだってあるだろうよ」
「小麦粉じゃないから、目立てがねえ…」
「お?渋いこと言うねえ、嬢ちゃん」
「父が料理人だったんだけど、道具にうるさい人だったからね」
「ふむ。じゃ、奥に来な。目立てにこだわるんなら、幾つか試作品を拵えてやらにゃあな」
そう言って、真琴を奥の工房へと連れて行った。
ドワーフ店長が鉱物から石臼用の石の塊を幾つか持ち出してくる。石臼本体は、一個に対して、目立て確認用だとアタッチメントのように何枚か用意して、小麦粉を引かせた。
「気に入った目立てが決まったら、石臼にこさえるさー」
「そうね。そのアタッチメントタイプで大丈夫よ。一年に一回は目立てし直しになるから」
「ほう、それは何を引くんだい?」
「蕎麦よ。この世界の蕎麦がどう言う風味になるかは、殻付きや殻なしとか試さないとだけど」
「僕は、十割より二八蕎麦がいいな」
「リオは、もう勘付いてたのね?じゃ、他に必要な道具もわかるわね?」
「勿論!親父さん、お弟子さん借りるね?」
「勉強させたってや」
⸻
ドワーフ道具屋で目当ての道具を手にして帰路に着いた。
「良い道具が揃ったわね。ありがとうリオ」
重い石臼は、目立てが完成したらシュバルツ邸に届けてくれると言う。他の道具は、リオのマジックボックスに入っている。
「道具を作ったのは、僕じゃないし。お礼は二八蕎麦!」
「クスッ久しぶりだから期待はあまりしないでよ」
「そんなこと言いながら、真琴は作ってきたじゃないか」
「そうかしらね。私は私に出来ることをしただけよ」
シュバルツ邸に戻った。
クラリスとエマが仲良く庭で土いじりをしている。
「土属性、木属性、水属性が揃っていれば育たない植物はないわね」真琴が声をかけた。
「あ、おかえり真琴。駄目よ。植物にはお日様と適度な風も必要なんだから」
「そっか」
「それで、道具は揃ったの?」
「後でドワーフ店長が届けてくれる。蕎麦引き石臼が要よ」
「ほう、石臼で蕎麦の実を引くのか」
いつの間にか、後ろにヴィクトルが立っていた。
どうやら、真琴がリオを連れて道具屋に行った経緯を聞いていたらしい。
「そう言えば、前から聞こうと思っていたんだけど、真琴って料理を事あるごとに作るけど、料理人にはならないの?」
それはそれで困るんだけどぉってクラリスは言いながら聞いた。
「うーん。私は料理人になる程の料理に情熱はないなぁ。私が料理するのは、安心するからよ?」
「安心?」
「そう、私は魔法ログは読めるし、改変も出来る。でも、魔力ゼロだからクラリスやヴィクトルが魔法が正しく成ったと言われても効率が良く成ったとログを読んでも嬉しくないのよ。私自身がその事を検証する事も実験する事も出来ない」
真琴は、しゃがんで元気なくいう。
「料理は、作って、出来て、食べるという工程が安心するの」
真琴は、しゃがんだまま土を指でつつく。
「魔法って結果が見えにくいのよ。成功したって言われても、私には実感がない。でも料理は違う」
そう言って顔を上げた。
「作ったら出来る。食べたら美味しいか分かる。失敗したら失敗したって分かる」
「なるほどな」
ヴィクトルが腕を組む。
「だから好きなの?」
クラリスが聞く。
真琴は少し考えてから首を横に振った。
「好きというより安心かな」
そして立ち上がる。
「それに――」
「?」
「美味しいって言ってもらえると嬉しいし」
その言葉にクラリスが吹き出した。
「結局そこじゃない」
「そこ大事よ!」
真琴がむっとする。
「よし!決めた!」
両手を腰に当てて宣言した。
「今夜は蕎麦パーティーです!」
「待ってた!」
リオが真っ先に手を挙げる。
「まだ蕎麦粉にもなってないでしょうが」
クラリスが呆れた声を上げると、エマが楽しそうに笑った。
「ふふっ。じゃあ私は何を用意しようかしら」
「勿論、手伝って貰いますよー蕎麦には天ぷら!」
「天ぷら?何その料理は?」
「キツネとタヌキがいるんです〜更に鴨がネギ背負って来るんですよ!」
「ヤダァ真琴はぁ、そんな料理嘘でしょ?」
「「いや、それがあるんですよ!」」
リオと真琴が声を揃えて言った。
庭に響く真琴の声を聞きながら、白い蕎麦の花が風に揺れている。
「……蕎麦って、そんなに面白いものなのかしらね」
クラリスがぽつりと呟く。
リオは即答した。
「食えば分かる!」
「雑すぎるだろうがそれは」
ヴィクトルが笑いながら肩を揺らす。
そのやり取りの向こうで、真琴はもう次の計算を始めていた。
(殻付きと殻なし、挽き方……水加減……)
――庭の白は、いつの間にか“食べる未来”の色に変わっていた。
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