【第5章】 第104話
【第5章】第104話 静かな包囲網
シュバルツ邸宅から移動して、王都外れのチョコレート専門店に来ていた。
ここは、ダークエルフのアリアさんが開いている、チョコレートと珈琲のお店。
引き立ての珈琲とダークなチョコレートの香りが漂う、大人な雰囲気の店だ。
静かさが売りのはずの店だが、奥の個室だけは妙に賑やかしい。
「何だよそれ!」
王都に戻って来たばかりのレオンハルトが叫んでいた。
そこへアリアが珈琲のおかわりを持ってやって来る。
「他のお客様のご迷惑になりますので、声のトーンは落としやがれ」
意外と容赦のない一言に、レオンハルトは頭をさすった。
「それにしても、神殿も問題だろ」
「うんそれ! ここでさ、確認しておきたいんだけど、この国の政治って三権で合ってるの? 王家、神殿、魔法庁」
「うん、そうね。執務はその三つでバランスを取っているはずよ」
「司法は?」
「神殿ね。罪を犯した者は大聖堂に連行されて、教皇が議長を務める裁定で、“真理の役杖”っていう神話級の魔道具で罪を測るの」
真琴は目を丸くした。
「え? 全部の罪人を?」
「まさか。窃盗や強盗、町の揉め事みたいな軽犯罪は別の魔道具よ。その辺りはセルディン様が管轄していたはず」
「あー……待って? それって神殿が味方なら、かなり強くない?」
「神殿が味方? 王家と神殿が組むってこと?」
フィオナが目をぱちくりさせる。
「第一王子、思ったより包囲網がえげつないな」
レオンハルトは珍しく、勘だけで本質に触れていた。
この手の直感だけは、やけに鋭い。
本当に、こういうところだけは無駄に優秀である。
珈琲のおかわりが運ばれ、空気が一度落ち着く。
新作スイーツに舌鼓を打ちながら、お茶会はいつの間にか“悪巧み”へと変わっていた。
そしてアリアから、釘を刺される。
「お店が壊れるようなことだけは勘弁だよ」
真琴は小さく頷いた。
「ただね。フィオナは既に神殿を離れている。レオンハルトもそうだよね?」
「まあな。知り合いはいるから、情報くらいは入るけど」
「別にセルディンを脱出させようなんて考えないから安心して」
「真琴なら言い出すかと思ったぁ」
フィオナの目が細くなる。
「私も思った」
レオンハルトも頷いた。
「何で!?」
真琴が即座に抗議する。
だが二人は同時に言った。
「いや、真琴(お前)だから」
「じゃ、ご期待に添えてセルディン脱出作戦」
「言い出したぁ!」
「ほらな」
「ほらなじゃないよ!」
「やめとけ、真理の役杖で小突かれるぞ」
「魔改造してやる!」
「発想が犯罪者側なのよ」
フィオナが頭を抱えた。
アリアが静かにスイーツを運んで戻ってくる。
「……話、それてるよお客さん」
その一言で、空気が一瞬止まる。
そして誰もが気づく。
この店で一番静かなのは、店主本人なのだと。
⸻
空気が、ゆっくりと落ち着いていく。
甘いチョコレートの香りだけが、静かに残っていた。
真琴は珈琲を一口飲み、視線を落とす。
「……とりあえず整理しよっか」
指を軽く折りながら、静かに言葉を並べる。
「クラリスの婚約は、このまま進む可能性が高い」
「第一王子は思った以上に冷静で、合理的に盤面を組んでる」
「シュバルツ家も、簡単には大人しくしない」
そこまで言って、一拍置く。
「で、セルディンの件は……とりあえず今のところ、私たちの責任外」
「……こんな感じかな?」
「だいたい合ってるわね」
フィオナが小さく頷いた。
レオンハルトも腕を組み、短く息を吐く。
「ああ。それともう一つ」
フィオナが思い出したように続ける。
「王家の結婚とか婚約って、基本的には全部大聖堂で執り行われるはずよ」
「ってことは……」
真琴は少しだけ目を細めた。
「婚約式の場所は、そこで確定ってことね」
その言葉に、空気がわずかに重くなる。
レオンハルトがぽつりと呟いた。
「セルディン……可哀想だな」
「別に頼まれてないし、友達でもないし〜」
真琴は肩をすくめる。
軽すぎる一言に、フィオナは逆に小さく息を漏らした。
「……でも、ちょっと同情しちゃうのよね」
元上司という立場が、完全には切れないのだろう。
レオンハルトも同意するように頷いた。
「俺もだな」
三人の視線が、ここに存在しないセルディンへと向いた。
威厳も立場も、そこにはもう残っていない。
ただの“少し可哀想な人”として扱われていた。
そして空気が戻る。
レオンハルトがふと真琴を見る。
「……で、お前はこれからどうするつもりだ?」
フィオナも静かに真琴を見た。
だが真琴はすぐには答えない。
少しだけ視線を横に流す。
「私たちはさ、平民だよ」
「城の中を自由に動けるわけでもないし、意見を通せる立場でもない」
フィオナがそっと真琴の手を握った。
それは“わかってる”という無言の合図だった。
真琴はその手を一度見て、少しだけ笑う。
「だからこそ、はっきりさせたいんだけどさ」
スプーンを軽く持ち上げる。
それをレオンハルトへ向けた。
「レオンハルトの、クラリスへの気持ち」
「……は?」
レオンハルトの動きが止まる。
両手を前に出し、完全に逃げ場を失った顔になる。
「何だよそれ急に!」
「フィオナ、何か言ってやれ!」
振られたフィオナは、にやりと笑った。
「ふふ〜ん。私がレオンハルトと何年一緒にいると思ってるの?」
その一言で空気が変わる。
「おい待て、なんでそうなるんだよ!」
真琴は楽しそうに目を細めた。
「ここよ、フィオナ。ここで怪獣聖女覚醒の場面」
「誰が怪獣聖女覚醒よ!」
「いいの、勢い!気づかないなら気づかせましょう時鳥!」
「真琴、あなたほんと比喩が変よ!」
アリアが静かに戻ってくる。
新しいスイーツを置きながら、ため息をひとつ。
「……話、それてるよお客さん」
その言葉で、場が止まる。
そして誰もが理解する。
この店で一番静かなのは、店主本人なのだと。
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