【第4章】 第84話

【第4章】第84話 繋ぎ


バニラアイス海岸都市マリーナ。

真琴とヒュドラが攫われた浜辺から戻ってきた一行は、
重苦しい空気のまま船内へ集まっていた。

誰も、
落ち着いてはいなかった。

「何処に攫われて連れて行かれたんだよ!」

レオンハルトが、
ルナミナとセラフィナへ詰め寄る。

「あれは、お父様かルクレツィアの転移です。
恐らくは……黒曜城かと」

セラフィナが静かに答えた。

「今の貴女たちは、城へ入れるの?」

クラリスの問いに、
ルナミナが小さく首を振る。

「攫った時点で、
たぶん無理……」

「つまり、推測しかないという事か」

ヴィクトルが低く呟いた。

その場に、
重たい沈黙が落ちる。

だが――
一人だけ、不思議なほど静かな男がいた。

「リオ?」

フィオナが顔を向ける。

「どうしたの?」

リオは少しだけ目を閉じた後、
静かに言った。

「……真琴は、まだ無事だ」

空気が止まる。

「無事!? 連絡がつくのか!?」

「いや、直接ではない」

リオは短く答える。

「だが、“存在”だけは追えるようにしてある」

それが、
オルフェウス由来の情報である事は伏せた。

今ここで説明している暇はない。

「だが、悠長にもしていられない」

リオは、
ルナミナとセラフィナへ向き直る。

「黒曜城まで案内してくれ」

その目は、
いつもの飄々としたものではなかった。

「もし先に真琴と秘密裏に接触できるなら、
そちらを優先する」



黒曜城まで、
道があるわけではない。

空を飛んで行けるわけでもない。

異界に残る“軌跡”を辿るのだ。

「今まではねー。
異界に入って“黒曜城へ”って思えば、
光の軌跡が出てたの」

ルナミナが困った顔で説明する。

「でも今回は、
お父様側から閉じられてる感じ……」

その横でセラフィナは、
異界と現実世界の狭間を何度も調整していた。

開いては閉じ、
繋ぎ、
僅かな歪みを整える。

人の感覚で言えば、
立体的な3Dパズルを空中で組み替えているようなもの。

一箇所でもズレれば、
永遠に抜け出せない異界へ放り出される。

「向こう側とこちら側……
両方から何か“繋ぎ”があれば、
空閑の接続ができるのだけど」

セラフィナですら、
難しいらしい。

セラフィナの説明に、
レオンハルトは眉を顰めた。

何を言っているのか、
半分も理解できない。

剣で斬れる話では、
もうないのだ。

「何か真琴が持って行きそうな物、
あるかしら?」

フィオナがクラリスを見る。

「運が良ければ……
魔石ペンとか、無限付箋紙とか?」

「それだ! 無限付箋紙!」

ヴィクトルが声を上げた。

「飛ばせないか?」

リオは頷き、
すぐにセラフィナへ向き直る。

「無限付箋紙が真琴……
いや、黒曜城へ届けばいい」

「空間を近づけてくれ」

セラフィナが静かに目を閉じた。

「……やってみる」

「クラリス。
真琴まで届きそうな“付箋紙案件”書けるか?」

「えっ!? いきなり言われても……」

クラリスが困ったように紙を見る。

「何を書けばいいのよ?」

伝書鳩ならば、
長距離も飛べるだろう。

だが、
ルナミナの話では黒曜城は違う。

空気の薄い高台。

常に陽が差さず、
夜のように暗い土地。

もし鳩のような小動物が飛べば、
低級魔物の餌食になるだろうという。

「……なら、届かせるしかねぇだろ」

低く呟いたのは、
レオンハルトだった。

理解できない。

異界も、
空閑も、
繋がりも。

だが――

真琴が、
そこにいるのなら。

行くしかない。

レオンハルトがふと思い出したように言う。

「真琴ってさ、
料理とかお菓子の閃き妙に良くね?」

「そ、そうね……。
真琴に話しかける感じで繋げれば……」

クラリスが呟く。

「そういやさ。
海辺に行くってなった時、
この街の名前聞いて“美味そう”とか言ってなかったか?」

その言葉に、
リオが反応した。

「あー、それね。
僕知ってるよ」

勿論、
オルフェウス由来の地球知識だ。

だが今は、
説明している場合ではない。

「バニラアイスって、
真琴の生まれた世界では“氷菓子”なんだ」

「魔石ペンなら、
知ってるんじゃない?」

「あっ、聞いてみる!」

クラリスは、
すぐに魔石ペンを起動した。

「お菓子のバニラアイスって知ってる?」

「アイスのバニラアイスですか?」

その返答に、
クラリスが一瞬詰まる。

「そう、そのバニラアイス」

リオが即座に返した。

「レシピを書いて」

「はい。かしこまりました」

ピコン――

魔石ペンが淡く光る。

すると、
A4サイズの紙が現れ、
そこへ文字が自動で書き込まれていく。

材料……3〜4人前

卵黄……3個

牛乳……225ml

上白糖……90g

生クリーム……75ml

バニラエッセンス……数滴

氷……適量
(材料を冷やす用)

飾り用ミントの葉など

作り方――

「クラリス、どうだ?
付箋紙に収まるか?」

「真琴の所へ届く事が重要なの。
文章を変えて、
何枚かに分けて書くわ」

作り方まで含めると、
十数枚になった。

届けられるなら、
本当は何百枚だって書きたい。

だが、
敵に見つかれば終わりだ。

「セラフィナ、
これを使ってみてくれ」

リオが付箋紙を差し出す。

「異界が一番近づいた瞬間に手を離せば、
勝手に飛んでいくはずだ」

セラフィナは静かに頷き、
付箋紙を受け取った。

整えられた異界の狭間。

空間が重なった、
ほんの一瞬。

タイミングを合わせ、
そっと手を離す。

付箋紙は、
風もない空間を滑るように飛んでいった。

誰も声を出さない。

ただ――

真琴の所まで届いてくれと、
祈るようにその軌跡を見送っていた。


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