【幕間】 真琴の逆鱗③

【幕間】真琴の逆鱗③


馬車に揺られながら、一行は依頼のあった廃墟へ向かっていた。

パーティーメンバーは、
真琴、ヴィクトル、クラリス、フィオナ、レオンハルト、そしてリオ。

「シャドームーンは?」

真琴が何気なく聞いた時、
ヴィクトルは即答した。

「映像ログを残して厄介事になる未来しか見えん」

「ですよねー」

なので今回は、お留守番である。

廃墟へ到着した頃には、
日は既に傾き始めていた。

崩れた石壁。

風化した塔。

そして——

うろうろと徘徊するスケルトン達。

「レオン、やっちゃって〜」

真琴の号令と同時に、
レオンハルトが飛び出した。

「おらぁっ!」

剣閃が走る。

スケルトンの胴体が綺麗に吹き飛んだ。

さらに返す刃で二体目。

蹴り飛ばして三体目。

以前よりも、動きに迷いがない。

「剣捌きも上達しましたね」

フィオナが感心したように言う。

「頑張れー」

「おう!」

軽口を返しながらも、
レオンハルトは次々と敵を片付けていく。

その横では、
ヴィクトルとリオが地面を調べていた。

「……魔力の流れが妙だな」

ヴィクトルが地層を撫でる。

リオは小型の魔道具を地面へ差し込んだ。

「地下に空洞がある」

「大規模ですわね?」

クラリスも地図板を覗き込む。

リオが頷いた。

「しかも、後から掘った形跡じゃない。元から存在していた構造だ」

「遺跡型?」

「その可能性が高い」

ヴィクトルの表情が険しくなる。

「厄介だな」

「ゾンビ系はやはり夜に出現ですわね」

クラリスが、周囲を見回しながら言った。

今のところ現れているのはスケルトンばかり。

腐敗臭は薄い。

だが——

空気が妙に湿っている。

「ヴィクトルたちの調査待ちだけど、夜で間違いないね」

真琴は廃墟の奥を見た。

昼なのに、
奥が暗い。

まるで光を拒んでいるようだった。

「フィオナ、夜になったら浄化準備よろしく」

「勿論です。準備万端で迎え撃ちます」

フィオナは、そう言って聖杖を握る。

その瞬間だった。

ぴこん。

真琴のログウィンドウが開く。

【聖杖:フィオナ】

状態:安定稼働

適合率:98.7%

精神負荷:軽微

浄化出力:上昇中

周辺穢れ濃度に反応しています。

「……元気だねぇ」

真琴が感心したように呟く。

フィオナが首を傾げた。

「また何か出ています?」

「聖杖が“仕事する気満々”」

「えぇ……?」

「頼もしいじゃないか」

リオは面白そうに笑った。

だが。

次の瞬間。

ヴィクトルの顔色が変わった。

「——静かにしろ」

全員の空気が変わる。

レオンハルトも剣を止めた。

風が止む。

廃墟の奥。

地下へ続く崩れた階段の向こうから——

ずるり。

何かを引きずる音がした。

「……出た?」

真琴が小声で聞く。

リオが目を細める。

「いや」

一拍。

「まだ、“上がって来てる途中”だ」

その言葉と同時に——

フィオナの聖杖が、淡く光を強めた。

「何あれ……」

上がってきたものに、
一同が目を見張る。

何体ものゾンビの群れ。

そして、その奥。

明らかに異形へ変貌した、
巨大なゾンビ王。

腐敗した肉体。

膨れ上がった腕。

無数の死体を継ぎ接ぎしたような異様な巨体。

「どうやらここは、四百年ほど前に滅ぼされた国があったらしい」

リオが冷静に分析する。

「恨みの強さゆえにゾンビ化して、周囲を腐臭で汚染していったんだろうな」

さらにヴィクトルが付け加えた。

「地下は地下納骨堂などという上等なものじゃない」

低い声。

「腐った野菜でも捨てるように、骨が積み重なっていた」

空気が冷える。

「ここは、滅んだ後も——ずっとそう扱われてきたんだろう」

ヴィクトルが目を伏せる。

「ゾンビ自体は、四百年前より新しい。つまり……後からも捨て続けていた」

「酷い……」

フィオナの声が震えた。

「鎮魂の祈りすら忘れられて……廃墟のまま……」

情けなくて。

苦しくて。

聖女として、
見過ごせなかった。

フィオナは、震える手で聖杖を握った。

「——どうか、安らかに」

静かな祈り。

次の瞬間——

聖杖から、
柔らかな光が溢れ出した。

夜の廃墟を包み込むような、
優しい浄化の光。

光に触れたゾンビ達が、
次々に崩れ落ちていく。

腐敗が消える。

苦悶が消える。

歪んでいた顔が、
ほんの僅かに穏やかになった。

「……っ」

フィオナが息を呑む。

「止まっていく……」

「すっげぇ……」

レオンハルトが目を見開いた。

だが——

その奥。

巨大なゾンビ王だけは、
止まらなかった。

「……ッ!」

全身を焼かれながら、
なお前へ進んでくる。

肉が剥がれる。

骨が砕ける。

それでも。

止まらない。

ぴこん。

真琴のログウィンドウが開いた。

【対象:ゾンビ王】

状態:

▶︎ 強制稼働中

【警告】

対象は外部術式によって
死後活動を強制されています。

現在も命令系統が継続中。

真琴の顔色が変わる。

さらにログが続いた。

【対象精神状態】

苦痛:極大

停止要求:検出

「……は?」

真琴の声が低くなる。

「死んだ後まで働かせてんの?」

空気が変わった。

リオが、ちらりと真琴を見る。

ああ——これはまずい。

“逆鱗”だ。

ゾンビ王が咆哮する。

腐った腕が振り下ろされた。

「うおぉっ!?」

レオンハルトが真正面から飛び込む。

剣で受け止めた瞬間、
地面が砕けた。

「っっっ、重っ!?」

押し込まれる。

何百もの怨念と死体を継ぎ接ぎしたような質量。

「レオン!」

「大丈夫だ!!」

叫びながら踏ん張る。

「クラリス!!」

真琴が叫ぶ。

「足止め出来る!?」

「任せてくださいませ!!」

クラリスが前へ出た。

両手を広げる。

足元に、水色の魔法陣が幾重にも展開された。

「水路展開——多重接続」

空気中の水分が、
一気に集まり始める。

地下から溢れる瘴気に反応するように、
周囲の水分が渦を巻いた。

その時——

フィオナの聖杖が強く輝く。

ぴこん。

真琴のログが開いた。

【連携反応を検出】

対象:

▶︎ クラリス(水魔法)

▶︎ フィオナ(聖杖)

適合率:高

自動補助術式を開始します。

「えっ」

「何か始まりましたわ!?」

クラリスが驚く。

フィオナの聖杖から、
淡い光が水流へ流れ込んだ。

次の瞬間——

水の色が変わる。

透き通った青。

まるで神殿の聖水のような、
清浄な輝き。

「これ……浄化水!?」

真琴が目を見開く。

「クラリス!そのまま回して!!」

「はい!!」

クラリスが魔力を解放する。

轟音。

巨大な水流が、
廃墟の中央で渦を巻いた。

ぐるり。

ぐるり。

聖水化した水流が、
巨大な竜巻となってゾンビ王を包み込む。

「GGGGGGAAAAAAAAA——ッ!!」

ゾンビ王が絶叫した。

腐肉が焼ける。

黒い瘴気が弾け飛ぶ。

浄化と水圧。

二重の拘束。

さらに——

聖杖が強く輝いた。

【浄化出力】

▶︎ 急上昇

【複合術式】

“浄化水流制御”

自動補助:実行中

「うわっ、勝手に補助してる!?」

真琴が叫ぶ。

「この聖杖、ノリノリですわ!!」

クラリスも叫び返す。

ゾンビ王が暴れる。

だが。

動けない。

巨大な身体が、
聖水の竜巻に押さえ込まれていく。

腐敗した肉が、
次々に削れていく。

「今です!!」

フィオナが叫ぶ。

「浄化が通っています!!」

「レオン!!」

「待ってましたぁ!!」

レオンハルトが飛び出した。

風を切る。

真正面から、
聖水竜巻へ飛び込む。

「うおおおおおおおっ!!」

剣が閃いた。

聖水の中で、
ゾンビ王の核が露出する。

その瞬間——

ヴィクトルの目が細まった。

「そこか」

風が収束する。

極限まで圧縮された風刃。

「——穿て」

放たれた一撃が、
露出した核を正確に撃ち抜いた。

ぱきん。

何かが砕ける音。

次の瞬間——

ゾンビ王の身体から、
黒い瘴気が一気に噴き出した。

「今だよ、フィオナ!!」

「はい!!」

フィオナの聖杖が、
夜空を照らすほど強く輝く。

優しい光だった。

怒りではなく。

救済の光。

「——還りなさい」

聖水竜巻が、
光へ変わる。

巨大なゾンビ王の身体が、
ゆっくりと崩れていった。

苦しそうだった表情が。

最後だけ——

ほんの少し、
穏やかに見えた。

ぴこん。

真琴のログが最後に開く。

【強制稼働状態】

解除完了

【未浄化霊魂】

鎮魂完了

【対象群】

活動停止を確認しました。

真琴は、
小さく息を吐いた。

「……やっと休めるね」

その言葉に。

フィオナは、
静かに聖杖を抱きしめた。

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